第二章

微かな記憶


「⋯⋯うっ⋯⋯こ⋯⋯ここは??」


 何かがオレの額に落ちて目が覚める。


 そっと辺りを見渡すと、じっとりとした苔が覆い、ひび割れ黒ずんだ緑のタイルに囲まれた一室。



 部屋全体が ”濃い” 緑一色だ。



 天井には、同じタイルに据え付けられた一本の蛍光灯があった。

 それは、煤(スス)汚れ今にも消えそうにチカチカと点滅しながら光っている。


 よく見てみると、タイルからは若干黄色がかったなんの液体か解らない物が、隙間から染み出て垂れ落ちていた。




「これが⋯⋯??」




 あわてて、顔に付いた液体を右腕の袖で拭う。




「⋯⋯しかし⋯⋯どこだ??ここは」




 ここがどこだかわからない。



 しかし、以前もここに来た記憶がオレにはあった。



 だが、自分で来た覚えも、どうやって来たかも覚えていない⋯⋯。


 しかし、なぜかここに来た記憶は微かにあった。






 どこからか、生暖かさと冷たさとか入り混ざった空気が頬を掠(かす)める。


 辺りをもう一度見直すと1本の通路が目にとまった。


 同じ汚い緑色のタイル張りだ。


 オレは、立ち上がるとなぜか引き付けられるようにその通路へと向かう。



 カツーーン





 カツーーーン





 革靴の音が、妙に足音が響き渡る。




 何処かの地下かなにかにいるのだろうか⋯⋯。

 やたらと、音が響く。





 通路の先は暗くてよく見えない。


 距離にしてどれくらいあるだろう。


 数百メートルはあるだろうか⋯⋯。




(⋯⋯行ってみるか。)




 ここにいても仕方がないだろう。


 オレは、進んでみることにする。



 湿気がこもり、どこかカビ臭い。




 しばらく進んでいくと、奥の方から ”ペタッ ペタッ” と音をさせながら、何かが近づいてくる。



(この音は⋯⋯

覚えが⋯⋯覚えがあるぞ)


 全身から強烈な悪寒が走る。



(⋯⋯ん??あれは??)



 それは、左右に揺れながらゆっくり、ゆっくり近づいてきた。


 オレは、それから目を離すことなくゆっくり 歩き続ける。



 ペタッ


(⋯⋯あっ!)




 ⋯⋯ペタッ




(⋯⋯ぁあ!)





 ⋯⋯⋯⋯ペタッ






 やがて、肉眼で確認できるほど近付くとはっきりそれは見えた。



 それは、


 首と両手が切り落とされ傷口をでたらめに縫合された子(?)だった。




(⋯⋯オ⋯⋯オレは⋯⋯こいつを⋯⋯知っている。

だが、何故だ?何故オレは知っているんだ??

どこで見た??


⋯⋯思い出せない。

とても、大事な事のような気がする)




 その子(?)は、両腕を伸ばし左右に揺れながら近寄ってくる。





(触れるな! かわせっ!!)



 オレは、そう自分に言い聞かす。


 なぜだか、理由はわからない。


 ただ、そうすることが正しいんだと思えて仕方がなかった。





 オレは壁に張り付きかわす。



 必然と心拍数が上がり、緊張が走る。



 その子(?)は、何事もなかったかのようにそのままオレの目の前を通り過ぎていく。





--

「⋯⋯もん⋯⋯だ⋯⋯いは


⋯⋯こいつ


な⋯⋯んだ



⋯⋯よ⋯⋯⋯⋯な」

--





 突然どこからか声が聞こえてくる。



(この声⋯⋯誰だ?

この声もどこかで⋯⋯)




 オレはあの子(?)も、この声も思い出せぬまましばらく進んで行くと、急に少し開けた場所にでた。


 辺りを見渡すと両脇に店のような所がある。



(ここも⋯⋯見覚えが)



 数人の人影が見え呻き声のような音が聞こえてくる。



 ⋯⋯きっと⋯⋯きっと関わらないほうがいいだろう。


 構わず更に進むことにする。





 相変わらず辺りは濃い緑一色に覆われ薄暗い。


 更に進むと、


 ⋯⋯何かが見える。




(⋯⋯なっ⋯⋯なんなんだ、こいつらっ!



ぅ⋯⋯ぅうっ!!)



 さらにゆっくり進むと、強烈な匂いに吐き気を覚え思わず鼻や口を覆う。



(⋯⋯この臭いも。)



 ⋯⋯見ると、全員あちらこちらを切断されている連中ばかり。




 しかし⋯⋯かなりの数だ。



(行くか??どうする??)





 悩んだところで⋯⋯嫌でも、進むしか道はない。




(なんとか触れないように行けるか?)



 触れてしまっただけでオレのすべてが終わってしまう。


 そんな気がしてならない。



 やつらより、そっちのほうに恐怖感が向く。





(⋯⋯前にも、こんなことがあったような⋯⋯)





 なにかが、脳裏を通り過ぎる。





__________________

 ⋯⋯緑色のタイルの部屋



 ⋯⋯緑色の通路



 ⋯⋯首、両手のない子(?)


 ⋯⋯店の住人(?)



 そして⋯⋯

__________________


「いやっ!あったようなじゃない!!

前にも、こんなことが起きている。

オレは、ここに前にも来ている!

間違いないっ!!


いつだ??いつ来たんだ??」



 オレは思わず辺りに喚き散らしていた。



 やつらの視線が一度にこちらに向き、近づいてくる。





--

「こん⋯⋯⋯⋯セリフ⋯⋯

⋯⋯こでは⋯⋯

なかっ⋯⋯はず」

--





(だれだ??

だれなんだ??

さっきから頭に響く声は⋯⋯??)



 そんな事を考えている間に、何十人という群れは、もう目の前まで近づいていた。




(うっ!)




 突然、見えない力に動きを奪われなかなか動けなくなる。




(んぐっ!!なんだ??

身体が⋯⋯重い⋯⋯)




 回りを見ると、どうもオレだけじゃない。



 奴等もだ。



(ま⋯⋯ずい。

いったん戻って⋯⋯)






--

「あ⋯⋯れ?

こい⋯⋯か⋯⋯ってに

うご⋯⋯て

こわれ⋯⋯のか??」

--






(壊れた??何を言って⋯⋯

くっ!体が戻される⋯⋯後ろに下がれない

く⋯⋯来るなぁ!!

やめろっ!!

ぅ⋯⋯ぅうわあぁぁ)





--

「⋯⋯。


⋯⋯⋯⋯。



また⋯⋯失敗だ」


--




 ⋯⋯。


 ⋯⋯⋯⋯。


 ⋯⋯⋯⋯目が覚めた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る