第4話 初めてのお泊り

   *   *   *


「あら、なかなか整理されているお家じゃない」


 小荷物を届ける簡単なクエストの帰り道で拾った黒猫、そしてその付録のネイが僕の家に入るなり言った。


 ――ロックとネイが出会ったその日の夜の事である。


 玄関を入るとすぐにそこはダイニングルームだ。テーブル一脚と椅子が二脚ある。テーブルの向こうには僕のベッドが見える。ドアで区切られたベッドルームなどという気が利いたものは無い。そしてキッチンも左手前に直接見える。かまどが屋内にあるという点ではちょっと贅沢なのだが、ダイニングルームと同じ空間を共有している。つまり、ベッドもテーブルもキッチンも玄関も一つの生活空間に共存しているのだ。


 ネイは早速、勧められた訳でもないのにダイニングの椅子の一つに陣取った。


「は~。今日の一日は大変だったわ~。昨晩から寝てないし何も食べてないしで、お腹が空いたわ。何かある?」


 まるで自分の家に着いたかの様に振る舞うネイ。


「ちょっと待っててください。何か無いか探してみます」


 僕はネイの代わりに持っていた例の箱をテーブルの上に置いた。すると黒猫が箱から出てテーブルの真ん中に陣取った。そして僕は、玄関の横にある物置きエリアに行って装備品を外した後、キッチンに移動して何かすぐに食べられるものは無いか物色した。


「よかったら、これ使って」


 ネイはテーブルの上の例の箱の中から取り出した二つの物体を僕に向かって投げてきた。僕は、なんとか落とさない様にそれらを受け取った。それらは干し肉の棒状の塊と、干したキノコだった。それらも使って、キッチンで見つけた何種類かの根菜を利用した簡単なスープを作ることにした。


「ちょっと時間が必要ですけど、スープを作りますね」


 僕は火を熾し、水を張った鍋を鈎にかけた。


「石化ネタにしそこなったお父さん、もう居ないんでしょ? 悪いこと言っちゃったわね」


 前触れもなくネイが言った。


 父さんが死んだことをネイに言ったっけ?


 黙ってそんなことを考えているとネイが、


「割と有名でしたって言ったじゃない。あと子供の頃からこの辺にいたともね。子供の頃からよく知られた人が、急に過去形になって知られなくなる様なことってまず考えられないじゃない? とすると考えられることは本人が居なくなったってことでしょ?」


 ネイは人の話を聞かない人だと思ったけど、ちゃんと聞いていた様だ。しかも記憶力も良い。


「厳格な父親でした。僕は全然父さんの期待に答えることができなかったんです。生きている間に褒められたかったんですけど……」


 僕の父親は警備隊の隊員だった。平民上がりだったけど持ち前の真面目さと勤勉さから割と良い地位まで上ったらしい。ただ父さんは、自分に対しても他人に対しても決して妥協せず、納得しなかった。本当に努力一本筋の人だった。当然僕に対してもそれを望んでいた。幼少期を越えたころから、何とか父さんに認めてもらおうと頑張ったけど、結局褒められる様な事は無かった。


「なるほど、ね。

 お母さんのことを聞いても良いかしら?」


 スープの具材を適当なサイズに切りながら僕は答えた。


「いいですよ。と言っても、顔すら覚えていないんですけどね。お母さんは僕が物心が付く前に病気で死んだらしいんです」

「そうなの」


 僕はスープの具材を鍋に投入するのを途中で止めて振り向いた。その視線の先には、黒猫の頬を両手でつまんで引っ張ったままこっちをじっと見ているネイが居た。手持ち無沙汰で猫と遊びながら話を聞いていたのだろう。


「ところで、そのよそよそしい口調、そろそろ止めてもらえないかなぁ? 傍から見て仲の良い双子の姉弟に感じられる程度にさぁ」

「どうして双子なんですか。明らかに歳――」


 ネイが睨んできたので、僕は途中で話すのを止めた。


「口調、変わってない」


 不満げに口を尖らせて、文句を言うネイ。


「あ、えっと、……ごめん」

「ところで、この子の名前、何にする?」


 ネイは黒猫のひげを引っ張って遊び始めた。黒猫も嫌がって逃げるわけでもない。


 あの猫、かなり我慢強いな。


「飼ってたんじゃないんですか?、いや、飼ってたんじゃないの?」

「いいえ~。拾ったばかりよね~。だからまだ名前がないのよね~」


 ネイは『拾った』と『名前がない』を強調しながら言った。猫の後ろ首を掴んで持ち上げ、軽く前後に振りながら黒猫に向かって話している。


 それはちょっと乱暴すぎるんじゃないか?


「じゃ、僕が名前を付けてもいいんだね?」


 やればできるじゃない、という表情を僕に向けるネイ。


「お願いするわ」


 僕は深く考えずに頭に浮かんだ名前を言った。


「ゼロ」

「いいんじゃない。ゼロ。君は今からゼロだよ。ゼロからスタートだよ~。私も研究所を失ったから、何もないところからスタートだけどね」


 その言葉の最後の方で、ネイの頬がほんの少し引きつった気がした。そして同時に首を掴んでいる手とは逆の手で猫の頭をぐしゃぐしゃにした。さっきからのネイのゼロに対する可愛がり方は、まるでいじめているかの様だった。


「ところでネイ、研究所では何をしてたの?」

「あら、私に興味を持ってくれたんだ」

「あ、いや、もし嫌なら――」

「特別な何かを研究していたってわけではないの」


 ネイは人の話を聞かずに、説明し始めた。


「ある時にね、とても重要なことを知ってしまったの……。

 それは、この世界は誰かが人為的に作ったものでは無いかと言うことを、私ならその正否を解き明かせる可能性を持っているという自尊心を認識してしまったという点と、それをやってみたいという好奇心が私にあることを認識したという二点よ」


 え、え? ネイは何を言ってるんだ?


「だから私は各所に散らばっているこの世界を理解するための知識の断片、つまり私の自尊心を裏付けし、かつ、あるいは知的好奇心を満たすものをひたすら集めてるの。趣味を通り越して生き甲斐になってるわ。そしてその倉庫が研究所だったという訳なのよ。さらに食い扶持を稼ぐために、魔女みたいなことをしてたって訳。でも一人で集めるのも大変だったし効率も悪いのよね。例えば、各地に知識の断片を物色しに行く準備も必要だし、時間もかかるし。なんやかんやで大変だったのよね……」


 理解が追い付かない。そして、僕の反応が薄いことに気がついたネイ。


「まぁ、私のしたいことはそんなことよ。

 ところでロック、あんたはどうなりたいの? 夢は? さっき聞いたけど、まだ教えてもらってないわよ?」


 そう言えば、さっきの路上での僕は喧嘩腰になってしまって上手くネイに応えられてなかった。


「僕は警備隊に入りたかったんだ。だけど、三度目の入隊テストに落ちたんだ。だから、もうテストを受けることはできない。警備隊に入るために、ずっと自分なりに努力はしてみたんだけど、僕には才能も努力も足りなかったってことさ」


 今度はすんなりと言えたかな。


「ふ~ん。あんた、足りなかったのは才能と努力だったと思っているの?」


 少し目を細めて聞いてくるネイ。


「才能と努力以外に、あと何が必要なんだい?」

「あら、じゃあ逆に聞くけど、何かを成すためには才能と努力だけで十分だと思っているの?」

「う~ん。よく分からないや。今分かっても、もう手遅れだしさ」


 ネイは顎の下に人差し指を当て、しばし考えた後に僕に聞いてきた。


「ねぇロック、あんたダメ元で大陸制覇を目指してみない? 私のために」

「な、何だい、それは? 大陸制覇とは突然すぎるよ」

「それは言葉の綾よ。そして、どちらかと言うと『私のために』ってのが本命よ」

「ネイのため? 何でそうなるのさ」

「それは、あんたにきっかけを与えるためよ。あんた『仕方ないな、ネイの我儘を叶えてあげるさ』ってかっこつけて言いたいでしょ? 私があんたの為に言い訳を用意してあげるのよ。つまりギブアンドテイクよ」


 なんだ、それは。


「ネイのテイクがでかい気がするけど?」

「本当にそう思う?」


 ネイはウィンクをしながら笑顔で答えた。


 ネイが僕に与える恩恵の方が大きいとでも言うのか……?


 僕は黙ったまま、煮立ち始めそうなスープの味を調える作業に着手した。


「何よ、二つ返事は貰えないの?

 ふん。すぐに応えろとは言わないけど、ちょっとは考えておいてよね」


 黙っている僕に不貞腐れる様に言うネイ。


 まぁ、ネイの為に何かをするってのも、目標を見失っている僕にはお似合いなのかも知れないな。

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