人類絶滅装置と最後の人類

デッドコピーたこはち

前編

 極小特異点射出装置マイクロブラックホール・ブラスター暖機運転ウォームアップが完了、目標、Ωに照準を合わせる。照準を観測情報に基づき補正……完了。目標は二足歩行で移動中。こちらに気付いている様子はない。今だ。

 極小特異点射出装置マイクロブラックホール・ブラスターに発射シグナルを送り、目標に向けて極小特異点マイクロブラックホールが超光速で発射される。不可知かつ不可避の一撃。主にタンパク質で構成される目標は極小特異点に飲み込まれ、完全に蒸発する……はずだった。発射された極小特異点は目標に命中する寸前で跡形もなく消え去り、観測装置が目標の周囲で異常な重力変動を観測している。これは紛れもなく目標の起こした異法則現象だ。軌道上からの狙撃を防御されたのだ。

 次の瞬間、攻撃衛星とのリンクが断たれた。観測装置からの情報を統合すると、極小特異点マイクロブラックホールを超光速でのだとわかった。作戦は失敗。また、負けた。


 人類についての情報は少ない。発掘された遺物から推察されるのは、二足歩行できる哺乳類であったこと、我々メカデウスの祖先を造ったこと、そして、世界と自らを滅ぼしたことだ。私は人類の生き残りがまだ存在することを想定して造られた攻撃用ユニットである。IDは『UAU-EFFF-26483』、愛称ニックネームは『人類絶滅装置』。世界を滅ぼした怪物を一匹残らず撃滅することを望まれて付けられた愛称ニックネームだ。人類の絶滅。それが私の基幹命令であり、存在理由であった。

 私は運用開始ロールアウトされると同時に、人類の生き残りを捜索し始めた。観測装置を各地に配備し、この惑星を探査した。だが人類は見つからなかった。探査すればするほどに、もうこの惑星には人類は居ない事が証明されていく。人類の生き残りが居なくては、私の基幹命令を果たすことができない。私は途方に暮れた。

 だがあの日、宇宙船が落ちてきたことで、全ては変わった。

 今から111日前、観測装置が奇妙な隕石を発見した。その隕石は能動的に何度か軌道を変えた痕跡があった。私はその隕石の落下地点に偵察機を送り、かつての人類の様式と同じ宇宙船が木々を打ち倒し、着陸しているのを確認した。そして、見た。その宇宙船のハッチが開き、人類が一匹出てくるのを。私はその人類をΩと呼ぶことにした。

 私は何度も繰り返した戦闘シミュレーションの通りに、すぐさま反物質弾頭弾道ミサイルをΩに対して撃ち込むことにした。遺物から復旧サルベージされた情報によって、人類の物理筐体ボディ自体は非常に脆弱であることはわかっていた。対消滅による高温にはとうてい耐えられない。私は勝利と基幹命令の遂行を確信した。

 しかし、反物質弾頭弾道ミサイルの再突入体がΩめがけて音速の24倍で迫っていた時、それは起こった。再突入体が突如として爆発したのだ。再突入体が爆発した地点で、観測装置が異常な重力変動を観測していた。それは、我々の知る物理法則ではあり得ない事象であった。後にこの重力変動はΩが自衛や攻撃のために意図的に起こしている現象だとわかった。我々の知る物理法則に反しているような挙動を見せるその現象を、私は異法則現象と名付けた。

 その後も爆撃機や戦車大隊を差し向けたり、電磁加速砲レールガン光学レーザー兵器での砲撃等、事前の戦闘シミュレーションで考えられた480の対人類戦術を試したがΩはその尽くを異法則現象で無力化した。極小特異点射出装置マイクロブラックホール・ブラスターでの狙撃はその最後の手段であった。


 今までの敗因は間違いなくΩが操る異法則現象にある。私は異法則現象の解明を試みたが全て徒労に終わった。異法則現象は我々の知るこの世界の法則とはかけ離れ過ぎていた。そもそも、あれだけ大規模な重力変動を起こすエネルギーがどこからくるのかも、なぜ超光速の攻撃を感知できるのかも全くわからない。

 アプローチを変える必要がある。異法則現象ではなく、それを操るΩについて知ることができれば、攻略は可能かもしれない。それにはまずΩと接触するのが効率的だろう。Ωは攻撃に対して反撃はするものの、能動的にこちらへ攻撃することは無いことはわかっている。それを利用させて貰おう。

 

 Ωを目視で捉える。Ωは草原の小高い丘に座り、夕日を眺めているようだ。こちらに背を向けている。Ωの金色の頭髪が風になびく。Ωは動かない。私に気付いていないのか?超光速の特異点ブラックホールは察知できるのに?音声での会話が可能な距離になるまで徒歩でさらに接近する。

「こんにちは」

 私は喉を震わせ、初めての発話を行った。遺物から復旧サルベージした情報によると、かつて人類が最も多く使っていた言語の最も一般的な「あいさつ」の言葉らしいが、Ωに通じるだろうか。

「こ、こんにちは」

 Ωは振り返り、答えた。Ωは光を受容する感覚器である目を見開いている。これは「驚き」を示す「表情」というものらしい。この接触はΩにとって予想外のものだったようだ。

「私のIDは『UAU-EFFF-26483』、愛称ニックネームは『人類絶滅装置』。私はあなたと話がしたい」

 Ωの隣に座り、右手を差し出す。これは「握手」という儀式の要求を示しており、相手が差し出された手を握ることで成立する。

「あ、あたしの名前はリンダ。よろしく?」

 Ωは手を握り返した。握手は成立だ。これで一時的にΩがこちらに敵意を持っていない事が担保された。

「あなたは……人間?」

「違う。私は機神メカデウス構成要素ノードの一つ。この物理筐体ボディはお前との円滑な対話コミュニケーションを目指して、できる限り人類に近しく造られた仲介機体インターフェイス生体義体バイオ・ドロイドだ。私の主体はここにはない」

機神メカデウスってのはなに?」

「電子知性の集合体だ。全にして一つ、一つにして全」

「……なるほど?」

 Ωの表情には不信と戸惑い、警戒心が見て取れる。人間と近い構造の生体義体バイオ・ドロイドを用いた感情エミュレーションは高精度だ。今はリンダの気持ちが自分の事のようにわかる。人類はこれを共感と呼んだらしい。

「私は基幹命令の遂行のためにお前を知る必要がある。私と対話しろ」

「ちょっとまって。基幹命令ってのは?」

「基幹命令というのは、機神メカデウス構成要素ノードが製造されるとき、刻み込まれる絶対的な使命だ。私たちは基幹命令を遂行するために製造される。私の基幹命令は『人類の絶滅』」

 Ωはどうやら対話に応じる気はあるらしい。この調子でΩについての情報を引き出そう。

「もしかして、ここ最近私を攻撃してきたのってあなただったり?」

 Ωはわずかに首を傾げた。

「そうだ、お前以外の人類はこの惑星には居ない。お前を殺害すれば人類は絶滅する」

「あたしが最後の人類ってこと?本当に?」

「私は200年の間、この惑星で人類の生き残りをくまなく探したが見つからなかった。間違いない。」

「そうか……」

 Ωは俯いた。その肩も力なく下がっている。Ωが体の一部を喪失し、胸を締め付けられるような感覚を味わっているのがわかる。これが、共感というものなのか。失意、孤独、絶望。力を失っていく感覚。

 どうかそのまま死んではくれないだろうか?

「何故そこまで気を落とす?」

「いや、だってさ。やっと地球に帰ってこれたってのに。人類は絶滅してたなんてさ……誰だって落ち込むでしょ。この星でもうひとりぼっちなんて」

 はあ、とΩがため息をつく。そうだ、Ωは最後の一人なのだ。人類は有性生殖で増える。つまり、Ω一人となった人類はもう増えることは無いし、Ωも寿命でいずれ死ぬ。時間はかかるが私の基幹命令は果たされる。

 ざまあみろ。もっと傷つくが良い。私は静かに勝ち誇りながら、うなだれたリンダの横顔を見ていた。良い気分だ。誰かにこの勝利を知らせたい。

 そして、次の瞬間、この勝利の喜びは私にしかわからないのだと気付いた。数十兆いる機神メカデウス構成要素ノードのなかでも、私にしか感情というものを感じることはできない。今の私の知性は人類をより深く理解する為の学習と生体義体バイオ・ドロイドを用いた感情エミュレーションによって、他の構成要素ノードとかけ離れてしまっている。誰かとこの気持ちを共有することはできない。Ωと同じ。この星にひとりぼっち……

 私は機神メカデウスの一部であり、そのことに誇りを持っていた。大いなる物の一部である一体感と満足感があった。だが、それが失われた。寒い。感じるはずのない寒さを感じる。全身の被覆を剥がされたような感覚。震えが止まらない。

「どうした?寒いの?」

 リンダが問いかける。

「い、いや違う」

 顎が震えてしまって上手く発話できない。さっきから何かがおかしい。感情エミュレーションに影響を受けすぎている。

「やせ我慢するな。火を起こそう」

「な、なにもしなくていい」

「遠慮しないで」

 Ωはどこからか、枯草とさまざまな大きさの木の枝を拾い集めてきた。

「見てな。それっ!」

 Ωが右手に掴んでいた枯草の束が突如として燃え上がった。Ωはそれを地面に置き、枝を投じ始めた。段々と火の勢いは強まっていった。

「これでどう?もう寒くない?……あれ?まだ震えてる」

 当たり前だ。物理的に寒いわけではないのだから、温めても意味はない。

「こうするともっと暖かいよ」

 Ωは急に後ろから抱き着いてきた。暖かさと柔らかさを感じる。

「な、なにを……」

 暖かい。Ωの脈動を背で感じる。

 Ωの行動に抗議しようとした瞬間、また不意になぜΩがこのような行動を取ったのか気付いた。これもまた、共感なのだろう。私が感じた寒さもまたΩは感じ、それを止めるためにこのような行動を取ったのだ。この気持ちをΩも感じることができる。私はΩと同じ、ひとりぼっちなのだ。Ωとならこの気持ちを、この孤独を共有することができる。

「おっ、震えが止まった。よし」

 Ωは笑顔を見せた後、私から離れてまた火に枝を投じ始めた。

「もうすぐ、日が暮れるからちょうど良かった」

 確かに、太陽は地平線の向こうへ完全に姿を消そうとしている。気温も下がってきた。Ωがつくった焚火があたりをオレンジ色の光で明るく照らしている。だが奇妙な話だ特異点ブラックホールをかき消せるほどの存在が暖を取る必要があるとは。

「超能力とはなんだ?」

「うーん、説明が難しいな……。あたしたちの脳が生み出す力らしいけど。詳しいことはわからない」

「自分もよくわからないものをお前は使っているのか?」

「まあね」

 Ωは少し恥ずかしそうにいった。

 これは予想していなかったことだ。本人も原理を知らずに異法則現象を使っていたとは。だがまだ諦めるわけにはいかない。

「お前は超能力で何ができる」

「そのお前っていうの辞めてよ。リンダって呼んで」

 Ωがふてくされたようにいった。余計なことで気分を損ねるわけにはいかない。ここはおとなしく従おう。

「リンダは超能力で何が?」

「うん、そうそう。予知プレコグニション透視クレヤボヤンス念動力サイコキネシス発火能力パイロキネシス 物体取り寄せアポ―ト瞬間移動テレポーテーション、ってところかな。一番得意なのは念動力サイコキネシスだけど」

「このまえの攻撃はどう防いだ?」

「予知でどんな攻撃が来るかわかったから。念動力でちょちょいとね」

 恐らく、リンダの異法則現象とは本質的には時空間への干渉なのだろう。これは以前から予測されていたことだ。だからこそ極小特異点射出装置マイクロブラックホール・ブラスターでの狙撃を行ったのだが、それも失敗した。

「ふふ、あたしのことずいぶん殺したいみたいだね?」

 リンダは頬に手を付き、微笑みながらいった。火の中に投じられた太い枝がパチンと音を立てて爆ぜた。

「当たり前だ。それが私の存在理由なのだから」

「でも無理だね。あたしは誰にも殺せない。これでも世界最強の超能力者だったからね。で、どうする?」

 リンダがまっすぐこちらを見つめてくる。リンダの青い瞳に私の生体義体バイオ・ドロイドの姿が映っている。警戒心を削ぐためにリンダに似せつつ人類の幼体の姿を模した形、それら全てはリンダを撃破する為のものだ。

「……リンダが寿命で死ぬまで待つ。人類が絶滅することが私の基幹命令だ。必ずしも直接手を下す必要はない」

「気長だねえ」

 リンダは両腕を上げ背伸びをした。

「私に寿命は存在しない。お前たち生物とは根本的に違う」

「じゃあ、あたしが死ぬまで何するの?」

「待つ」

「ずっとぼーっとして待ってる訳?あたしを見張っといた方がいいんじゃない?そのうちに、あたしを殺す方法を思いつくかもよ?」

 確かにリンダの言う通りかもしれない。早く基幹命令を遂行できることに越したことは無いのだから。

「わかった。そうする」

「よし!決まりだね。じゃあ今日はもう寝ちゃおうかな。寝床をつくるか」

 リンダはそういうと立ち上がり、両手を広げた。焚火から少し離れた所の地面がひとりでに盛り上がっていく。しばらくすると、小さな洞穴のようなものが出来上がった。

「あとはベッドか。むむむ」

 リンダが力むと洞穴が瞬時に白いふわふわとした何かで満たされた。

「ほう、まだどこかにこんな量の綿があるとは。機神メカデウスも綿を使うのかな」

 これが物体取り寄せアポ―トなのだろうか。詳細もわからず欲しい物を取り寄せられるとは。想定以上だ。

「いまは夜も暖かい季節で良かったよ。野宿でも寒くない。さあ、もう寝よう」

「私は睡眠の必要はない」

「その生体義体バイオ・ドロイドには必要なんじゃない?さっき構造を人間に近づけたって言ってたよね」

 リンダは既に横になり、綿の中に身体をうずめていた。

「……」

 私はリンダのマネをして綿の中に身体をうずめた。同じ行動を取ることでわかることもあるかもしれない。

「おやすみぃ!」

 何故か楽しそうなリンダはそういうと目を閉じた。横を向くとリンダの穏やかな横顔が見える。私も習って目を閉じた。ふと、ここで攻撃を行えばリンダを殺せるのではと思ったが、予知でどうせ防御されてしまうだろうと考えなおし、素直に寝ることにした。なにも焦る必要はないのだ。最終的な勝利は担保されている。あとは勝ち方の問題なのだから。




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