第11話 憤怒の眷属

「それにしても、まさか階層ボスとしてあのドラゴンがいるとは思いもしませんでしたよ」


「ん? コウキ、アイツ知ってるの?」


 俺の驚きからの呟きに、フェルも少し驚いたように疑問をぶつけてくる。


「知ってますよ。

 アイツは俺がこの迷宮に追放されて始めて目にした存在ですからね」


「へぇ、そうなんだ。

 厄介……」


 面倒くさそうにポツリと呟くフェル。

 龍は当然ながら厄介な敵だ。

 硬い鱗、強靭な肉体に高い生命力と、まるで強者になるべく生まれた存在。


 しかし、今のフェルの〝厄介〟には、他の意味合いもありそうですね。

 実際、霊鳥であり不死鳥でもあるフェルも龍と総合的な強さはそう変わらない。

 何度も復活する分フェルの方が厄介なのは、まず間違い無い。


 そのフェルが厄介と言うからにはそれ相応の意味があると思いますが。

 フェルの事ですから、もしかしたら単純に面倒くさいだけかも知れませんね……


「フェル、厄介とは…」


「私を前にしてお喋りとは、私も舐められたものだ」


 どう言う意味ですか?

 と言う俺の声を遮って、威厳に満ちた厳粛な声がボス部屋内に響き渡る。


 勿論その言葉を発するのは、フェルの霊鳥姿にも引けを取らない……もしかしたら、それ以上のサイズを誇る漆黒の龍。


 まぁこの空間には俺とフェル、そしてあの龍しかいないのですから当然といえば当然ですけどね。


 鋭い視線で俺たちを睨む龍。

 恐らく俺たちのステータスを鑑定しているのでしょうけど。


 残念でしたね。

 俺もフェルも隠蔽スキルを高レベルで持っているので、見る事が出来るステータスは精々、名前や種族程度の情報のみでしょう。


 そしてフェルに視線を向けた状態で龍は硬直した。

 それはもう面白いくらいにピタッと固まりました。

 もしかしたら、この龍はパントマイムの才能があるかもしれませんね。


 それにしてもフェルの事を驚愕の目で見過ぎではないでしょうか?

 一体どこにそこまで驚愕する事があったと言うのでしょう?


「な、何故ここに霊鳥殿がいるのだ!?」


 それは絞り出すかのような声だった。

 成る程、霊鳥であるフェルがこんな所にいると言う事に驚いていたのですか、納得です。


 確かにこんな場所に人化した霊鳥が。

 それも俺の様な平凡な人間の隣に立っているこの状況を、一体誰が想像する事が出来るだろうか?


 例え、龍であっても何処ぞの国の王でも不可能。

 それこそ神でも無ければ難しいのではないでしょうか。


「何故と、言われたら、何でだろう?」


 ここに来てもマイペースなフェルであった。

 龍ですらも呆れたような顔をしていますよ……まぁ俺には関係ない事ですけど。


「……例え霊鳥殿が居ようとも、この場を守り通す事が神から与えられた義務。

 賽は既に投げられた、残念だが貴殿らには死んでもらう」


 戦闘態勢に入るように、前傾姿勢になって今にもこっちに突っ込んで来そうな迫力。

 あの巨体に突進でもされたら、それだけで致命傷になりかねない。

 大きさはそれだけで脅威ですね……まぁそう簡単にやられはしませんが。


「アイツは、吾がやる」


 おぉ、フェルがいつになくやる気だ。

 今までも面倒くさいと言いつつ頼めば結局はやってくれていたけど、自分からやると言い出すとは……


「これでも、喰らえ」


 フェルがパチンと一度指を鳴らすと、フェルの周囲に無数の火球が現れ、一斉に龍へと殺到する。


 龍へ飛んで行った火球は、無尽蔵に形成される他の火球と合わさり、龍の巨体をも超えるサイズへと拡大。

 凄まじい爆音をあげて炸裂した。


「こんなものか」


 連鎖する爆音がいつまでも鳴り響き、爆発によって視界が赤く染まった頃。

 爆煙の中からそんな落胆の色の濃い声が、不意に響く。

 その声が、龍が無事だと言う事を物語る。


 龍がその漆黒の翼を一度羽ばかせる……それだけで龍に向かって飛んで飛来していた無数の火球が掻き消えた。


「むぅ……」


 その光景を見て、フェルが目を細めながら声を漏らす。


「これはいくらなんでも、私を舐めすぎではないか?

 霊鳥殿よ」


 全くダメージを受けていない様子の龍が、余裕を見せながらそう声を発する。

 しかしフェルもまた、今の攻撃は小手調べ。


 今の攻撃で致命傷どころか大したダメージを与えることができない事は承知の上です。

 まぁ、フェルの表情を見る限り、全くダメージが通らない事は多少想定外のようですけど。


「やっぱり、厄介」


 そう言いながらフェルも戦闘態勢に入る。

 戦闘態勢と言ってもさっきまでのモノとは訳が違う。

 フェルの周囲を大きな火柱が包み、さっきの龍と同じように翼でその火柱を払い飛ばす。

 火柱の中から霊鳥の姿に戻ったフェルが現れる。


 えっ? 何そのカッコイイ演出、羨ましいんですけど。

 俺が心の中で思わずそう叫んでしまった事は仕方無い事でしょう。

 だって俺は引きこもりニートですよ、ああ言った如何にもなエフェクトに興奮しないはずがないでしょう!!


「やっとやる気になったか、霊鳥殿」


「ん、ここからは、本気」


 巨大な龍と霊鳥が言葉を交わしていると言う果てしなくシュールな光景だが、圧巻でもありますね。

 フェルが霊鳥の姿に戻った、それはフェルの言う通りここからが本気と言う事を意味する。


 人化には人の姿になれる代わりに、大きなデメリットもあります。

 人の姿になると当然、身体の体積が小さくなります。

 まぁ、ようは弱体化します。


 それでもフェルの場合、化け物級に強いですけど……

 取り敢えず、そんなハンデを背負った状態で、あの龍と戦う事が不可能なのは明白です。


 フェルが翼を使って宙に舞い上がり、それ見た龍も同じように漆黒の翼を広げて宙に浮く。


 因みにフェルに聞いた話だと。

 フェル達の様な明らかにその身体を浮かせるには足りない翼で空を飛ぶ事が出来るのは、その翼に魔力を通しているからだそうです。

 まぁ、俺に翼はないので理屈はよくわかりませんが。


 そんなどうでもいい事を考えている間にも両者は互いに空中に浮かんで睨み合う。

 片や全てを飲み込む様な漆黒の翼と、燃え盛る太陽の様な紅炎の翼。

 まさしく覇者同士の睨み合い。


 両者の間に迸る魔力が衝突して紫電する。

 2翼は同時に動き出し、お互いの中央の位置で互いの頭がぶつかり合った。

 それだけでボス部屋の空気を震えさせる衝撃波が発生し、壁や地面が音をあげる軋む。


 俺の頭上では両者が幾度も大きな衝撃波を伴いながら空中でぶつかり合う。

 その力は龍の方がやや上、フェルの回復力がそれを補うと言った状態で、互角の戦いを繰り広げる。


 フェルが放った火炎魔法を、龍が翼で払いのけて吹き飛ばす。

 吹き飛ばされ、あるいは避けられた火炎魔法は、ボス部屋の壁にあたり大きな爆音をあげボス部屋の壁に大きな罅を作る。


 圧倒的な攻撃力と、圧倒的な回復力。

 永遠に拮抗し続くかと思われた戦いは、唐突に終わりを迎える。


 大きな音を立てながら地面に落下したのは紅炎の翼。

 つまりはフェルです。


 空中戦では、フェルよりあの龍の方が一枚上手の様です。

 ですが、これで勝負に決着がついた訳ではない。


 それは、空中を飛びながらも多少の傷を負った状態でフェルを見下ろしている龍と、地に落ちながらも無傷で龍を見上げているフェルを見れば一目瞭然です。


 それにしてもフェルは強いですね。

 このフェルと龍の戦いを見て、まず思うのがフェルのその強さ。

 俺はフェルとまともに戦って無いので、フェルがここまで強いとは思ってもいませんでした。


 フェルの強さにちょっと感動していると、突然フェルの身体が光に包まれ小さな少女の姿になって現れた。


「もう辞める、疲れた、眠い」


 そう言って俺の腰に抱きついてくるフェル。


「では今度は、お前が私と戦うのか?」


 華麗に地面に着地を決めて、俺に向かってそういう龍。

 えっ? これでいいの? こんな終わり方でいいの?


「俺たちを殺すんじゃなかったんですか?」


「何を馬鹿なことを言うか。

 霊鳥殿を殺す事など不可能に近い、それは私でも変わらない」


「まぁ、それは俺もそう思いますけど」


 その龍の言葉を聞いて、それもそうだと思ってしまった。

 だって滅砲を打ち込んだのに、まさかの無傷でしたしね。

 まぁ、だからこそ龍は俺に的を絞ったのでしょうけど。


「力は私が上だが、霊鳥殿の不死性を合わせればどうなるかはわからない。

 しかし見た限り霊鳥殿は、お前の眷属となった様子。

 ならば、お前を殺せばそれで事足りる」


 ご名答。

 龍の言う通り、フェルの説明では主が死ぬと眷属も死ぬらしい。

 つまりいくらフェルが不死でも、俺さえ殺せば本来不死であるはずのフェルを殺す事ができる。

 龍にとってはまさに一石二鳥という訳です。


「まぁ、そうですね。

 それが出来れば、の話ですけどね」


「ふん、人間風情が私に勝てると思っているとは」


 鼻で笑う様にそういう龍。

 笑いたければ笑うといい。

 それ自身を殺す行為に他ならない、ここでは油断を見せたやつから死んでいくのだから。


 ボス部屋で戦ったエルダーリッチもヒュドラもその他の魔物達も、俺が人間だからと余裕を見せて油断して……そして死んだ。

 そもそもアイツらは何故、自身より俺が弱いと考えたのでしょう?


 それにしても、久しぶりの戦闘ですね。

 前回のボス戦であるフェルとの戦いは無く、ここまで来るのも殆どフェルに乗って移動していたので、戦闘は初めのみ。

 はっきり言ってしまえば、不完全燃焼だった訳です。


 そしてやっと現れた敵はこの龍。

 俺がこの迷宮に追放されて最初の恐怖を与えてくれた存在。

 相手にとって不足はないです。


「貴様、何がおかしい?」


 龍が訝しむように俺に言う。


「俺の事を舐めていると死にますよ」


「何を言うかと思えば、人間風情にどうやって私が負けると言うのか」


 何故そんな事が言えるのか。

 俺のステータスは隠蔽されていてアイツは俺のステータスを見れてい無いはずなのに、やっぱりこの見た目ですかね。


「アイツ、厄介、気を付けて」


「わかっています。

 どんな相手であろうと油断はしません」


「お喋りは終わりだ、塵と化せ!」


 そう言って、龍がその口から漆黒の塊を打ち出して来る。

 まさにエルダーリッチのあのレーザーみたいですね。

 まぁ、あれより遥かに威力は上でしょうけど。


「滅砲」


 その攻撃に向けて滅砲を放つ。

 エルダーリッチの時とは比べ物にならない量の魔力を消費して放った滅砲は、龍のブレスと僅かな拮抗……そして掻き消した。


「なっ!?」


 まさか自身が放ったブレスが破られるとは思っていなかったのだろう。

 龍が驚きの声を上げるが、既に時遅し。


 ブレスを掻き消した滅光は既に龍の眼前にまで迫ており回避は不可能。

 光と同等の速度を誇る死の光線が龍を撃ち抜いた。


「これは、一体どう言う事ですか?」


 今の滅砲は完全に龍の身体を撃ち抜いた……はずだった。

 しかし龍は片翼に大きな穴を開けてはいるが、貫けたのはそこだけ。

 これは一体どう言う事でしょうか?


 唖然とした様子でこちらを見ている龍。

 しかし、その反応をしたいのは俺の方です。


「今何をしたのですか?

 一瞬、貴方の姿がブレた様に見えましたけど……」


 そう、確実に撃ち抜いたはずの龍の身体が一瞬ブレて次の瞬間には翼を撃ち抜いていた。

 まるで瞬間移動でもした様に。


 けどそんなスキルは〝等価交換〟には存在しませんでした。

 つまり、今のはユニークスキルと言う事になります。


「コウキ、アイツは、空間転移を使える」


 空間転移とは空間魔法の中でも上位に位置する魔法。

 いつかは俺も欲しいと思っていた魔法です。


 こんな使い方ができるのなら〝無限収納〟に頼ってばかりでは無く、早く習得しておくべきでしたね。


「まさか私のブレスを掻き消すとは……」


 驚いた様に言う龍だが、その感想は俺も同じだ。

 まさか俺の滅光魔法がここまで強力だとは……

 龍のブレスどころか翼とはいえ、身体までも貫通するとは思ってもいませんでしたから。


「どうですか? 少しは俺の事を見直してくれましたか?」


「認めよう 、貴様は確かに強い。

 私のブレスを掻き消す存在など、かの大神達とあの者以外、誰もいなかったからな」


「俺の事を認めてくれたのなら、貴方も一緒に来ませんか?」


 ここで俺は本題を切り出す。

 もともとフェルが眷属になって仲間になった時点で、俺は次のボス部屋のボスも仲間誘おうと決めてました。

 理由は簡単、仲間がいた方が楽しいし、ラクが出来るからです。


「貴様と行くのも面白そうだが、そうもいかない。

 私たちは互いに互いを殺す事でしか、この空間から出る事すらできないのだから」


「そうでもありませんよ。

 現にフェルはこうやって、ここにいるじゃないですか」


「どう言う意味だ?

 貴様は霊鳥殿とともに、この迷宮を攻略しに来たのではないのか?」


「違いますよ。

 俺は追放されてここに飛ばされて来ました。

 フェルは1つ前のボスです」


 それを聞いた龍がさらに驚いた表情を作る。

 この龍、今日は驚いてばかりですね。


「どうです、俺の眷属になりませんか?」


 この誘いが難しいことはわかっている。

 何せ眷属になってしまえば、本人が無事であろうと俺が死ぬと死んでまうのだから。

 そして俺は人間だ、どうしたって寿命は来る、それも龍の感覚から見てそう遠くないうちに。


 しかし仲間になってくれなければ、殺さないとここから出られないのもまた事実。

 まぁ、扉を壊せば出られるかもしれませんけど、ボスが健在なうちは多分、不可能な気がしますしね。


 俺がそんな事を考えていると、龍の身体が光に包まれて1人の青年が姿を現し……


「先程までの無礼をお許しください。

 私を眷属に加えて頂けるのならば、是非にお願いいたします」


 何故か、執事服姿で俺に跪いてそう言った。


 えっ? そんなに簡単に決めちゃっていいのですか?

 と、途轍も無く思いますが、仲間になってくれると言うのならば嬉しい限りです。


「では貴方に名前はありますか?」


「いえ、お恥ずかしい事ながら」


 つまりは、また名前をつけないといけない、と言う事ですね。


「では俺が名前をつけてもいいですか?」


「是非に」


「じゃあ……今から貴方はコレールです」


「ありがたき幸せ」


 コレール。

 フランス語で憤怒という意味だったはずです。

 まぁ、フェルがフランス語のルージュから取っているのでフランス語から選びましたけど、本人がいいと言っているのだからこれでいいでしょう。


「コウキの、眷属になるのなら、吾が先輩」


「わかっております」


「ならいい、吾のことは、フェルと呼ぶといい」


「ではこれからよろしくお願い致します。

 主様、フェル殿」


 そう言ってコレールは優雅に一礼した。

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