第42話 観覧料は、命でいいよ

現実あっちじゃなにもつかめなかったあたしも、この世界の究極ならつかめる気がしてた」


 丘の上の透良が明人たちを見下ろしながら言った。


「糸口はお姫のガトリング砲だった。どうして持つ必要がないんだろう。どうして引き金を引かなくても撃てるんだろう。手に持って、引き金を引く。兵器ならその必要が絶対にあるはずなのに。もしかして、あたしたちが手にしているのは、兵器ではなくて、本当は別のものなんでないか。そう思っていたら、やっぱり違った。その気づきが、この【戦士の楽園】の究極にいたる道筋だった。後は【女王の王笏】を使って試せば試すほど力が手に入った。……お姫には、礼を言わなきゃな」


 透良がニヤリと笑った。

 その周囲は黒煙が渦巻いている。

 あの黒い竜巻を圧縮したそれは、サイズこそ小さくなったが、迫力はかえって増していた。


「なにが究極だ、透良! なんでこの世界の人間を皆殺しにした!? ここで殺したら本当に死ぬと知っていただろ!?」


「そりゃ強くなるためさ。黒煙は殺された人間の無念でもあるって言ったろ? 殺せば殺すほど、クイーンの力は増すんだよ」


 そう透良は明人に答えてから、首を傾げた。


「あ、違うわ。殺せば殺すほど強くなれると気づいたの、けっこうった後だ。途中からはそれ目当てだったけど。単に殺したかったからってだけかな」


 絶句した。

 たしかに透良は以前も殺しを好んではいた。

 だが相手への興味や敬意は忘れていなかった。これほど命を雑に扱わなかった。

 女王となったことで、決定的に変わり果ててしまったのか。


「あなた、なんてことを……!」


 千星が目に角を立てて、遠くの透良をにらんだ。

 だが透良はおちょくるような声で返した。


「怒んなよ、お姫。ここは殺すための世界。誰もが他人を殺していい世界だ。ここに来れば、自分が殺されることだってそりゃあるさ。ほかの誰かにとっては、自分こそが他人なんだから。殺された奴だって文句は言えない。あたしが殺した奴らは、みんな武器を手にしてたんだ。殺したいという欲望と共にあったってことだ」


 透良はからかうように言うと、周囲のすべてを指すように手をくるくると振った。


「ここに来る奴は、みんな本当は殺すのが大好きなんだ。だからこそ、殺されるかもしれなくても、ここに来て武器を手に取ったんだ。もちろん人それぞれだよ。一人で殺したがる奴もいるし、チームで殺したがる奴もいる。人殺しの悪名をかぶらずに殺したがる奴もいるし、あまり気にしない奴もいる」


 それは透良自身や、ジニーやグリーンハートの面々を指しているのだろう。


「そりゃ、正直に殺しが好きなんて言う奴はなかなかいないよ。『ひどーとくてき』なことだから、ほとんどの奴は本当の自分を隠してる。それどころか、時には自分自身をも騙してさえいる。けれど例外なく、獲物の死にゆく姿に悦びを感じる自分がいることを、本当は知っている……」


 そうだろ?

 そう問わんばかりに、透良が遠くから千星を見つめた。


 千星はなにかに耐えるかのように歯をくいしばっていた。

 透良の主張に反発してのことか。それとも目を背けたい己の闇を恐れてのことか。


 透良が口の片端をつり上げた。


「だからこそ、この世界がある。この地の全ては、皆が殺したいと願ったから、こうなった。どんな風に見えても、聞こえても、れられても、みんな後付けだ。ここはあたしたちが、あたしたちとして、素顔のままで堂々と立てる場所。殺したいから、殺すために編みあげた、殺したい者たちの楽園!」


 透良が右手を高くあげた。

 とたん、彼女の周囲から莫大な猛煙が広がった。

 質量さえ感じさせる黒い思念のカーテンが空を覆った。


「だから――」


 透良の発する言葉とともに、空中の煙があちこちで凝縮し、無数の黒い粒へと変わっていく。

 やがてそれは肥大化し、球と呼べるほど大きくなり、そして人の形を取りはじめた。

 あるいは絶叫しているような顔の。

 あるいは咆哮しているような顔の。

 胸像のような無数の人の上半身が、何もない場所から生えているようにして、宙に浮かぶ。


「うそ……!?」


 空を見上げていた千星が、悲鳴じみた声をあげた。

 その視線を追って、すぐに明人も目を見開いた。


「リーダー!?」


 無数の胸像に混ざり、怒りに満ちた顔のベレッタの上半身が、そこに浮かんでいた。

 そればかりではない。

 そばに見覚えのあるグリーンハートのメンバーの上半身も現れていた。三十路の男、目出し帽、坊主頭、ロン毛、出迎えてくれた青年……。


「落ち着け、二人とも! あれらは本人ではない。彼女たちが死に際に残した、心の残滓だ!」


「兄様のおっしゃる通りです。しかし、そのような本来あやふやなものに、かくも明確な形を持たせてのけるとは」


 ベルが叱咤した。だが自分に言い聞かせるようでもあった。

 アナの声にさえも驚愕の響きがあった。


 透良は明人たちの驚愕を気にした風もなく、唄うように、呪うように、続けて言葉を紡いだ。


「――この世界の全ての人の、願いすべてを、集めて形にしなおせたなら」


 ぐにゃりと、空に浮かぶ無数の胸像がゆがんだ。

 顔がねじ曲がる。銃口へと変わる。

 続いて上半身が銃身に、銃把に、ストックに変わる。

 重機関銃が、ロケットランチャーが、狙撃銃が、無数の兵器が、空の上で次々にそれぞれの形を取り終えた。


「――それが、この世界の究極だ」


 歌劇場で高らかに歌うオペラ歌手のように、透良が大きく手を広げた。

 満天に雲一つなき、透きとおった、魂さえも吸いこまれていきそうなほど本当に透きとおった、蒼穹の下。

 万雷の拍手に代えて砲声を轟かせんとする、無数の兵器群が、従者のごとく中空にかしづいていた。


「おお……」


 知らず、明人はうめいていた。

 眼前に広がる光景は、禍々しく、だが神々しい。

 それは一面にすぎなかったとしても、たしかに人の心。

 数多あまたの人々の、純化した心が今、整然と並ぶ兵器群となって天空に映しだされている。


「信じられん……。人の子が、かくも思うがままに世界を司るのか」


 兵器群を見上げるベルの顔は、明人も初めて見るほど青ざめていた。


「千星ちゃん、覚悟を決めておきなさい。彼女の言に嘘はありません。あれこそがこの世界の本質。この世界の全て。植物や建物や、いや大地や空でさえも、あれと比べれば些末な付属品にすぎないでしょう」


 アナの声もいつになく緊張していた。


「どう。殺したい、勝ちたい――ただそれだけの単純な願いが元でも、究極までたどり着けば壮観っしょ?」


 明人たちを見下ろす透良が、透きとおった微笑を浮かべた。


「観覧料は、命でいいよ。あたしも同じだ」


 そこに嘘は何一つない。彼女自身、明日までの命なのだ。

 みな動かなかった。

 おそらく、威容に圧倒されていた。


 透良がまた道化めいた笑顔に戻った。千星を見て言った。


「もったいないことしたな、お姫」


「え?」


「たぶんお前もこれと同じことができた。前のクイーンとの戦いで、ウリ坊に助けさせなきゃ良かったんだ。エグゼキューショナーに食いつかれたとき、逆にあいつを食い殺すべきだった。お前ならできたはずだ。そうすれば、きっとその勢いでお前があのデカブツを殺し、王笏を手にしてた」


「そうかもね。けど、あのとき踏みとどまったことに――クイーンになれなかったことに、後悔はないよ。今のあなたを見て、あらためて感じるもの。闘争界に来たころの私はまちがっていたって。私が進もうとしていた道は、私が本当に欲しかったものに続いていなかったんだ」


「そうかい。……ふっ、ふふっ。惜しい。惜しいねえ。この世界のクイーンになって、欲しいままに殺しに酔うお姫は、すごく素敵だったはずなのに」


 ジットリと体にまとわりつくような、不吉な響きの低い声で、透良が無念がった。

 その場合、彼女はクイーンになれていないのだが、それでも心底惜しいと思っているようであった。


「残念、残念、残念だ。お姫はこっち側に来ると思ったんだけどな。結局、ただ殺して終わりにしないといけないなんて、もったいない。本当にもったいない。いや、けど、これはこれでやっぱり最高かな。だからこそ、お姫がピクリともしなくなる瞬間を、あたしのものにできるんだから」


 透良がまるで独白のようにつぶやいて、そら恐ろしい情熱的な赤い瞳を、陶然と千星に向けた。


「ああ。今は、そう。あたしの手に渡されたお姫の、うつろな瞳を見つめるのが楽しみだよ。お前の死に顔は、きっとなによりも美しいから」


 それはきっと、彼女の贈れる最大の賛辞であったろう。


「とびっきりの殺し文句ね」


 飲まれぬようにか、千星が軽口で返した。しかしその笑顔は引きつっていた。

 透良があいづちを打つように、すこし首をかしげた。


 とたん、空一面にマズルフラッシュが閃いた。

 瞬時に透明な壁――盾が展開される。


 壮絶な爆音が轟いた。

 ロケット弾が、砲弾が、銃弾が、盾を力任せになぐりつける。

 盾に守られていない周囲の地面がえぐれていく。土がはねちらされる。


「くそ、これでは出られん! 明人、頭を出すなよ!」


「言われなくても!」


 弾の密度が濃すぎて、もはや射撃というより鉄と火の洪水だ。

 盾で守られている空間からわずかにでもはみでれば、肉だろうが骨だろうがただちに消し飛ぶだろう。えぐれてミゾのようになっている周囲の大地のように。


 千星の顔に焦りが見えた。

 と、盾からビシリと嫌な音がした。盾に放射線状のヒビが入った。


 ふいに猛攻が止む。

 いぶかしんだ次の瞬間、金属板をうがつような耳障りな音とともに、ありえない事が起こった。


「……えっ?」


 盾に、小さな穴が空いていた。

 前回は傷一つつかなかった千星の体の、肩口のあたりが切り裂かれていた。

 服の生地に赤い血がにじんだ。


 千星が傷口に手を当て、指に血がついているのを見、呆然とした。


(弾が、盾を貫いた?)


 そう思った次の瞬間、透明の壁にヒビが広がり、砕け散った。


女神アニーの盾を粉砕した……!?」


 ベルが目を見開いていた。


「うそ」


 足下に散らばった破片を見下ろして、千星がうめいた。

 アナはなにも言わなかった。絶句しているのだろう。


 透良が人差し指を一本立てて、ちっ、ちっ、ちっ、と左右に振った。


「お姫、お姫、お姫。この世界の全ての人の願いって言ったしょや。そっちに味方してるのが神か悪魔か知らないけど、お前が引きだせる力だけでこの世界全員の力に勝てるもんかい。バカみたいに堅いその盾だって、こっちの投射量がお前の限界を超えれば抜けるんだよ」


 あまりにも力業な、物量による解決。

 そんな乱暴な攻略法を、透良は披露してのけた。


「さて。まだ他に手があるなら待ってあげるけど、あるかい? ないなら終わらせるよ」


 透良が宣言する。

 眼前に広がる兵器群を見上げた千星の美しい顔に、おびえの色がはっきりと浮かぶ。


「ないか。なら、もういいね」


 明人も血の気が引くのを感じた。

 きっと千星と似たような表情をしているのだろう。

 だが当然ではないか。

 この兵器群の――殺害願望の具現の前に、身を守れない状態で立つことが、いったいなにを意味するのか。


「安心しなよ、お姫。顔は撃たない」


 透良が千星に優しく語りかけた。

 嬲るような、妖しい笑みとともに。

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