第41話 一度きりの晴れ舞台
「透良が無差別攻撃って、どういうこと?」
ベルのいきおいに驚きながら明人は聞いた。
「つい先ほどのことだ。廃ビルの残った柱の上からあたりを見ていたら、参加者が一人、かなり離れた位置にあらわれた」
「入界したわけだね」
入界するタイミングは個人差がある。明人たちのあとで闘争界に入る参加者も当然いるだろう。
「うむ。だが問題はそのあとだ。彼の手のうちに銃が現れた。と見るや、その銃がいきなりあのヘビ胴のワニ……エグゼキューショナーに変わったのだ。あっというまに彼は首を失い、ついで胴体も呑みこまれた」
千星がすこし俯いた。昨晩ベレッタたちに起きたことを思いだしたのだろう。
だがその目には力が宿っている。だいぶ落ち着いていたようだ。ベルの次の言葉をじっと待っていた。
ベルは千星の様子をチラリと見て、続けた。
「しかもだ。胴体を丸呑みにしたエグゼキューショナーが黒煙と化した。そして一条の細い綱のようになって、あの黒い竜巻のほうへと向かっていったのだ。引っ張られているかのようにな。そして同化した」
とベルは言った。
やはりあの黒い竜巻は黒煙でできていたわけだ。
「透良に襲われたってことだろうけど。なんだか、あいつらしくないな」
と言った。
モンスターや黒煙を操った以上、やったのはクイーンである透良だろう。
だが彼女の性格なら自ら手を下したがりそうなものだ。実際グリーンハートに対してはそうしている。
それに現れたばかりの参加者をすぐに襲えるものだろうか。
たまたま近くにいた、と考えるのもできすぎている。
「おそらく自動攻撃でしょう。それも闘争界全域をカバーする、超々広域の。先代のクイーンは『自分が見たとき・見える範囲で・銃を撃っている者だけ』にしか使えませんでしたが、透良は『いつでも・どこでも・誰に対しても』あの奥の手を使えるのだと思います」
とアナがボイスオンリーでシビアな推測を述べた。
この戦女神は戦いの予測にかんして楽観を許さない。だからこそよく当たるのだが。
ベルもうなづいた。
「私もそう思う。透良はこの闘争界をかなりなまでに把握したのだろう。闘争界の仕組みの上でしか戦えない者は、もう逆らうこともできないわけだ。おそるべき才だ」
「む……。でも、それってさ。あいつがその気になれば参加者を全滅させられない?」
「させられる。というより、おそらくもう全滅させた後なのだろうな」
ベルが目をつぶって首を横に振った。
明人は唇を噛んだ。
だが筋は通る。
人の戦う音がしないのは、すでに全滅しているから。
透良がモンスターをどこにも放っていないのも、参加者が全滅していて放つ意味がないから。
そうだとすればこの静寂も説明がつく。
「あいつ、なんでそんなことを……」
「わからん。だが放っておけば犠牲者が増えるばかりだ。こうなった以上、急いで透良の元へ向かったほうがいい。おそらく彼女はあの竜巻のそばにいるはずだ。正確には彼女のいる場所に竜巻が起こるのだろうがな」
「だね。……勝てるかな」
「わからんが、挑むしかない」
ベルが答えた。
この世界の鍵である【女王の王笏】を透良が持っている以上、逃げる選択はないのだ。
「当然です。あれほど目立つ竜巻を作って見せているのは、こちらに挑戦する意図もあるのでしょう。お受けしようではありませんか」
好戦的にもアナがそう言った。
だがそれくらいの意気でなくては透良の相手はできないだろう。
「あの子、なんでこんなことを……」
千星が困惑した風に言った。
「わからない。あいつに聞いてみないと」
明人は遠くに見える黒い竜巻を眺めながら言った。
透きとおるような青空の下で渦を巻く、これ見よがしなほど巨大なその姿は、まるでこう言っているようだった。
――早く来い。すべての答えがここにあるから、と。
◇ ◇ ◇
廃墟となったグリーンハートを離れ、明人たちは竜巻にむかって
近づいていることを透良にギリギリまで気取られないよう、視界の通らない半地下の通路を歩いた方が良いという判断だ。
世界全域を攻撃できる相手にどこまで意味があるかはわからないが、やらないよりはマシだろう。
千星の足取りはしっかりしていた。気丈なものであった。
そろそろ到着というところで、アナが言った。
「本来のスペックだけで言えば、神である兄様や私が後れをとることはありえません。神と人の子との間にはそれくらいの差があります。ですがここは三界です。この世界で私たちが振るえる力は、それぞれ明人さんや千星ちゃんを通して持ちこめた力に限られてしまいます。けっして楽な勝負にはならないでしょう。油断しないように」
「わかりました」
足を止めずに答えた。
明人と千星の
仮にベルとアナが数値化すると1兆とか1京とかの莫大な力を持っていたとする。
圧倒的なようだが、明人と千星の二人を通して用いられる力が毎秒10までだとしたら、結局10秒で100の力を出すのが限度となる。
一方で、もしクイーンとなった透良の力が20しかなかったとしても、それを毎秒出せるなら、10秒で200だ。この場合優位を得るのは透良のほうとなる。
歩いていると、ちょうど登りやすそうな壁面を見つけた。
「ここから登らない? そろそろ上がらないとかえって離れそうだし」
「よし。ここから先は地上に出て透良を探すのみだな。撃たれないよう明人は千星の後ろにいるべきか?」
「いえ、あいつの銃撃を防ぐ手段は用意したから大丈夫です」
「なら問題ないな」
そんなやりとりをした後、明人たちは塹壕からはいあがった。
登った先はクレーターであった。
「ここは……」
風景に既視感があった。
はたしてクレーターの底近くに、昨日置き捨てたイヤーマフが二つあった。
右手にも見覚えのある岩が見えた。
初めてこの地を踏んだとき、透良が身を隠していたあの岩だ。遠くに金の扉も見えた。
(たまたまか、それとも元々あいつの得意とするフィールドがここだったのか)
吹き荒ぶ黒い竜巻は、百メートルとないごく近くで巨大な姿を見せている。
あらためてその不吉な姿に戦慄した。
(キツいな……)
焼けた鉄のようなチリチリした感情がぶつかってくる気がした。黒煙が人の思念の集まりというのがよくわかった。
千星も苦しげに綺麗な顔をしかめていた。
このようなもののすぐ近くで平然とできるのは、人の精神を逸脱した者くらいだろう。
そのとき、ピタリと竜巻が止んだ。
あれだけ巨大な存在感を放っていた竜巻が、根元へと吸い込まれるように収束し、縮んでいく。
そして、見えなくなった
「竜巻が消えた……?」
「気をつけろ。雲散霧消した風ではなかった」
それまで片手で肩に担いでいた鉾を、ベルは両手で持ち直した。
千星がハッとして叫んだ。
「みんな、動かないで!」
青く透明な壁が、バリアのように明人たちの前に音もなく現出した。
次の瞬間。
右奥にある岩のそばが光った。
工事現場のような轟音と重い衝撃が壁を震わせた。
凶悪な太さのライフル弾が無数に突きささっている。
銃撃だ。
もちろん透良のAK-47だろう。光ったのはマズルフラッシュだ。
やがて銃声が止み、透明な壁も消えた。銃弾がバラバラと落ちた。
代わって拍手の音がした。
「いやー。どうせ通用しないだろうとは思ってたけど、そう来るのは予想外。すごいね。なに今の。盾?」
ふざけた調子の聞き覚えのある声が、どこからともなく聞こえてきた。
「そうだよ。昨日みたいに身動きできなくなったら困るでしょ」
と千星が応えた。
今のが先ほど言っていた銃撃を防ぐ手段だろう。壁のように見えたが盾だったわけだ。
「いいね。一度きりの晴れ舞台に来てもらった甲斐があるよ」
そんな声とともに、遠くの岩のそばに透良が姿を現した。見覚えのある魔改造AK-47も手にしている。
あのギョロ目の男の姿はないが、近くにいるのは確実だろう。
「あんなに遠くにいるのにすぐそばで話しているみたいだ。どこかにマイクとスピーカーでも設置してあるのかな」
「いや、距離を無視して声を届かせていた。それだけこの世界に干渉できている、ということだ」
険しい顔でベルが言った。
「大正解。それにすぐ気がつくあたり、つくづくぬいぐるみはただものでないね」
こちらの声も聞こえているらしい。透良の返事がかえってきた。
明人は胃のあたりにずしりと重みがかかるのを感じた。
世界の物理法則を力尽くでねじ曲げる。たしかにベルも似たようなことを以前やってみせていたから、不可能ではなかろう。だがどれほどの力を手に入れればそのようなことができるのか。
「けど、今ならあたしも負けてない」
はたして透良の細身の体から、あの黒煙がこれまでにない密度で立ち上った。
吐き気さえもよおすほどの圧力が明人の全身にのしかかった。
あの黒い竜巻のすべてを支配する存在が、今そこに立っている。
その容赦ない現実を、圧倒的なプレッシャーが証明していた。
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