第46話 鋼鉄の嵐の後で

 気がつくと明人は真っ暗な自室にいた。

 ベッドの上だ。

 枕元の置き時計は五時を指している。

 物質界に戻らされたようだ。いつもより早いが、闘争界が崩壊したためだろう。


「目が覚めたか」


 ベッドのはしに座っていたベルが言った。


「まだ朝早い。二度寝でもしているといい」


「そうだね」


 そう言って、しかし天井を見上げた。

 眠れる気がしなかった。


(あのとき、どう言えば良かったのだろう)


 透良と最後に話したときのことが、頭から消えなかった。


 すさまじい生き方であった。

 しかし彼女はそれを本当に最期まで貫き通した。


 明人は自分もあのように生きたいとは思わない。

 だが、ではどうしたいのかと改めて己に問うてみると、答えを持ち合わせないことにも気づくのだ。


(もし答えを持っていたなら、あるいは透良を説得することもできたんじゃないか。説得できなくても、あいつと最後に話したとき、なにかは言えたはずだ)


 そう思った。


『お前ほんと何のために生きてるのさ』


 いつか聞いた透良のセリフがよみがえった。

 必死に生きようとするのはまちがっていないはずだ。だがそれは何のためなのか。


「どうした、明人。眠れないようだが。……透良のことか?」


「まあね」


「惜しい娘だった。彼女がセネメレクと出会っていなければな。いや、せめてクイーンになってさえいなければ、また違う道があったかもしれんのだが」


 ベルが未練を語った。彼もまた透良の事が割り切れていなかったのだろう。

 明人もちいさくうなづいた。


「そうだね。たぶん透良がクイーンになったときが分水嶺だった。きっとあのとき、あいつは退路を自分で切り捨ててしまったんだ」


 たらればを語ってもしかたない。

 だが、もし彼女がクイーンになる前に思い直してくれていれば、どれほど運命が変わっていただろう。


 まず前クイーンを倒した時点で闘争界は崩せていた。一日余裕が増えていたわけだ。

 しかもそれなら彼女にもまだ二日分の時間が残っていた。彼女のタイムリミットが来る前に、彼女が三界から解放されるチャンスは、今の明人たちと同じくらい残っていたのだ。

 だが実際にはすべてが失われた。


「まだ若いお前にあまり多くを求めるのはこくだ、とわかった上で言うのだが」


 ぽつりとベルが言った。


「なに」


「預言者は、神のメッセージを預かる者だから、預言者と呼ばれる。要は伝言係メッセンジャーボーイだな。しかし、実のところ、預言者が望まれることは、そのていどに留まらない。人々を助け、善導すること――それが真に求められることなのだ。それは我ら神が、預言者に期待することでもある。願わくばお前にもできることをしてほしいと思う。お前なら期待させてくれるのではないかと、私は思っている」


「……」


「ただ、ここが大事なのだが、『できることをしてほしい』には二つ意味がある。一つはそのままの解釈で、『助けられる者たちを助けてほしい』ということだ。もう一つは、『手の届かない者は気にしなくていい』ということだ。日々よく務め、お前のできることをお前なりにしたなら、それでいい。それで十分なのだ。手の届かなかった者を気に病んではならない」


 とベルは言った。

 最後の一言が、おそらく今もっとも言いたかったことなのだろう。


 手の届かなかった者とは、もちろん透良のこと。

 だが、もしかすると三界で死んでいった人々も含むかもしれない。彼ら、彼女らは、ベルにとっても『手の届かなかった者』である。


「ねえベル。わかるんだけど、それってさ」


「なんだ?」


「ふつう気にしちゃうからそう言ってるよね」


「まあ、そうなのだが。気にすべきでないのは本当だぞ。それに、すくなくとも透良はお前を恨んでいなかった」


「知ってる。そういう奴だったから、なおさら残念なんだ」


 ベルの主張は正しい。それはわかる。

 感情がついていかないだけだ。


 ふむ、とベルが一声うなった。


「昔、アルバという祭司がいた。おおむね三千年くらい前に活躍していた男だ」


「……?」


「立派な祭司だった。預言者としては中途半端で、私の声を断片的に聞けるていどだったが、とにかく努力家でな。神秘の教えを先人からよく学びとって祭司になった。その後は、若いうちから老いたあとまで、祭司としての権威と知識を、自分のためではなく人々のために使い続けた」


「そんな人もいたんだ」


 ベルは神でありながら、あまり神職についている者が好きなほうではない。

 神の名のもとに人々からお布施をまきあげたり、自分が威張ったりする神職をたくさん見てきたかららしい。名前を勝手に使われるわけだから苦々しくはあろう。


 それだけに気になった。

 そのベルが褒めるとはどんな祭司だったのだろう、と。


「めったにない本物の祭司だった。言ってみればお前の先人だな。その者がよくこう言っていた。『一人を助けられるだけでも十分立派だ。その一人にとってはそれがすべてなのだし、その一人から幾千幾万いくせんいくまんもの子孫が生まれるかもしれない』とな。お前は千星を闘争界の罠より救いだしたではないか。お前は、それが立派な働きだったと知らなければならない」


「……なるほどね」


 良かった探しかもしれないが、それはそうだと思った。

 最悪の場合、千星さえも死なせていたのだ。

 いや、それを言うなら、自分が生き残れたことも奇跡的なできごとだった。


 取りこぼしたことを嘆くよりも、つかめたことに感謝するべきだ。

 アルバという祭司も、きっとそう言いたかったのだろう。


「立派な人だったんだね」


「ああ。私も期待をかけていた。……それだけに最期が無念でならんのだが」


「どうしたの」


「彼が活躍した時期は、ちょうど三界のしわざらしき被害が出始めたころと重なっていてな。彼はある日、とつぜん消息を絶ってしまった。どうしたことか私にも行方がわからなかった。なんの証拠もないのだが、彼も犠牲になってしまったのだと思う。それくらいしか考えられる死因がないからな」


「……ベルが三界を追いかけ続けたのは、その人が理由?」


 ベルは黙りこんだ。

 話すかどうか、迷っているようにも思えた。


「それだけとは言わないが、まあ、大きいな」


「そっか」


 ベルは基本的に『神は超然としているべき』が持論だ。

 その彼が、どうして三界に関してはこれほどまで積極的に動いてきたのか、明人はようやく知れた気がした。


 結局、明人に気に病むなと言っておきながら、彼自身はずっと『手の届かなかった者』を気にしていたわけだ。

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