第五章 ①


「HAIKEI

色彩あふれる紅葉の美しさに心弾む季節となりました。すっかりご無沙汰しておりますが、皆様はお元気でご活躍のことと存じます。

 さて、この度は真勝手ながら私の独断によりパーティーを開催することと相成りました。私、パーティーを計画するのは初めてでして、少々緊張しております。あまりにも緊張しすぎて食事もろくに喉を通らず、朝食は鯱の姿焼きを一匹食べるのが限界でした。皆さんにはどうかお腹いっぱい楽しんで貰いたい方向ですので、相対的に沢山のご馳走をご用意させていただきます。ご馳走といえば、猪肉が美味しい季節です。そうそう、音楽なのですが私も音楽にはそれなりの知識がございますので、こちらも一工夫させていただきます。

 今、目の前を可愛い猫ちゃんが通りました。

 聖書の表紙だけ落ちているのですが、誰の落とし物でしょうか。

 あらあらカレンさん。なにをそんなに驚いているのですか? そのお口になにを詰めてほしいのですか?

 口に押し込むミントキャンディー。

 ドレスが足りないようでしたら、私が一から作りますね。

皆さんで楽しい〝ひととき〟を過ごすことが出来ましたら幸いでございます。

 では、ひとまずこれにて。

秋の長雨が続いております。風邪など召されませぬよう、皆様のご健康とご多幸をお祈りいた、いたし、いたま、いた、た、いたして、そう、いたしております。

想い出しました。〝バッヘンラーの糞野郎〟です。

 略儀ながら、まずは書面をもってご連絡いたします。今日の買い物、林檎二個と燐寸がいくつ必要でしょうか。一樽ほど欲しいですね。それと木炭、硫黄、硝石を。

KEIGU

リシエリェリタタタ       リジェッタ・イースト・バトラアライズ

ワイバーン騎士団様へ

副団長。オルナントカ・サウス・エエット、ワスレマシタ様へ

追伸(まだ書き足りませんでして、大変申し訳ございません)。私、紅茶に目がなくて、一度オルムさんとゆっくりとお茶会などしたいのですが、よろしいでしょうか? うふふふふ ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」

 もしも、リジェッタがナイフの一本でも握っていれば、ワイバーン騎士団の騎士達はこれ幸いとばかりに短機関銃を発砲していただろう。無論、正当防衛として。

 秋の長雨どころか雲一つない晴天、それも教会連中だって起きていない早朝にリジェッタは訪れた。

 どこに?

「ここが、あなた達の要塞ですか」

 元々は皮肉から名付けられた騎士団マフィアの本拠地は、その性質から本当の要塞として機能する。

 二階建ての家よりも背が高い装甲壁が建物全域を囲んでいた。それも、三重に渡って。上空からなら、綺麗な五角形を築く三つ子の防護を一望出来る。

 また、ただ護るだけではなかった。人が歩けるほど分厚い壁の上には大砲が設置され、銃器用の櫓が組み合わさり攻撃面も高い能力を担っている。

 眺めるだけで、なんと威圧的か。巨大な建造物ではなく、巨大な魔物とでも対峙しているかのよう。

 新参者であるはずのワイバーン騎士団は、すでにフェンリル騎士団と遜色ない要塞を築いていた。

 黒と灰の〝獲物〟を前にして、リジェッタはいつもと変わらなかった。

 どれだけ堅牢な装甲壁だろうと、人間が行き交い出来なければ意味がない。装甲壁の一部には、人間が通るための小さな門が設置されていた。内側へと左右から開くタイプだった。その前を陣取るのが、ワイバーン騎士団の騎士達だ。軽鎧に身を包み、両手で短機関銃を構えていた。腰にはサーベルを、背中には小銃を吊るしている。

 正面突破を選ぶ馬鹿などいない。

 銃器で武装した五人の護衛兵に単独で立ち向かうなど自殺行為だ。そもそも、門自体にも表側からは開けられないように鍵がかけられている。たとえ、自動車が突撃しても壊せないほど頑丈だ。大砲か軍用爆薬でもない限り、突破など不可能である。

 騎士達が困惑していた。

 当然だろう。

 いつの間にか現れた女が、なんか急に語り始めたのだ。それも、丁寧に頭を下げて。歌うように美しく艶のある声に、誰もが耳を疑った。

 パーティー? そんな予定はあったのか。いや、おかしい、あきらかにおかしい。騎士達がリジェッタの存在を知らぬわけがない。だからこそ、動揺していた。ワイバーン騎士団からすれば、《偽竜》であるリジェッタを討ってこそ自分達の名声を高める狙いがある。そのために街中で襲撃した。誰が信じられるだろうか。まさか、標的の方から堂々と現れるなんて。

 いくら討つのが目的でも、流石にこんな無防備な相手を先に撃てば名声などあったものではない。

 ゆえに、静観するしかなかった。当然、向こうが攻撃すれば即座に反撃出来るようにと身構えている。

 リジェッタの周囲にはなにもなかった。身体に爆薬を巻き付けているわけでもない。

 いくら《偽竜》が強かろうとも、騎士達も魔造手術により強化されている。そう簡単に、この状況を崩せるものか。

「ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」

 両手は空っぽだった。そのうえ、酒でも飲んだかのように身体がフラフラしている。蝋燭の火さえ消せないそよ風にさえ、リジェッタは揺れていた。

 あれが、これから戦う人間の姿か。

 もしや、本当に酔っぱらっているのか。

 騎士達の困惑は増すばかりだった。

 怪訝そうに眉をひそめていた騎士達が、慌てた様子で辺りを見回した。リジェッタが囮で、別の場所から襲撃が来ると勘違いしたのだ。

そんな作戦も有りなら有りだとリジェッタは想った。

 しかし、ワイバーン騎士団の騎士達はもっと注視するべきだった。リジェッタが、いつもは背中に吊るしているレインシックスのホルスターを、腰に巻いていることに。そして《偽竜》の視線が堅固な鍵がかけられた門に向けられたことに。


 ――閃光が駆け抜けた。


 なにもかも、全ては一瞬の出来事だった。透明な大砲でも撃たれたかのように門が勢い良く開いた。破壊の終点で起こった赤黒い衝撃波と爆風に押され、騎士達が転倒した。顔や腕を焼かれて悶え苦しんだ。もっとも運が悪かった一人が、鼓膜と内臓を破裂させて絶命した。もっとも運が良かった一人が、石像のように身を硬直させたまま小便を漏らした。

 リジェッタつまり《偽竜》は、その場から一歩も動いていなかった。ただ、右腕が直角に曲がっていた。脇腹に肘を押し当てた格好で、手にはレインシックスが握られている。銃口からは掴めそうなほど濃密な硝煙が溢れていた。左手は、右腕の肘裏に乗っている。五指が花のごとく開いていた。

 全ての情報を時系列で並べれば、リジェッタが撃ったレインシックスの弾丸が門を破壊し、その余波で騎士達を負傷させた事実に他ならない。あまりにも唐突な出来事を前にして、誰もが沈黙した。

 リジェッタが、ダンスを一曲踊り終えたかのように一礼した。レインシックスの回転式弾倉をスイングアウトして、空薬莢を輩出する。

 真鍮の破片が地面に落ちた。

 六つの音が鳴った。

 すでに、全弾を撃ち尽くしていた。

「うふふふふふ。引き金を片方の手の指で絞ったまま、もう片方の手で撃鉄を起こす。一般的には、ファニング・ショットと呼ばれる技です。その中でも、全弾を発射するのはフル・バーストと名を成します。御清聴そして御観覧ありがとうございました」

 新しい弾薬を装填し、リジェッタが優しく微笑んだ。レインシックスをホルスターに収め、今度はドレスのスカート部分を摘まんで一礼する。

 ちょっとだけ首を傾げて《偽竜》が言った。

「これより、パーティーを開催いたします」


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