竜を追う人
いいの すけこ
追う者
山が騒いでいた。
山中にある森の中。無風の夜に、激しい葉擦れの音と、あちこちで枝が折れる音がした。風もないのに木々が騒めくのは獣の仕業か。否、狐や兎といった小物から、鹿や熊といった大型獣まで、今夜は身を隠している。
「そっち行くぞ!」
獣とは違う、大きな声が響いた。
「追い込め、追い込め!」
山で騒いでいたのは人間だった。多数で大声を上げながら、ある者は木々の間を走り回り、ある者は木に登り、またある者は一番開けた場所で身構えている。
山の清浄な空気をかき消すような殺気を、人間たちは放っていた。
けれど獣たちが現れないのは、人間が山に入り込んでいるからではない。
もっと強大な力に怯えているからだった。
「出た!」
人間たちの前に、一つの影が躍り出た。
「出たぞ!」
ほぼ怒号に近い叫び。人間のその叫びに呼応するかのように、影は大きく咆哮を上げた。
「竜だ!」
人間たちは、口々に竜が出たと叫ぶ。
鼓膜と空気を震わせる咆哮に一瞬怯んだ人間は、けれど即座に体勢を立て直す。大人の熊ほどの大きさの竜は猛進し、人間たちの群れに突っ込んだ――かのように思えたが。
「引けえええ!」
竜が突っ込んだのは、巨大な網だった。それを手にする多数の人間に囲い込まれた竜は、そのまま引き絞られた網に巨躯を絡めとられる。
捕らえられた竜はいかにも獣らしいうめき声を上げ、生臭い息を吐く。身動きの取れなくなった竜はそれでも身をよじって暴れ、叫び続けた。
「くっそ、暴れる」
「武器!とっとと打ち込め、打ち込め!」
言うが早いか、人間たちは網に囚えた竜に刃を突き立てる。槍を、剣を、何本も、幾度となく突き立てる。竜の抵抗は激しくなり、叫びは耳を裂くようだった。竜が身をよじるたび、長い尾が大きくはねる。その太い尾が、槍を振り上げた一人の男に向かって打ち下ろされようとした、その時。
乾いた破裂音が響いた。太い尾の先にいた男のすぐそばに、どさりと音を立ててちぎれた尾が落ちた。断面から血が跳ねる。
竜は尾がちぎれた痛みに、首を持ち上げて咆哮した。
その首に、深々と一本の剣が突き立てられた。
それきり、竜は絶命する。
「
呼ばれて、竜の息の根を止めた男は、尾の傍にいた男を振り返る。
「助かった。尾でぶん殴られるところだった」
「それで頭を潰された奴がいたぞ。気をつけろ」
八神は血を払った剣を鞘に収めた。未だ熱の残る火薬砲を担ぐ。
「へいへいっと。俺だって命は惜しいからねえ。女房子ども残して死ねませんて」
「お前みたいな父親でもな。いないよりはマシだろうよ、
共に三十を超えたくらいの男たちは、片や所帯を持ち、片や独り者で背負うものの重さが違う。けれどどちらも、命を賭けて竜を狩っていた。
足元を見下ろせば、生気を失った竜の
人間を追い、追われながら血走っていたその目に射抜かれれば、否応なしに死の恐怖を突きつけられる。
命知らずでなければ、竜を狩ることはできない。
だが、命を惜しまねば狩り続けることもできない。
人の頭を噛砕くほどの牙と、肉を割く爪を持つ獣、竜。
それほどの脅威に立ち向かい、狩るのが、竜追いと呼ばれる者たちだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます