幽霊

「ふと思ったんだけどさ」

「何ですか?」

「幽霊って本当にいるんだろうか」

「…………」

「キミすっごい顔してるよ」

「先輩って『心霊系は苦手』って前に言ってませんでした?」

「言ってたね」

「言ってましたよね」

「だから振ったんだよ」

「なんで振ったんだよ」

「……小さい時にうっかり『ゴースト』って映画見てから本当にダメなんだよ」

「いや冗談ですよね。どうやったらあの映画を見て幽霊駄目になるんですか。めっちゃ泣ける恋愛映画でしょあれ」

「カール・ブルーナーみたいに地獄に連れていかれたらどうしようって」

「悪役の同僚の方に感情移入しちゃったんですね」

「怖すぎだよ、あの後『あの悪い人どうなったの?』って聞いても『ひどい目に遭った』と親にはぐらかされた時の私の心境といったらもう」

「そりゃはぐらかすしかないですよね、映画の主題そこじゃないからそれ以上何とも言えないですもんね」

「幼き日の私は、地獄に行かないようあの手この手を尽くして善行に励んだよ」

「いいことじゃないですか」

「でも途中で気づいてしまったんだよ」

「何を?」

「そもそも善行を積んだところで天国に行ける保証はあるのか、と」

「そこ信じないとか性根から腐ってやがる」

「その日以来、自分に忍び寄るかもしれないあの死神たちにおびえているわけよ」

「死神はいないって発想に至らなかったのが運の尽きでしたね」

「でもいるかもしれないよ?」

「証拠がないので否定はできないですが……妖怪の類の発祥は江戸時代だったかと」

「え、後輩に知識で負けるとか屈辱なんですけど」

「常に屈辱受けてる人が何を言う」

「というか江戸時代なの? 新しくね?」

「自然主義とか精霊とか、その辺を含めるともっと前ですが、いわゆる怪談として話すようになったのは江戸時代からです」

「江戸時代滅べや」

「早急に日本史に謝ってください」

「え、なに? それじゃあ江戸時代から幽霊は現世にとどまって祟りを起こすようになったってこと?」

「何があってもいるということにしたいという鋼のような精神を感じる」

「じゃああの死神テイクアウトも江戸時代からなんだね――江戸時代って何年だっけ」

「早急に日本史に謝ってください。1603年から1868年です」

「なんだ、300年も歴史ないとか江戸幕府も大したことないね」

「早急に徳川家に謝ってください」

「じゃあアメリカのあの死神はそのくらいから活動を開始してるんだね」

「細かいこと言ってあれなんですがそもそも1603年にはまだアメリカは独立して無いです」

「え、嘘だ」

「アメリカ独立は1776年です」

「なんだ、300年も歴史ないとかアメリカも大したことないね」

「早急にアメリカに謝ってください」

「ごめんなさい」

「ちなみに独立記念日は分かりますか?」

「7月4日でしょ」

「なんでそれは知ってるんですか」

「というかさ」

「なんですか?」



「なんでさっきから話脱線させようとするの?」



「…………」

「なんか江戸時代の話に切り替えようとしたり、アメリカ独立の話に切り替えようとしてない?」

「…………」

「おーい」

「補足してるだけですよ」

「えー? 本当にー?」

「……先輩?」

「実は昨日さ、ちょっと面白い映画を見たんだよね」

「先にオチを聞いてもよろしいですか?」

「死霊に取りつかれた男が凍死」

「やめろ」

「血みどろの双子が」

「やめろってんでしょうが」

「だめ?」

「ちょっと聞いてもいいですか?」

「はい」

「あなた心霊系苦手では?」

「正直に言っても怒らない?」

「保証はできかねます」

「私には一個好きなものがあるんだよ」

「ほう」

「幽霊ネタ振った時の君の嫌そうな顔」

「早急に私に謝ってください」

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