第2話
妻らしき声は無かった。革の
「おはようございます」
玄関先の雪かきをしている並びの家の主婦らしき中年の女に声をかけた。
「あ、行ってらっしゃい。寒いがぁねぇ」
スコップを持った主婦は腰を曲げたままで顔を上げた。
「寒いがぁ」
柴田の横顔が一瞬、白い息を出した。慣れた挨拶を交わし、慣れた足取りで雪道を行く柴田を追っている純香には、周りを見る余裕はなかった。
駅に着くと、柴田は定期を見せていた。純香は急いで終点までの切符を買った。すぐに来た電車には、車両を独占した中学生らが
蓮町で中学生らが一斉に降りると、空席が目立つ静かな車両に一変した。柴田は慣れた様子で腰を下ろすと、鞄から新聞を出した。純香は斜め後ろに腰を下ろすと、柴田を視界に入れた。
間もなくして、新聞を読み
(母の死を知ってるのか? お前たちが殺したんだ!)
そう、心で叫ぶと柴田を睨み付けた。その、純香の形相があまりにも怖かったのか、目が合った向かいの座席の若い女が慌てて目を逸らした。
柴田が新聞を畳み始めた。次の駅で降りることが予測できた。
富山駅で降りると、柴田は東富山方面に向かい、大通りから路地に入った二軒目の、一階にコンビニがある雑居ビルに入って行った。――柴田を乗せたエレベーターは三階で停まった。一階の郵便受けを見ると、三階は〈ドリーム出版〉とあった。
……出版社か。柴田の勤務先を突き止めた以上、もうこっちのものだ。純香はほくそ笑んだ。さて、どんな方法で近づくか。
親戚の不幸を口実にした忌引き休暇を取っている純香にはたっぷり時間があった。その間、バイトでもしようかと求人誌を購入してみた。すると、偶然にも〈ドリーム出版〉の校正の募集が載っていた。まさに、“順風に帆を揚げる”とはこの事だ。柴田に近づけるチャンスが到来した。早速、三文判を買うと、喫茶店で履歴書を書いた。
「はい、ドリーム出版です」
電話に出たのは若い女だった。
「あ、校正の求人を見た者ですが、まだ募集していますか?」
「え。していますが……」
無愛想な返答だった。
「では、面接をお願いしたいのですが」
「失礼ですが、年齢は?」
何よ。資格には年齢不問とあったくせに。そう思いながら、純香は渋面を作った。
「三十ですけど」
「……では、いらしてください」
「何時に伺えば?」
「何時ごろ来られますか?」
この事務員は、電話の応対に慣れていないと純香は思った。
「今近くにいますので、すぐにでも」
「では、履歴書を持って来てください。お名前は?」
「森と申します」
「場所は分かりますよね?」
「ええ」
「では、いらしてください」
電話は向こうから切れた。感じ悪い女。純香はそう思いながら、電話ボックスを出た。
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