第7話 我が名はゼロ ~ネイ~
* * *
「お久しぶりね。カナテ。悪いけど拘束させてもらってるわ」
――黒猫になったロックが連れ込み宿の部屋を出て行って数分後の事である。
ロックの体に意識を入れられた黒猫ゼロが、その正体は辺境一の剣士とも言われる漆黒のカナテがそこにいる。彼は連れ込み宿のベッドに縛られていた。そして薄暗い明かりに照らされているその表情は穏やかだった。そのベッドの横に私は立っている。
「俺はもうカナテではない。ゼロだ」
人間の体になっていることにも、身体が拘束されていることに動じることもなく、返答するカナテ。それは意外な返事だった。
「カナテじゃないって、どういうこと?」
「あの晩、名をつけてもらった時から俺はゼロになった。それだけだ」
あらら、予想外の展開ね。
「それじゃあ、あなたは何者?」
「ロックを
淡々と答えるゼロ。
「ふ~ん、そう言うことね。でも、素直にそれを信じることはできないわ。あなたが私を騙そうとしているかも知れないしね。
何かそれを確証できることってあるかしら?」
「俺は考えるのは得意ではない。そういう難しい話はやめてくれ」
なるほど。カナテが私の研究所を襲った時も、恐ろしいほど考え無しだったわね。
「じゃあカナテ、いえ、ゼロ、あなたが生まれてから今までの略歴を教えてもらえる?」
「ああ、いいぞ。
俺の両親は俺が物心付く前に死んだ、らしい。そして育ての親に拾われて育てられたのだ。その育ての親は剣術の師匠でもあった。俺はガキの頃から身体を動かすのは得意だった。頭を使うことは苦手だったがな。そんな俺に師匠は『お前は頭が悪いので難しいことは言わん、二つのことだけを守って生きろ』と言った。それは『一つ、どんなことをしても生き延びろ』『二つ、自分を助けてくれた人の願いを聞け』だ。俺はその言いつけを守ると誓い生きてきた。
師匠は俺に剣の技を叩き込んでくれたが、そのうち老衰で死んだ。俺を拾った時にはすでに老けていたからな。そして俺は生きるために師匠から叩き込まれた剣の腕を金に換えた。いつも黒い革鎧を着用していたため、いつしか漆黒のカナテと呼ばれる様になったのだ。
――そして俺はあの晩、ゼロになった」
ふむふむ。考えることが苦手なゼロが咄嗟に考えられるネタではなさそうだし、まぁ、この話は信じても良さそうね。ただ完全に信用するにはまだ足りない。
「なるほど。わかったわ。人間に戻る方法は必ず探し出すから、それはしばらく待ってもらえるかしら?」
「全然かまわない。それにお前ら二人の言動は興味深い」
「何よそれ」
ゼロは私たちの行動に興味があると言うのか。まさか私がロックを利用していることを見透かされているとでも言うのだろうか。
「言葉通りだ。ロックは一見頼りなさそうだが、いずれ頼れる男になる気がする。その成長を見てみるのも楽しみだ。ネイはそれを見越してロックを利用しているのではないか?」
ゼロは考えるのは苦手という割に勘が鋭いわね。考えることが苦手と言う割に、漆黒のカナテたり得るのはそれもあるのかしら。
「私がロックを利用してるだなんて、あなたの思い過ごしじゃない?」
「それにな、俺は女じゃないからその気持ちは分からんが、お前は本当にロックを利用しているだけなのか? それを何と言うか知らんが、大事な何かが心の中で芽吹き始めていないか?」
ゼロは何を言ってるの? よく分からない。ロックは私を頼り、そのロックを私が利用する。良い具合のギブアンドテイクの関係じゃない。それ以外に何があると言うのかしら?
「何を言っているのか分からないわ」
「そうか。俺の考えが間違っていたか?」
「間違いも何も、理解できないからその正否が分からないのよ」
「うむ。もう少し観察をしてみるか……」
ロック姿のゼロは真剣な顔をして言った。
冗談なのか本気なのか……。
「そうそう、あなたに大事なことを聞いておきたいのだけけれど良いかしら?」
「なんだ?」
「私の研究所、いえ私の家を襲わせたオツカ商会のことなんだけど。なぜやつらの依頼を受けたの? やつらの狙いは何?」
ゼロは表情を変えず淡々と話し始めた。
「あぁ、それな。オツカ商会の受付嬢に夕飯を奢ってもらったのだ。その彼女が、モーリーの森の魔女と話がしたいから、もし可能だったら連れてきて欲しいと言ったのだ。化粧品がどうのこうのと言ってた気がする。だから、全力でその要求に答えることにした」
っ!! 何それ!?
「じゃ、じゃあ、どうして徒党を組む必要があるの!? どうして私の家に火を放ったりしたの!?」
「あぁ、それは道中で話しかけてきたアイツらが勝手に付いてきたのだ。モーリーの森の魔女のところに行くと言ったら『俺らもいっしょに行きますぜ兄貴』などと言っていた。アイツらは『分け前は兄貴が六で俺らが四ぐらいで良いか?』とか言ってきたが、何のことが良く分からなかった俺は、そんなのは要らんと言った。そしたら『一生ついていきます、兄貴!』とか言ってたな。お前の家の入り口に着いたとたん、お前が放ったヤツらとアイツらとで戦いが起こった。そして、ああなった。
一生ついていきますと言っておきながら、アイツらは死んでしまった。つまり嘘をついのだ。嘘は駄目だよな?」
私に確認する様に首を傾げるロックの姿をしたゼロ。
「……」
私は抑えきれない感情と戦いながら、論理的に思考しようと努力した。しかし上手くいかない。
畜生、こんな話聞かずにオツカ商会をぶっ潰した方が断然気分がよかったわ。研究所やコレクションの損失対価に見合う回収をどうすべきか。いや、むしろ私が納得いく仕返しをどうすべきか。この怒りは誰にぶつけたら良い? すでに火を放ったヤツらは死んでるし。かといってゼロに矛先を向けるのは違う気がする。いいえ待って、果たして違うのかしら? ゼロに頼んだ受け付けが元凶? いや、彼女は化粧品の依頼をしたかっただけだわ。因果の元をたどればここに行きつくわね。ちょっと待って、因果と言えばゼロの師匠の言いつけってことになるわ。そこまで遡るとすると――。
「どうした? 何が悲しいのだ? 気分が悪いのか? それとも俺の言ったことが間違ってたのか?
ふむ。さては、アイツらが『一生』と言ったのは、俺の一生じゃなくアイツらの一生ってことか? だったら一生ついていくって言ったことは嘘じゃないのか? それで合っているな?」
心配そうな顔をしながら尋ねてくるロック姿のゼロ。身体が動けないながらも、少し身を乗り出してきている。その言葉が、出口が無いであろう思考から私を引き戻した。
「あ、あなたの考えは合ってるわ。アイツらは嘘つきじゃない」
心中でくすぶる何かしらに収まりがつかないけど……。そして私はゼロを拘束しているロープをゆっくりと解いた。そして、そのわだかまりは脇に置いておく決心をし、気分を落ち着かせるために一度深呼吸をした。
そうだ! ゼロにも駒になってもらう手を思いついたわ!
「ところでゼロ、師匠との二つの約束があるでしょう。それにもう一つ守るべき約束を増やしてもらってもいいかしら。私からのお願いってことで」
ゼロは自由になった手足をほぐながら、
「ああ、俺も大人になった。もう一つくらいは増やせる。恩人の願いでもあるしな」
ふむ。失ったものはかなり大きいけど、代わりに得るものも有りそうね。失ったものに対して小さすぎる気がするが……。まぁ、上手くいくかどうか分からないけど、とりあえず実験してみなきゃ。
「じゃあ、もう一つ追加ね。一つ、どんなことをしても生き延びろ。二つ、自分を助けてくれた人の願いを聞け。そして三つ、自分を助けてくれた人を自律的に守れ」
「了解した」
私は右手を差し出し、ロックの姿をしたゼロと握手を交わした。そして、猫になったロックの帰りを待つことにした。
◇ ◇ ◇ 付 録 ◇ ◇ ◇
ネイ:「当然よ。絶対に嘘はついちゃダメ」
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