第2話 異世界でも厳しいようです

「ようこそお越しくださいました、勇者の皆様」


 柱の光が照らし出す暗闇の中、ピンクの髪をした一人の美女が微笑みを浮かべて佇む。


「ここはどこ!?」


「何がどうなった?」


 全員が唖然とする中、いち早く声を発したのはこのクラスの2人の中心人物。

 綺麗な黒髪がトレードマークであり、クラスのアイドル的存在の雛森 茜と、整った顔立ちをしていて文武両道と万能人間である稲垣 涼太。


「真衣、これはどういうことかしら」


「お姉は少しも驚かないよね」


 そんなマイペースな会話をしているのは双子の姉妹であるクールビューティーな姉の双葉 結衣と活発美少女な妹の双葉 真衣の2人。


 そんな4人に触発されたのか皆んなが次々に疑問を口にする「ここはどこだ」「何がどうなってるんだ」と。


「皆んな落ち着いて!」


「一旦落ち着こう」


「まずは全員いるか確認をとります!」


 そう言って皆んなを落ち着かせようとする、学級委員長の鈴木 賢弥と、生徒会の結城 翔そして担任の山口先生。


「はじめまして、勇者の皆様。

 私は、アレサレム王国第一王女のサリア・アスティア・アレサレムと申します。

 色々と疑問があると思いますが後程、国王陛下であらせられる父上がお答えしますのでまずはこちらに」


 そう言うだけ言って背を向けて歩き出す王女様。

 それについて行くかどうかクラスメイト達が呟き声で周囲と相談を始めるが……


「行くしかないだろう」


 という学級委員長の一言で重い足取りで王女の後をついて行く。

 まぁ、元々俺達にそれ以外の選択肢なんて無いんだけど。


 行き着いた先は、まさに謁見の間と呼ばれる部屋だった。

 中央に数段の階段があり、その上にある王座に腰掛ける1人の男。


「よくぞ参られた勇者達よ。

 私はアレサレム王国国王であるルナン・サナスト・アレサレムだ。

 君達の質問に答えよう」


 国王を名乗った男は少し老いているように見えながらも不思議な存在感を放っている。

 これが俗に言う王威なのか……少し思っていた感じと違うけど、これはこれで感動しました、ハイ。


「私達はどうなったのですか?」


 はじめにそう質問したのは担任である山口先生だ。

 まぁ大体予測はついている。

 おお方、異種族や他国との戦争の為とか、魔王が復活するからとかだろう。

 しかも帰る方法はないと言うのがこの場合のテンプレだ。


「私達が勇者諸君を召喚したのには二つの理由がある。

 まず一つ目に神からの神託が降った事だ。

 そして二つ目に魔王を復活させようと画策する者達の存在だ」


 やはり異世界。

 テンプレを裏切らない…なんて素晴らしいんだ!!


「魔王とは?」


 そう質問を投げかけたのは稲垣だ。

 一国の王相手に堂々と質問するとは、恐れ入ります。

 コミュ障ヒキニートの俺にはとてもじゃないが出来そうにないですね。


「魔王とは今から約10万年前。

 多数の悪神や邪神を引き連れ突如として現れた異界の神の一般的な呼び名であり。

 正式名称を魔の神々の王、魔神王と言う。

 そしてその名を魔王ヴィスデロビア、かつてこの世界の神々を次々に屠った存在だ」


「その魔王を復活させようとしている奴らがいると?」


「その通りだ。

 かの魔王は古の大戦で敗れ去り、その身体と魂を多数の欠片に分割し封印された。

 封印されていてもなお魔王の力は絶大だった、奴らはその封印を解き放ち魔王の復活を願っている。

 そして、奴らは魔教団と名乗り決して表舞台には立たず、影の世界に暗躍している。

 私達はその存在を偶然にも知ることができたが、本来は知る者など殆ど存在しない巨大な組織だ」


「その組織を俺たちが潰して魔王の復活を阻止するって事ですか?」


 初対面の人物にここまで堂々と会話ができる稲垣のコミュ力がとても羨ましいです。

 実は俺この世界に来てから一言も言葉を発していないんですよね……

 皆んなとのコミュ力の絶対的な差に一人ダメージを受けてますよ。


「その通りだ」


 そんな間にも会話は続き国王は稲垣の言葉を肯定した。


「でもそれって俺達には関係無い事ですよね。

 勝手に召喚されてそんな事言われても困るんですよ」


 おっと、一国の王相手に嫌味を言いはじめた。

 流石にそんな事をするのは時期尚早だと思うが、君のコミュ力には敬意を表すよ。


「確かにその通りだ」


 国王が稲垣の言葉を肯定し、言い勝ったと思ったのか稲垣の口に笑みが浮かぶ。


「しかし、君達はもう無関係では無いのだよ」


 その言葉で一瞬浮かべた笑みが消え失せ、他の皆にも同様に不安げな表情が浮かぶ。


「君はもう予測できているようだが、君達を元の世界に返す事は不可能なのだ。

 つまりは君達は、これからこの世界で生きていかなければならない。

 もし仮に魔王が復活したならば、神々がいない今、今度こそ魔王はこの世界を支配するだろう。

 そうなっては君達もただでは済まない」


 稲垣は無理やり召喚され、自分たちが頼りにされている立場であることに気付き何らかの対価を求めようとしたのだろう。

 でないと、無関係の俺達はお前らに協力してやらないぞと……


 しかし、国王が言った通りこの世界からの脱出方法が無いのなら、俺達はもう既に無関係ではいられない。

 その事に思い至ったのか稲垣の表情が多少歪み、皆の不安もより一層深まって行く。


「だが、君達をこの世界の事情に巻き込んでしまったのも事実。

 君達が力をつける為の協力は惜しまないし、衣食住も保証しよう。

 魔王の危機が去った際には、その手柄に応じて貴族位を与える事も検討しよう」


 と、なんと国王の方から妥協点を提案してきた。

 衣食住はいいとして貴族位を与えるとなるとそれ相応の問題があるとは思うのだが。

 まぁ名誉貴族とか一代限りの爵位でどうとでもなるのかもしれないが……

 今の俺たちの立ち位置を考えるとかなり良好な条件と言えるだろう。


「さて、異論のある者はいないか?

 では早速だが君達には今からステータスの確認をしてもらう」


 国王がそう言うと、部屋の扉からカートに乗せられた板状の物体と共に一人の男が入って来た。

 その男を言い表すならば、まさしく神官!!


「皆様、この金属板はステータスプレートと呼ばれていて神代から残るアーティファクトの一つです。

 まず皆様にはこのステータスプレートに血を一滴垂らしていただきます。

 そうするとあなたのステータスが表示されるはずです」


 言われた通りにするとステータスが表示され皆んなから、おぉっと感嘆の声が上がる。

 俺達からしてみれば、まさにゲームがリアルになったように感じて妙な感動がある光景だった。


「そのステータスはレベルの上昇と共に上がります。

 そして収納と念じるとステータスプレートは体内に保存され、収納状態でステータスオープンと念じると自分にだけステータスが表示されます」


 言われた通りに念じるとスルリと板が身体に吸い込まれ、ステータスが表示される。

 その事にまた感動を受けていると唐突に国王が声を発した。


「ん? そう言えばそこの君はなぜそんな服を着ているんだ?」


 と、その言葉を受けて周りのみんなの視線が俺に集中する。

 非常にやめて頂きたいです。


「国王様、彼は太陽の光に弱いのです」


 そう答えたのは学級委員長の鈴木だ。

 咄嗟に言葉が出てこなかった俺の代わりに答えてくれたのはいいのだが……彼が返答した瞬間この部屋の中にいたクラスメイト以外の人がピシリと動きを止めた。


「それは、一体どう言うことかな?

 君、その服を一旦脱いでくれないか?」


 そこには、さっきまで部屋を包んでいた穏和な雰囲気は無く、ピリピリとした空気が流れ始める。


 あっれぇ? これってやばいやつなんじゃ無いか?

 異世界モノでよくある主人公が追放されたりするやつじゃ……


 しかし、この空気の中、逆らえるはずもなく羽織っていた黒のロングコートを脱ぐ。


 そして、露わになる病的なほどに白い肌に赤く光る瞳。

 そして場を満たしていた緊張度が爆発的に増す。


「これは一体どう言うことだ!?」


 いきなり大声をあげた国王に皆がビクッと反応する。


「な、何故ここに!?」


「これは一体!」


 などと国王の周りにいた貴族や文官、武官などが慌ただしく動き出す。


「奴を捉えよ! 抵抗するなら殺しても構わん!!」


 一際目立つ甲冑をまとった男の一言で部屋の外から武装した兵士が雪崩れ込んで来て唖然とする俺を取り囲む。


「こ、これって一体……」


 異世界に召喚されて始めての言葉がそれだった。

 困惑する俺をよそに徐々に兵士たちの輪が小さくなって行く。


 そしていよいよ兵士たちの持つ槍が俺に届きそうになった時、同じく困惑していた山口先生が声をあげた。


「待って下さい! これは一体どういう事ですか!?」


「あの白い肌に、爛々と揺らめく赤い瞳。

 あれはどこから見ても吸血鬼の特徴と一致している」


「吸血鬼!? そんな、彼はアルビノなだけで断じて吸血鬼などではありません!」


 そう、山口先生が否定するが、国王はそれを認めない。


「アルビノとは何か知らないが、太陽の光に弱く、白い肌に赤い目は吸血鬼の特徴と一致する。

 吸血鬼は太陽の光に弱いからか殆ど人の前に姿を表すことはないが、人類に害を為す危険な存在なのだ。

 そこでだ、君達は彼が普段どのように過ごしているのか知っているのか?」


 そう言われては、山口先生は押し黙るしかない。

 それもそうだろう、俺は学校に殆ど行っていないし、誰かと遊ぶことも無いのだから。


「返答がないという事は身に覚えがあるという事だろう? つまりはそういう事だ」


「し、しかし、私たちの世界には吸血鬼なんて存在していません」


 俺のことを守ろうと、教師の、担任としての責務を守ろうと必死に食って掛かる山口先生と国王のやり取りを周りの皆は理解が追いついていないのか、唖然と見ていることしかできていなかった。


「それは君達が知らなかっただけで、君達の世界にも吸血鬼は存在していたのではないか?」


「それでもです。

 百歩譲って例え彼が吸血鬼だとしても彼は私の生徒です。

 彼に手を出す事は許容できません!!」


「……しかし、吸血鬼を野放しにする訳にはいかないのだ。

 だが、貴女がそこまで言うのなら命だけは取らないと約束しよう」


「それはつまり、彼を私達と同様に勇者として認めてくれると言う事ですか?」


 山口先生がホッとした様子でそう尋ねるが帰ってきたのは否定の言葉だった。


「残念ながらそれは出来ない。

 彼が称号に勇者を持っているならば兎も角、先程の結果はそうでは無いのだから。

 それに吸血鬼をこの国に置いておくこともできない、よって彼は処刑場に追放する」


「……その処刑場とはどのような場所なのですか?」


「遥か昔に魔王の欠片や配下の残党を封印する為に神々によって造られたと言われている場所だ。

 何処にあるかも判明していないし、全容を把握できているわけでも無い。

 これまでに許されない罪を犯した幾人もの罪人たちを送り込んできたが、帰ったものは誰も居ない、つまりは処刑場だ。

 だがそれはあくまでも人間の話だ、戻ってくる事は不可能だろうが、吸血鬼ならばあるいは魔物達と共存し生きて行く事も可能だろう」


 その言葉に山口先生はが「そんな」と崩れ落ちそうになる一方で、国王の周囲の貴族や文官達からは別の声が上がる。


 曰く「それでいいのですか!?」「吸血鬼に恩情をかけるのですか!?」と。


 武官や兵士などは今にでも飛び掛かってきそうな雰囲気だ。

 しかし、国王はそんな者たちを諌めて俺に冷たい目を向けながら言った。


「勇者である彼女がここまで言うのだから仕方あるまい。

 生き残る確率など無いに等しいのだ、せめてもの恩情としてそのぐらいは構わない。

 それに勇者の皆の前で奴を始末し、彼らの士気を下げるわけにもいかない」


 それを皆んなの前で言ったら意味がないと思うんだが……もしかしてお馬鹿さんなのか?

 それに死ぬ事はないって言ってたのに、生き残る確率は無いに等しいって既に矛盾してるし。


 などと思っていると、次は俺に吐きかけるように言葉を述べる。


「幸いお前は力が強くなさそうとはいえ、人の脅威となる吸血鬼が即座に殺されない事を彼女に感謝するんだな」


 そして兵士たちに拘束されている俺に宮廷魔法士達が数名で転移魔法と思われる魔法を唱え始める。


 そして俺は内心で叫んでいた。

 そんなとこまでテンプレ守んないでいいんだよぉ!!と。


 確かにテンプレ設定にはテンションが上がったが、俺はその中でのモブの位置に居られればよかった。

 それなのに何この主人公展開は!?


「伊波君ごめんなさい、先生じゃ君を守れそうに無いわ」


 と失意の中に声を掛けてくる山口先生。

 そして俺の中では、この不条理の現状に溜息を吐きたくなる感情が湧き上がる。


 つまりは、またかと。

 何故アルビノってだけで、ここまでされなきゃならない?

 俺は巻き込まれただけなのに、異世界に来てまでアルビノのせいで……


 と、俺の人生はこれまでもアルビノのせいで狂わされて来た。

 なんで憧れの異世界にまで来てそうなる?


「仕方ありませんよ。

 先生のせいじゃありません、全てはアルビノの所為ですから」


 そして、はぁと溜息をつき国王に向けて言い放つ。

 長年のアルビノによって培われて来た不満とともに……


「俺を追放した事、後悔しないようにして下さい」


 吹っ切れた様に嗤う。

 その瞬間俺の足元にいつのまにか出来ていた魔法陣の光が俺を包み込み再度視界が切り替わった。

 暗い真っ暗な視界に。

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