第97話 では、参りましょう

「尤も、僕としては図らずして面倒ごとから逃れることが出来たので良かったのですが。

 っと、これは関係無い事でしたね。

 それで、今の答えで納得して頂けましたでしょうか?」


「ええ。

 勇者云々は抜きにして、貴女様が我々には計り知れないお方だと言う事は理解しました」


 何やらとっても爽やかな笑顔でイヴァル王に嫌味を言われたような気がするのですが……


 だって、仕方ないじゃ無いですか!

 本当に僕も自分の種族とかがわからないのですから!!


「そもそも、こんな事になったのだって神様達の所為です。

 仮にも神たる存在のくせに、勘違いって何ですか!

 次にあったらやっぱりもう一度くらいぶってやります」


「ふふふ、いじけているルーミエルお嬢様も可愛らしいわ」


 隣から聞こえて来たアヴァリスの声にハッと我に帰りました。

 どうやら無意識に愚痴ってしまっていたようです。


「へ、陛下、私はこの頭皮のみならず耳までも衰えてしまったようです。

 今しがた、神を殴ると言う空耳が…」


「ピッツ、現実から目を背けるのはよせ。

 非常識の塊のようなお方なのだ、一々反応していれば身が持たんぞ」


 ピッツさんの辛すぎる自虐には同情が拭えませんが、誰が非常識の塊ですか!


「こほん、ではイヴァル王達の質問にもお答えした事ですし、そろそろ本題に入らせてもらってもいいでしょうか?」


「それは、勿論構いませんが……」


「アレは、放置していてもよろしいのですか?」


 ピッツさんがそう言って指をさしたその先には……


「おぉ!なんて尊いのでしょうっ!!」


 大仰に両手を天に向け、全身では感涙に浸っているオルグイユの姿。


「オルグイユ殿……」


 昨日の決闘で彼女の圧倒的な力を身をもって見せつけられたアレックさんも唖然とその姿を見つめています。


 まぁ、確かにオルグイユほどの美女が突如としてあんな奇行にはしれば引いてしまうのも無理ないですね。


「では、説明しますね」


 スッとオルグイユから視線を外し、何も見なかった体でそう言いました。

 世の中、見てはならないものがあるのです。


「で、ですが」


「説明、しますね」


 力尽くで黙らせました。

 まぁ、暫くすればオルグイユも落ち着くでしょうし、先に銀行について説明するとしましょう。






 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






 一般の市民には知らされず。

 ごく一部の者しか知らない、国と一商会との決闘が行われた日から半月が経った。


 その日、商人の聖地、商業の中心たるフェーニル王国王都の中央広場には多くの人々が集まっていた。

 何やら国王たるイヴァル・フォン・フェーニルが直々に赴き、重大な発表を行うとあって、王都は数日前から祭りのような騒ぎに包まれている。


 道先には、幾つもの露店が開かれ。

 大通りに店を構える大手の商会ではここぞとばかりにセールがされており。

 利益に鋭い商人達の聖地とあって凄まじい賑わいを見せている。


 そんなフェーニル王国王都の片隅。

 広場の喧騒も僅かに聞こえる程度の薄暗く細い裏路地に、蹲る一人の人物。


「次に舐めた事ぬかしたら、ただじゃ済まさねぇぞ!」


「まっ、これに懲りたら次からはこの世界のルールに従う事だな、自称王子サマ」


 蹲る人物に、嘲るようにそう吐き捨てて2人の青年がその場を去っていく。


「くそ…何故この俺が……」


 自称王子と呼ばれた人物。

 数日前まで王宮で第一王子として何不自由なく生活を送っていたフリードは、その顔を屈辱に歪めながら、絞り出すようにそう呟く。


 廃嫡されるにあたり、彼は国から平民が10年程度なら普通に生活できる十分な資金を渡されていたのだが。

 王宮で贅沢な生活を感受していた彼が庶民の生活に納得などできるはずもなく。

 たったの一週間で渡されていた手切金は蒸発し。


 王族としてフェーニル王国でも最も高度な教育を受けていたにも関わらず。

 その全てを面倒と真面目に受けてこなかった彼には、本来持っていたであろう知識を使う職に就くこともできず。


 唯一、多少なりとも出来た魔法ですら。

 王族としての選民思想に凝り固まった彼は冒険者ギルドで騒ぎを起こし、たった2日でギルドカードを剥奪。


 結果として彼は犯罪組織に足を踏み入れることになったのだが。

 人から命令される事が許せない彼には、犯罪組織にすら居場所はなかった。


「全部、アイツのせいだ」


 彼の脳裏によぎるのは一人の少女。

 白銀の髪に白く透き通るように美しい白い肌、見るものを魅力する容姿の天使のような少女。


「俺は、俺は第一王子だぞ……俺こそが正義なんだ、俺の言葉こそが真実なんだ」


「そう、その通りですよ」


「だ、誰だ貴様らはっ!?」


 狂ったように呟くフリードに答えたのは、数人の黒いローブに身を包んだ者たち。

 黒ローブ達は、声を張り上げるフリードを見るとニヤリと笑みを浮かべる。


「我らは真の神に仕える者ですよ、フリード元第一王子殿下」


「貴方様ほどのお方が、このような薄汚れた場所にあるべきでは無い」


「我らと共に参りましょう」


「貴方様であれば全てを思いの儘にできる程の力を手にでできるでしょう」


 数人の黒ローブのその言葉は、今のフリードにとって何物にも替えがたい甘言となって染み渡る。


 全ての正義たる自分がこんな場所にあるのは何故だ?誰のせいだ?

 自分の言葉を信じない父などフェーニルの王に相応しくない、あるはずがない。


「ヒャハッ…」


 卑しい下民に誑かされた愚かな父に代わってこのフェーニルを正常にしなければならない。

 そしてあの美しい少女は自分の隣こそが最も相応しい。


「ヒャハッハッハッ!」


 狂ったように笑い声を上げるフリードを見て笑みを深めた黒ローブの男達は、立ち上がり狂った笑いをあげるフリードに丁寧に腰を折る。


「では、参りましょう。

 我らが教団へとね」


 ワァァッ!!

 広場から今日一番の歓声が上がった時、フェーニルの裏路地には誰一人としていなかった。

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