第五章 ②
返事は鉛の粒だった。勇敢な一人が転がった体勢のまま短機関銃を放つ。弾丸がリジェッタへと迫った。
狙い良く胸部へと当たる直前、火花が散った。銅合金で被甲された暴力が、明後日の方向へと弾き落とされる。
リジェッタの右手には大振りのナイフが握られていた。切るための道具を、小さな盾として利用した。その事実に、騎士の男が顔を絶望で歪めた。転んだままでは逃げられず《偽竜》がそっと歩み寄り、腰を屈めて言う。
「その短機関銃とナイフを交換しませんか?」
ナイフを逆手に持ち直し、一振り。男の首にナイフが突き立てられた。深々と刃が埋め込まれ、頸椎を切断する。男が一度だけ高い声音の悲鳴を上げ、恐怖で歪んだ形相のまま絶命した。
そうして、自分で言った通りリジェッタは短機関銃を頂戴する。指の骨を楊枝感覚で折り、銃把から引き剥がした。ついでに、周りで倒れている連中からありったけの弾薬をパーティーの参加費としてありがたく貰う。闇市で横流しされている粗悪品と違い、かなり良質だ。
「……そういえば私、短機関銃は久しぶりに使いますの。皆様のように扱えるか分かりませんが、精一杯努力させていただきます」
銃声が歓迎した。
騒ぎを聞きつけた者達が集まり、リジェッタへと発砲する。お返しとばかりに、こちらも引き金を絞った。
騎士の手を貫き、文字通り攻撃の手を封じる。
まだ、壁を一つ突破しただけだ。本拠地へ乗り込むには、あと二つ残っている。リジェッタは強く地面を蹴った。
人のカタチをした魔風が吹いた。
弾丸の猛襲で影を飾りながら、リジェッタが敵陣を駆ける。
壁と壁の距離、二十メートル弱の距離を瞬く間に噛み砕く。そのまま跳躍して高さを一気に飲み込み、壁を蹴りながら再度咀嚼する、二層目の装甲壁の頂上へと降り立った。
これで残るは一つ、しかし、
「あらあらまあまあ」
無数の刃が鋼の瀑布となって押し寄せた。リジェッタは後方へ跳び、少しだけ目を見開く。
敵は何人と数えるべきか。頭は三つ、胴体一つ、足は四本で腕は数え切れない。胴体から直接伸びている腕もあれば、肘や肩から枝分かれして伸びる腕もあった。
腕の長さも皮膚の色もバラバラだった。剛毛や鱗で覆われている、あきらかに人間ではない腕まで混ざっている。
手に握るのは、サーベル、レイピア、ファルシオン、グラディウス、槍に斧、ハンマー、多種多様な武器だった。
「まあ、顔まで魔造手術したのですね。随分と利口なゴリラですこと」
「うしゅしゅしゅしゅしゅ」「こいつは元の顔だ」「女だ犯せ! とっとと犯すんだよ!」
三つの口が言葉を繋げた。
他の騎士と違い、堅牢な重鎧で身を包んでいる。リジェッタの頭にイメージされたのは、蟹だった。人間が作った装甲ではない。亀や昆虫のように、完全に身体と繋がっている。
改造兵士が三メートル以上も上からリジェッタを見下ろす。なにもかもが規格外だった。それでも、予想外ではない。魔造手術により筋力を増大すれば、ただの銃器よりも剣戟の方が接近戦での威力は高い。この街の騎士なのだ。むしろ、ただの人間の方が珍しい。
「侵入者は殺す!」「穴という穴をぐちゃぐちゃにするんだよ!」「うきゃきゃきゃきゃ!」
眼前に槍が飛来、横薙ぎにグラディウス、足元を狙ってフレイル、角度やタイミングを狂わせながら達人にひとしい一撃がリジェッタを襲った。
とてもではいないが、ナイフ一本で捌ききれるものではない。リジェッタはたまらず後方へと跳んだ。同時に短機関銃の引き金を絞る。
弾丸が改造兵士へと肉薄するも、武器が壁となって進行を阻んだ。掻い潜るも、今度は甲殻鎧によって防がれる。
あっと言う間に撃ち尽くし、弾倉を交換する。もっとも、一万発撃ったところで変化などないだろう。
圧倒的物量は、戦のおいて有効手の一つだ。そのうえ、三つの頭が常に別の方向に睨みを利かせている。死角からの奇襲は望めそうにない。
このままでは不利になるだけだと、リジェッタは向こう側へと降りた。他の騎士を盾にすれば、距離が稼げると〝誤解〟して。
「……私、下りる場所を間違えたでしょうか」
奇妙な光景だった。そこに集まっていたのは全裸の男達だった。当然、剣も銃器もなかった。
筋骨隆々で、隠す素振りなどまるでない。
風が吹けば、どこもかしこも揺れていた。
生まれ立ての雄群に、リジェッタは戦慄した。
ただし、それはなにも女として生理的恐怖を覚えたわけではない。そんなことでたじろぐ《偽竜》ではなかった。
原因は、騎士連中の手に持っていた〝それ〟にあった。
注射器だった。透明な容器を透かして見えるのは、泥水のように黒く濁った液体だ。
男達が一斉に注射針を首筋へと突き刺した。そのまま最後まで押し込まれる。全員がほぼ同時に注射器を地面に捨てた。硝子製の容器が割れたとき、異変は始まった。
皮膚が泡立った。あるいは沸騰するように筋肉が肥大化する。骨格までが伸長し、全身が膨れ上がった。
いくら魔造手術でもここまでの急激な変化は有り得ない。リジェッタでさえ、腕一本を変質させるので精一杯だった。
眼前に広がる光景に、リジェッタは口元を手で押さえた。
刃も弾丸も必要なかった。
重機にひとしい四肢、生えそろった爪は凶悪の一言に尽きる。頭部は盛り上がった表情筋のせいで、馬鹿みたいに笑っているようにしか見えない。人間と呼ぶよりも、岩と樹木で作った巨人と呼んだ方が正しい。そう、正しく化け物だった。
急激な肉体変化を前にして、リジェッタは目を細めた。
その光景を、何度か見たことがあるからだ。
ふと足元に視線を落とす。
砕けた硝子容器にわずかに付着していた泥水が、
「……これは《惑わぬ者》の身体を構成する汚泥。まさか、破壊王代理の血を取り込んだというのですか?」
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