第5章 瀑水の試練編

第62話 幼女の身体恐るべし、です

 僕は今、久し振りの強敵との戦いに直面しています。


 最近はモフモフに包まれる生活を送っていたせいか、少し身体が鈍ってしまっていた様です。

 まさか、この僕がこうも容易く追い詰められ、窮地に立たされる事になろうとは……


「うぇっ、し、死にそうです」


「お嬢様、お気を確かに」


「大丈夫ですか?」


「お嬢様、ほらシアの尻尾ですよぉ〜」


 心配そうに伺って来る、原種吸血鬼であるメルヴィーと白狐の双子姉妹であるノアとシア。


「あ、ありがとうございます」


 目の前に差し出された真っ白なモフモフな尻尾に包まりその場に横たわる。

 何とかお礼は述べましたが、意識が朦朧と……



 脳裏に過ぎる、緊急会議。

 そろそろ商会……リーヴ商会を他国にも進出しようという話になった事が全ての元凶。


 リーヴ商会は今や帝国を代表する大商会。

 各国から支店進出の書状が大量に送られて来ていました。


 その中から勇者やアレサレム王国の介入を受けても大丈夫な国を選抜。

 遂に他国への進出が決定したのです。


 そんな訳で現在、二台の馬車にて世界最大の商業大国。

 海洋国家フェーニル王国に向かっている訳ですが……


 普段であれば、コレールの転移魔法を用いて一瞬のうちに移動する、と言うのが僕達の基本スタンスです。


 しかし! 今回はフェーニルが世界有数のリゾート地だと言う事。

 そして最近、働き過ぎだと思った事もあり。


 海外進出するついでに、皆んなでバカンスにでも行こうと思い立った。

 これが地獄の始まりだった。


 バカンス、旅行となればその道中も醍醐味の1つと言えます。

 よって転移魔法を用いて行くと言う案は却下される事になったのです。


 因みに、馬車に乗る際にも、ちょっとしたやり取りが行われました。

 この馬車に乗っているのは僕を含め専属メイドであるメルヴィー、ノア、シアの4人。

 眷属の皆んなはもう一台の馬車に乗っています。


 当然、フェルやオルグイユが僕と一緒の馬車に乗るとゴネた。

 しかし、専属メイドの3人は断固として譲りませんでした。

 あの時のメルヴィー達の気迫は、それは凄まかったですね……


 因みに、コレールは書類の山を処理したのち転移で合流すると言う流れになっています。

 流石に女性だけの中、唯一の男性であるコレールは居心地が悪いのでしょう。

 これは仕方がありません。


 とまぁ、そんな訳で人生初めての馬車の旅をしているのですが……

 まさかこんな伏兵がいようとは想定外です!!


 馬車。

 その絶え間なく襲い来る揺れに、僕の身体が悲鳴を上げたのが出発から30分くらい経った頃。


 それから今まで約一時間。

 流石にもう限界です! グロッキーなのです!!


「あ〜、視界がぐらぐら揺れて見えます」


「少しお眠りになられた方が良いですね」


 優しく目を細めるメルヴィーの言葉に軽く頷いて答えて、目を瞑る。

 すると、今までの苦しみがスゥッと和らぎ、意識が眠りに落ちていく。


 それにしても、この程度でダウンしてしまうとは、幼女の身体恐るべし……











「お嬢様、お嬢様、ご到着で御座いますよ」


「ふぁ、おはようございます」


 どのくらい寝ていたのでしょうか?

 しょぼつく目を擦りながらメルヴィーに答えて、手元にある尻尾をモフる。


「お気分は如何ですか?」


「お陰様でだいぶ良くなりました」


 常に気を張っていた少し前までは、ほんの些細な事でも直ぐに目が覚めていたのに。

 今は信頼出来る仲間に囲まれている時限定ですが、熟睡出来るようになりました。


 これは素晴らしい進歩です!

 食事・睡眠・娯楽を追求する者として非常に喜ばしい限りですね!!


「どうぞ」


「ありがとうございます」


 起き上がると、すかさずノアがホットミルクを差し出てくれる。


「お嬢様が元気になられて良かったです」


 いつのまにか僕を膝の上に座らせていたシアが微笑みを浮かべて、優しく撫でられる。


 専属メイドの3人は、気づいたらよくこうして僕を膝の上に座らせていますが……

 当人である僕でさえ感知する事が出来ない時があるから驚きです。


「ご覧下さい」


 メルヴィーが馬車の窓を開けると、そこには視界一面に広がる幻想的な水平線。

 手前はここからでも底か見える透明度を誇るサンゴ礁。

 奥の方は夕日か朝日かは分かりませんが太陽の光に照らされてキラキラと反射する大海原。


「おぉ〜、久し振りの海ですね」


「お嬢様は海に来た事がおありなのですか?」


「一応ですけどね」


 ノアの質問に対し曖昧な答えになってしまいましたが……まぁ仕方がありませんね。

 海に行った事があると言っても別に海水浴をした事はありませんでしたし。

 初めて海に行ったのが修学旅行のあの時でしたしね。


 そもそも、それは向こうの世界の事であって、この世界の海に来たのはこれが初めてです。


「しかし……」


 僕達が表向きの本拠地としているネルウァクス帝国帝都から海洋国家フェーニルまでは馬車で約5日。

 今回は道中を楽しむ事を考慮して、約1週間程の予定だったのですが。


 僕はその初日にて早々にダウンして、そして目が覚めたら既に海が見えている。

 つまり、既にこの場所がフェーニル又はフェーニル近郊だと言う事。


「メルヴィー、ここって既にフェーニル王国なのですか?」


「はい、つい先程フェーニル王国の領土に入りました」


 な、なんと言う事でしょうか!

 つまりそれは僕が約一週間。

 僕が寝込んだ事でスピードを上げたとしても5日間は眠り続けていたと言う……


「ふふふ、ご安心下さい。

 お嬢様がお眠りになっていたのは、ほんの半日ほどで御座います」


 男を一瞬で虜にしてしまいそうな微笑みを浮かべるメルヴィー。

 そんなメルヴィーが、僕の懸念を見越したようにそう告げました。


「実は先程コレール様が合流なされまして、全員で協議を行い、フェーニル王国の国境手前まで転移する事になったのです」


「なるほど〜」


 フェーニルからの書状を見せれば直ぐに国境の関所を超えられますからね。

 フェーニル王都まで転移しなかったのは、僕の旅の道中を楽しむと言う希望を考慮してくれた結果ですね。


 これは後で皆んなに何かお礼をしなければなりませんね。

 けれまぁ、それはそれとして……


「これは、予想外ですね」


 自身の幼女ボディーの脆弱さに思わず呟きが漏れた。

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