潜入

5-1節

 搬送路を抜けると花岡がいた。

「あ」

「ん?」

 すぐさま扉を閉めた。そういえばしばらく位置を確認していなかったと言えど、いきなり出くわすとは思わず、わちゃわちゃと狼狽ろうばいしたが、ひとまず家臣たちに待機といくつかの指示を出し、何食わぬ顔で麓丸は扉を開けた。

「今、誰かいたか?」

「いいや、おれだけだ。応援に来たぞ」

「そんな話は聞いていないが」

「今朝決まったんだ。やはり若衆一人では心もとないということでな、支部長から直に依頼された」

「支部長が? ふむ……そうか」

 でまかせを並べているだけなのでひやひやしたが、花岡は納得したようだった。

「君は、飛騨くんだな」

「おれを知ってるとは」

「それはそうだろう。僕たちは同期なんだから」

 実は、花岡と会話するのはこれが初めてだった。というか、花岡はあまり言葉を発しないものだと思っていたため、存在を知られていることに戸惑った。

 なぜかといえば、協会の模擬任務中、花岡は一切しゃべらないからである。黙って敵を倒し、黙って任務を遂行する。きりっとした横顔で、何もかもをそつなく進めていく。皆が修行に励む中、終わればさっさと帰っていく。話す余地がない。そのくせ好男子なので、冷たいのがかえって人気らしく、数少ないくノ一は軒並み花岡に籠絡ろうらくされた。本人はどこ吹く風だがそれもたまらないらしい。名門の出だから家柄も申し分ない。ふざけた話である。私怨の一つも抱くというものだ。

 しかしちょうどいい機会だと思い、また、自分に質問が及ぶよりはとも考え、いろいろと聞いてみることにした。

「おまえはなんで協会にいる時はしゃべらないんだ?」

「当然だ。初日に支部長が言っていたろう。訓練とはいえ任務中は私語厳禁だと」

「……じゃあなんで今はしゃべってる」

「これも支部長のお言葉だが、敵地では無闇に音を立てるべからず。ただし臨機応変に仲間と意思疎通を図るべし、と」

「…………休みの日は何してる」

「鍛錬と座学」

「………………その鍛錬に協会の施設を利用したことがないのはなぜだ」

「不測の事態に陥った際、己の身一つで切り抜けられるように、なるべく外的要素を含まず鍛えたい」

「生真面目かこらああっ!」

 全力の叫びだった。にも関わらず叫ばれた意味がつかめないようで、花岡は首をかしげた。

「だめなのか?」

「だめとかではないが……」

 一抹の不安がよぎった。それは、抱き続けてきた怨恨の根底を揺るがすものだった。

 いけすかないと思っていたこと。周りの者に関心がない風だったこと。努力が見えないこと。それらすべての原因が、ただ融通のきかない四角四面糞野郎だとすれば、説明がつく。それに生まれは本人の意思では決められない。となれば残るは、おそらく無自覚の好男子だけということになる。腹立たしいには違いないが、これが果たして誅を下すほどの怨みなのだろうか。

 しかし、そこまで考えたからこそ、麓丸は花岡を否定しなければならなかった。

 なにせ、花岡は裏切り者だ。その言葉が真実である保証などない。むしろ真実なら、余計に許しがたいというものだ。危ないところだった。雨が降りしきる中、不良が捨て猫に傘を差しだすようなもので、元々マイナスだったものにちょっとプラス査定が入っただけで断然良く見えてしまうあれだ。調子に乗って「おまえも俺と同じだな」などと安っぽい感傷に浸ってお涙頂戴するあれだ。同じなわけあるか。油断も隙もありゃしない。そうは問屋が下ろさない。下ろすものなどありはせん。誓約不履行経済制裁。鎖国だ鎖国だこんなもん!

 麓丸は微笑んだ。

「そうだなあ、うん。真面目なのは良いことだ。さあ、巻物を取りに行こうじゃないかあ」

「あ、ああ」

 すこし不気味に思ったが、背を押され、花岡は前を歩きだした。

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