バレンタイン・ゲーム

蒼原凉

バレンタイン・ゲーム

「センパイ、そういえば去年は何個チョコレートをもらったんですか?」

「ブフゥーーーーーー!? ゲホッ、ゴホッ」


 唐突に出てきた言葉にむせ返って片づけ中のチェスの駒を落とした。びっくりして振り返ると、言った本人たる清水真央しみずまひろが生意気そうな顔でにやにやと笑っている。格好のいじりネタを見つけたぞとばかりに。

 こいつ、美少女のくせして普段はそんなこと忘れるくらい生意気にいじってくるんだよな。俺一応こいつの一つ先輩なのに。


「ちょっとセンパイ、何吹き出しちゃってるんですか」

「いやだって、なあ!? バレンタイン前日でみんなそわそわしてるところにわざわざそんなこと言わなくてもいいだろ?」


 男子はみんな誰からいくつチョコレートがもらえるのか、気もそぞろだというのに。かくいう俺も今年はそこそこ期待しているわけでこうしてチェス同好会の活動にもあまり身が入らないでいる。さっきも清水に惨敗したし。


 ……まあチェスの戦績は9:1で負けが込んでるんですけどね。


「いいじゃないですか。教えたところで減るもんじゃないでしょう?」

「そりゃそうだが。ゴホン」


 咳ばらいを一つ。そしてチェスの駒を片付け直して、清水に向けて指を立てた。


「聞いて驚け。なんと4つだ」

「おお、すごいじゃないですか。ってあれ、4つですか? それって全部義理チョコですよね。センパイのお母さん、お姉さん、みこと先輩、委員長の4つでしょ?」

「チッ、バレたか」


 そうなのだ。4つもらった中に本命は1つもない。命先輩は俺の1つ上のチェス同好会の先輩だし、委員長に至ってはクラスメイト全員にチョコレートを配っていた。どう考えても義理だろう。


「バレバレですよ~」


 にしてもさあ。わざとらしく口元を抑えてからかわなくてもいいだろ、おい。


「でも、よかったですね。今年はチョコレートの数増えそうですよ」

「まあ、確かにな」


 命先輩は今年3年生だけど、バレンタインには来るって言ってるし、委員長は今年も同じクラスだ。クラスメイト全員にチョコレートを配ると明言している。それに今年はオセロで全国大会にも出て表彰されたし、修学旅行で仲良くなった女子もいるしな。去年の数が保障されている以上減ることはないだろう。それに……、

 そう思っていると、清水がにこりと笑った。


「それじゃあセンパイ、一つゲームをしませんか?」

「ゲーム?」

「そうです。今年、先輩がいくつチョコレートをもらうか、それを当てるゲームです。そうですね、勝った方は負けた方に何でも一つ言うことを聞かせられる、とでもしましょうか」

「その賭け、乗った。後からえ面かいても知らないぞ」


 生意気な後輩に先輩の威厳を見せつけてやる。それに、この際ちょうどいい。そう思って俺がにやりと笑うと、かかったとばかりに清水が満面の笑みを見せた。


「センパイこそいいんですか? 何でもですよ。すんごいこと要求しちゃいますけど」

「すんごいこと、だと?」

「そうですよ〜。そうですね、この際だからエロいこともありにしましょう」

「え、エロいこと……」


 清水が舌舐めずりする。え、それ、ちょっと聞いてないんですけど。あの俺をからかうことを生きがいにしているような清水が、すんごいことだって? 勢いに乗ったの失敗だったかもしれない。ちょっと血の気が引いていく。


「あれぇ? センパイ怖気おじけづいちゃったんですか? まあ、ヘタレなセンパイがどうしてもっていうんだったらなかったことにしてあげてもいいですよ?」


 くっ、ここまであおられておめおめと引きさがれるものか。


「そ、そんなことするか。清水こそ、あとで恥ずかしがってもやめてやらないからな!」

「わかりました、楽しみにしておきますね」


 これで、絶対に負けられなくなった。俺が負けたら清水にどんな要求をされることか。そ、それに清水のいうエロいこととやらにもちょっと興味がないわけでもないし……。


 それに、あえて言わなかったが実はこのゲーム必勝法がある。というのも時間指定がされてないのだ。だからあとで姉さんに頼んでチョコレートを調達してもらえば……


「それじゃあ細かいルールを決めましょうか。まずゲームは明日の17時の鐘が鳴るまでにしましょう」

「何だって!?」


 それじゃあ必勝法が使えないじゃないか!


「センパイ、ズルする気満々じゃないですか。だからダメです」


 ニッコリと清水が笑う。だーめとばかりに指で小さく×バツを作った。


 くっ、まあいい。意図的なのかどうかは知らないがまだルールには穴がある。そこをつけば勝つのはたやすい。

 例えば、クッキーなどのチョコレートには分類されないもののバレンタインの贈り物として認識されるようなお菓子。それを大量に用意してもらって後から数を調整すれば……


「それから、クッキーとかないと思いますけど花束も贈り物ということでアリにしましょう」

「な、なぜ考えてることがわかった!?」


 指摘されないからこそできる裏技なのに!


「センパイの底の浅い考えなんてお見通しですよ。それくらい予想がつかないでどうするんですか? あ、ひょっとしてそんなにエロいことさせたかったんですか? このス・ケ・ベ」

「くそっ!」


 清水が絶好調とばかりに煽りを飛ばす。でも事実だから否定できないところが悔しい。ずっと手のひらで踊らされてばっかりだ。


「まあ、そういうわけなんで正々堂々やりましょうよ。センパイも追加した方がいいルールありませんか?」


 そうか、正々堂々だよな。やっぱり勝負は正々堂々だよ。そう思うとストンと気分が落ち着く気がした。


「そうだな、両方外れた場合はどうする? 近い方の勝ちにするか?」

「そうですね、せっかくだからちょうどだけにしましょう。それにどうせ私が勝ちますから」

「言ったな?」


 どこからその自信が溢れてくるのか知らないが、正々堂々勝負といこうじゃないか。


「それじゃあルールを確認しましょう。センパイが明日の17時の鐘が鳴るまでにをちょうど当てた方の勝ち。どちらも外れたら引き分け。まあ、その場合は私がセンパイをオモチャにしたおわびも兼ねてジュースでも奢りますよ。で、クッキーや花束など、明らかにバレンタインの贈り物と思われるものも個数に数える。これでいいですね?」

「ああ、構わない」


 ルールを一語一句聞き逃さないよう耳をそばだてる。問題はなさそうだ。


「それじゃあ、宣言といきましょうか。センパイからでいいですよ」

「わかった」


 まあ、先攻は俺が順当だろう。なんて言ったって俺がもらうチョコレートの個数なのだから、ある程度は基準となる値を教えたっていい。まあ、勝負だから後攻の清水は俺の宣言した値を言えないっていうハンデもあるんだけど。


 それにしても、俺がもらえる個数か。母さんに姉さん、命先輩、委員長の4つは決定として、そこにプラスいくつもらえるか。それが焦点になるな。そんなことを考えながらもらえそうな人の顔を思い浮かべる。隣の席の三条菫さんじょうすみれさんとは結構仲が良かった。修学旅行でも一緒の班だったし。修学旅行と言えば、三条さんの友達の松本七香まつもとななかさんともその後ちょくちょくと話すようになったし。他は……、とくにさそうだ。うん、思い浮かぶのはその2人くらいだろうか。ならば……


8だ。俺の宣言は8」


 両手で8を作り清水に見せつける。


「おお、去年の2倍ですか、攻めますね。では私は9で」

「いや、お前俺の宣言より多いじゃん」

「勝ちに行っただけですよ~だ。この勝負、勝たせてもらいますから」


 そう言った清水の瞳が怪しく光る。


「いや、勝つのは俺だ」

「ふふっ、明日が楽しみですね」


 そうだな、明日が楽しみだ。なんて言ったって、この生意気な後輩に一泡吹かせてやれるんだから。



 *****



 楽しみにしていた時間というのは驚くほどやってくるのが遅いもので、俺はと言えば睡眠不足になりながらも、ひたすらどんなことを清水にしようか考えながら授業を過ごしていた。ああでもないこうでもないと考えているうちに放課後がやってくる。けれど、長いように思えたその時間も、清水への要求を決めるには短い気がした。

 まあ、そんなことはいい。さて、出陣と行こうじゃないか。

 命先輩からは朝のうちにチョコレートをもらった。母さん姉さん、クラスメイトたちからも義理チョコとは言われたものの無事にゲットしている。全て、俺の予想通り順調に進んでいた。


 チェス同好会の会室に行ってみると、清水は既に到着し、椅子に座って本を読んでいた。チェス同好会には命先輩を含めても3人しかメンバーがいないからな。先輩が受験で忙しい今は俺と清水の2人きりだ。ふと寂しいものだと思ってしまう。

 ……今はその方が都合がいいけど。


「お、センパイ。怖気づいて逃げずにきたんですね。えらいえらい」

「ほざけ。勝つのは俺だ」


 自信たっぷりにバチバチと火花を散らしながら、俺は清水の向かいの席に座った。


「それで、センパイは一体いくつチョコレートをもらったんですか?」


 ニヤニヤしながら清水が言う。大丈夫だ、準備はちゃんとできている。


「ふっ、聞いて驚け。7だ」


 チョコレートをカバンから取り出す。手作りが5、既製品が2、計7個だ。

 こうしてみると結構バラエティーに富んでいるのがわかる。委員長はいかにも手作りの量産品というばかりに切り出した跡があるブラウニーだし、母さんはデパ地下で売ってそうなちょっと高級なチョコレート、果てはガ◯ナなんて明らかに義理としか見えないような物まで。


「おお、すごいじゃないですか。最高記録更新ですね、センパイ」

「なあ清水、お前は俺をなんだと思ってるんだ? もっともらったことがあるかもしれないだろ」

「え、あるんですか?」


 さも不思議そうな表情で聞く。まるで俺がモテたことがないみたいにいうじゃないか。小学校の時とか10個くらいもらったことがあるかもしれないだろ。まあ、


「いや、別にないんだけどさ」

「じゃあいいじゃないですか」


 くっ、後輩になめられたままというのもムカつく。だがそれも今日までで終わりだ。俺だって反撃するんだ。


「ともかく、ここまでで7個。最後に清水から1個もらえば合計8個で俺の勝ちだ! どうだ参ったか!」

「え、センパイ私からもらえると思ってたんですか?」


 えっ?

 一瞬めちゃくちゃ混乱する。同じ同好会で仲良いし、せめて義理チョコくらいくれないの?


「だって、センパイにあげたら私負けちゃうじゃないですか」

「その、清水はチョコレートくれないのか?」


 自分の声が上ずっているのがわかった。それを聞いて清水はカラカラと笑う。


「なんて冗談ですって。嫌だなあ、私だってセンパイにお世話になってる自覚くらいありますよーっと。ちゃんとあげますからそんなに悲しそうな顔しないでください」


 くそう、高校生男子の繊細な童貞心をもてあそびやがって。本当にこいつ生意気だ。そんな恨みを込めてごそごそとカバンを探る清水を見つめる。


「そういうわけだから勝負は俺の勝ちだな。いやー今からどんなお願いをしようか悩むなあ」

「何を言ってるんですかセンパイ。勝負は私の勝ちですよ」

「まだそんなことを言うか」


 それともこれから清水以外の誰かが新しく俺にチョコレートを贈るわけでもなかろうに。


「いいか、ここに7個、それに清水からの1個を足して合計8個だ」


 そう言うと、清水はふふっと笑い飛ばした。


「センパイ、詰めがまだまだ甘いですね」

「なんだと?」

「いいですか、私はって言ったんです。なんて一言も言ってないんですよ」

「まさか……」


 清水がおかしくて仕方がないとばかりに笑う。


「と言うわけで、私からのプレゼントです。はいこれとこれで2個。全部で9。このゲーム、私の勝ちですね、センパイ」

「なっ!? やりやがったな!?」

「引っかかる方が悪いんです〜。と言うわけでどーぞ」


 そう言って清水は2つのチョコレートを投げ渡してきた。ハート形をした、本命と言って渡されてもおかしくないような手作りのやつと、それと相反するような手抜きとしか思えないき◯この山を。くっ、めちゃくちゃいい笑顔なのが腹立つ!


「いや〜、購買で買っておいて良かったですよ。センパイのドヤ顔、ごちそうさまでした。しばらくはこれでからかわせてもらいますね〜。あ、写メ写メ」


 おほほほほ、なんて効果音が入りそうな笑顔で清水が笑う。ニヤニヤが止まらないみたいだった。


「いや〜、それにしても面白いくらいに引っかかってくれましたね。こんなにうまくいくとは思ってませんでしたよ」

「正々堂々って言ったのは嘘だったのか……」

「嘘じゃないですよ〜。正々堂々ルールの範囲内で戦ってるじゃないですか。正々堂々網の目をかいくぐって」

「それは正々堂々じゃないだろ……」

「敗者の戯事ざれごとなんて聞こえませ〜ん。大体センパイだってズルしようとしたのに何言ってるんですか」

「ぐっ」


 それを言うと手も足も出ません。


「そもそも最初からセンパイに勝ち目なんてなかったんですよ。私が贈る個数調整すれば良かったんですから」

「なんてこった……」

「すごいでしょすごいでしょ」


 うざい。超絶うざい。が、今の俺にはそのうざさを甘んじて受けることしかできないのだ。


「先輩がもらったのが8個なら私が1個送ればいいわけですし、逆に6個しかもらってないなら3個送ればいいわけですしね。この通り、予備も買ってあります」


 そんなことを言いながら、清水はたけ◯この里をカバンから取り出してパックを開けた。これ見よがしにたけ◯この里を頬張る。


「あ、そうそう。言い忘れてましたけどここで1個食べても意味ないですよ」


 勝ちを確信しているとばかりに余裕でアドバイスを飛ばすのも忘れない。


「まあ、そう言うわけなんで賭けは私の勝ちですね。まあ、一応勝負は17時の鐘が鳴るまでですし、それまでにセンパイが誰かからチョコレートをもらったら別ですけど。でもそれでも引き分けですからね」


 反抗のタネをつぶさに潰していく。そして清水は完璧だとばかりに自らの計画を誇った。


「ふふふっ、それじゃあセンパイに何をお願いしようかな〜。どんなことが面白いかな。ね〜センパイ。覚悟の準備をしておいてくださいってやつです。まあ、私も鬼ではないので17時の鐘が鳴るまでは待ってあげますよ」

「くそっ」


 机を叩く。なんの解決にもならないのはわかってはいるけれど。


「ね〜ね〜、センパイ。今どんな気持ちですか? 後輩に賭けで負けた気分は。挑発に乗って賭けに参加した挙句、ずる賢い手を全部封じられて。その挙句私の用意しておいた罠にはまって恥辱ちじょくを味わう気分はどうですか? ね〜ね〜、教えてくださいよ〜」

「ああ。清水がうざくて最悪だ」


 生意気にも俺の周りを飛び回って煽りまくる。うざいことこの上ない。


「そうですかそうですか。私は逆に最高ですよ。おっとあと5分で17時ですね。センパイのことだからしないと思いますけど逃げないでくださいよ」

「そうだな。逃げる意味もないしな」

「おお、往生際いいですね。私センパイのことちょっと見直しました。それじゃあ受ける恥辱を楽しみにしておいてくださいね〜」


 時計の針が回る。止まれなんて念じてみても当然止まるはずもなくて。もちろん新たに誰かが現れて俺にチョコレートをくれるなんてそんなこともなかった。


「ハハ、ハハハハハ」

「お、諦観ていかんの笑みですか。いいですねえ」


 そう言って清水が時計を指差す。もう残り1分を切っていた。


「クククッ」

「そろそろですよ。さーん、にー、いーち」


 キーンコーンカーンコーン


「時間で〜す。わーい私の勝ちだ〜」


 無情にもベルが鳴り響く。


「そもそも私を騙さない限り勝てなかったのに、バカですねーセンパイって。すごい抜けてますよね〜。いや〜楽しかった」


 生意気な後輩がうふふと笑う。そうだ。


「本当に、本当に……」





















「本当に引っかかるとは思ってなかっったよ!!!」

「ふぇっ!?」


 突然大声を出した俺に清水が驚く。そうだろうそうだろう。だって俺の目にしっかりと生気が宿ってるんだからな。


「詰めが甘えんだよ、清水!」

「どう言うことですか! 賭けは私の勝ちですよ!」

「いや、違うな。賭けは俺の勝ちだ」


 きっぱりと勝利を宣言する。清水は驚いているようだが、残念だったな。この勝負、俺の勝ちだ。


「どう言うことですか!」

「ふっふっふ。わからないのか? そうだよなあ? わからないよなあ? よし、では俺自ら教えてやろう」

「な、何が!?」


 ここに来て清水もただのハッタリではないと気づいたのだろう。自分で自分の体を抱きすくめる。


「いいか。俺は7とは言ったが、7だなんて一言も言ってないんだよ!」

「まさか、そんなまさか……」

「そのまさかだ! このガ◯ナは購買で買ったものだ!」


 清水が言葉を失う。それをニヤニヤと俺は見つめた。


「残念だったな。これは購買のおばちゃんにものだが、もらったものではない。買ったものだ! よって俺がチョコレートの数は6個と清水の2個を合わせて8個! 俺の宣言通りだな!」

「そんな! 卑怯です!」

「卑怯なことをやったお前が何を言うか! 清水だって同じ穴の狢だろ! 俺も別にルールは破ってないし嘘もついてないぞ! ルールの範囲内で正々堂々網を潜っただけだ!」

「うぐっ!」


 やられたとばかりに清水が胸を抑える。それを見て俺は勝利を確信した。どうやらもう清水にはこの状況からひっくり返すだけの策略は残っていないと。

 よし、ならば意趣返しも兼ねて煽り倒してやれ。


「ねえねえ、今どんな気持ち? 散々策をろうして先回りした挙句実は全然つぶせてなかったってどんな気持ち? 勝手に勝利を確信して俺を弄って煽りまくった挙句、最後にひっくり返されるのってどんな気持ち? 勘違いして恥ずかしくないの? 煽り倒したのに煽り返されたのってどんな気持ち? ねえねえ教えてよ? 鈍感な僕に教えてよ? 今どんな気持ち?」

「くっ」


 清水は顔を歪ませ、そして、


「くの次は何?」

「くっそおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおお!!!」


 清水の甲高い声が俺の耳を貫いた。



 *****



「センパイ、耳大丈夫ですか?」

「まあ、たぶんな」


 清水の絶叫のせいで耳がキーンってしてしばらく頭がぐわんぐわんしてた。時間が経つにつれ収まってきたから鼓膜は大丈夫だと思うけど、かなりしんどかった。流石の清水も反省したのかしおらしくしている。それだけかどうか知らないけれど。


「センパイ、もうすぐ下校時刻ですけど帰れますか?」

「それくらいは行けると思う」

「じゃあ、私の罰ゲームも決められますね」


 そう言われると言いよどんでしまう。何でも一つなんていう話だったが、いざと言われると本当に命令してもいいものなのかと。


「その、本当にいいのか? 何でも一つだろ?」

「なんですか、今更ヘタレたんですか? でもダメですよ。そういう賭けなんですから」

「なら、その賭けを……」

「なかったことになんて言わないでくださいよ?」


 圧を掛けてすごまれる。


「私はゲームが好きなんです。罰ゲームも含めて全部がゲーム、賭けです。それをなかったようなことにするなんて土足で家をけがされるようなもの。絶対に許せません」


 生意気な後輩がまず見せないような真面目な表情に俺はと言えば圧倒されていた。


「でも、なんでもなんてそんな、覚悟はできてるのか?」

「そんなの、当り前じゃないですか?」


 はかなげな笑みを清水が浮かべた。それはまるで薄幸の美人が自分だけに見せてくれる滅多に見せない笑顔のような、そんな雰囲気の神聖さを感じていた。


「覚悟はチップをベットするときに決めるものです。負けたからワーワー喚くだなんてそんなみっともないことはしません。先輩がどうだかは知りませんけど」


 ごめん、俺ワーワー喚くつもりだった。


「それとも、そんな覚悟迷惑ですか?」

「い、いや。そんなことはない」


 上目遣いでしおらしくしている清水を見ると、こいつって本当に美少女だなって思わさせられる。普段は生意気な後輩としか思ってなかったのに、こうやっていると妙になまめかしくて一挙手一投足が気になってしまう。


「それでは、何なりとご命令を」


 真っすぐと清水が俺を見つめてくる。それを見て俺も覚悟を決めた。


 元々いつかはと思っていたんだ。ちょうどいいじゃないか。そんなことを思って、


「清水。いや、真央」

「はい」

「俺と、俺と恋人になってくれ!」


 そう言うと、


「えっ?」


 真央は一瞬驚いたような顔をして、


「センパイ」


 それからいつものようなにやにやした顔になって言いやがった。


「そうですかそうですか。センパイは私のことが好きだったんですね。いやあシラナカッタナー」


 明らかに棒読みとしか思えないような口調。そのせいでどんどん気が重くなっていく。


「それで、その。答えを教えて……、欲しい」

「ふふふっ。ここで自信を無くすなんて情けないですね。でもいいでしょう、わかりました。私の返答はこうですよ」


 そう言って、真央は俺を笑うのだ。


「ええ、喜んで」



 *****



「そう言えば、だけどさ」

「なんですか?」


 頭が痛い。

 いやまあ、喜んで飛び回ってたらうるさいって肘を落とされたわけなんだけどさ。しかもそんなにうれしかったんですかなんてからかわれたわけだし。


「その、真央はよかったのか? 恋人が俺で」

「やれやれ、鈍感というのも困りものですね。まったく」


 そしてわざとらしく肩をすくめて見せる。その大仰おおぎょうな姿に、いつも通りの真央を感じた。


「まさか、両想いなのに気づいてないなんて」

「え」

「好きな人でなきゃ何でも一つなんて言いませんって。逆に聞きますけどなんでそんなこと気づかなかったんですか? 常識じゃないんですか?」


 くっ。そんなこと言われても。


「か、からかうの禁止」

「断ります。約束は何でもだけですからね~」

「くそっ」


 今更ながらそっちにしとけばよかった。


「でもなんでからかうんだよ!」

「そんなの決まってるじゃないですか。好きな人には意地悪したくなるからですよ。ね~ダーリン?」


 ぐはっ。やばい、そうやって面と向かって言われるとなんかむずくすぐったい。


「あれれ~、顔赤くなってますよ? 恥ずかしがり屋なんですか? ダメですよこんなことで赤くなっちゃ」

「う、うるさい! この話ははいおしまい!」


 バンバンと机をたたくと、真央はプイッと横を向いた。くそう、あざといぞ。そう思ってみていると、真央はひらめいたとばかりに指を立てた。


「あ、そうだ。センパイ、もし私が勝ってたら、どういう命令してたか知りたくありません?」

「ありません。どうせろくでもない命令だったんでしょ」

「またまた~、本当は知りたいくせに~」


 肩をゴンゴン突かれる。いや、本当にいいんだって。


「仕方がないですね~。特別に教えてあげますよ。顔がそう言ってますよ」

「言ってない。というか俺の話を聞けよ!」

「だが断る」


 いや、そこは聞こうよ。


「では発表します。もし私が勝ったらですね、センパイに情熱的な告白をしてもらうつもりでした」

「え?」


 あの、どういうこと?


「それは、その真央にという意味?」

「それ以外の誰がいると思ってるんですか。それで、私が満足するまで恥ずかしがらせた後、はいって言うつもりだったんですよ。なのに、センパイってばあっさり恋人になれだなんて。本当に発想が貧相ですね」

「そんな、その手があったなんて」


 目からうろこだ。どうやって告白しようか考えてた過去の自分がバカみたいじゃないか。

 そんな風に俺が絶望していると、隣で真央が満面の笑みを浮かべるのが見て取れた。あ、


「センパイ、詰めが甘いんですよ!」


 い、意趣返しされたあぁぁぁぁぁあ!


「くっ!」

「く? なんですか? 続きを言ってくださいよ、センパイ。ほらほら?」

「くっそおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおお!!!」


 俺の咆哮が狭い会室に響き渡る。


 どうやら俺は、バレンタイン・ゲームには勝てても、この生意気な後輩恋人にはかなわない運命にあるらしい。



 完

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バレンタイン・ゲーム 蒼原凉 @aohara-lier

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