3-3節

 麓丸はぷりぷりしていた。この道中、まるでいいことがない。朝っぱらから一度ならず二度までも襲われ、毒やら爪やらを浴びせられるなんてことはそうそうないものだ。一秒ほど考え、だいたい全部花岡のせいだという結論に至った。

 長い吊り橋に着いた。下方から轟々と水の流れる音がする。かなり勢いがあるようだ。橋の先には陳氏の屋敷が見える。そして手前には、ちょうど橋を渡ろうとしている者がいた。鹿沼だ。しかもこちらには気づいていない。

 痩身だが、動きを見るにすばやくはなさそうだ。怪我をしているのか、すこし足を引きずっている。屋敷へ向かっているようなので、おそらく花岡の援護にでも来たか、はたまた手柄を横取りする気か。鹿沼の性質からすれば後者の可能性が高そうだ。

「そのような薄汚い行為を看過するわけにはいかん」と、内なる正義に後押しされた麓丸は、奇襲を仕掛けることにした。まいど不意を食らわされてはたまらない。二人分の意趣返しをしてやろうと決めた。

 そっと木陰から身を乗り出すと、連続で手裏剣を投げた。関節の自由を奪ったところでふん縛る心算であった。

 命中したのを見るやいなや、麓丸たちは駆けだした。ところが橋の中央にいる男へ飛びかかろうとした瞬間、奇妙な光景が映った。手裏剣が空中で止まっていたのだ。

 男が振り向くと、空間が弾けた。飛沫と共に手裏剣が力なく落ちていく。自身を守っていた水の膜を一瞥した後、男は酷薄そうな視線を投げた。

「貴様ら……宮の忍だな」

「さあな」

「宮の忍なんだな」

 くぐもった声で男が言う。それは、深い怨嗟が込められているように思えた。奇襲にも失敗し、麓丸も多少なりとたじろがなかったわけではない。しかし、募るいらいらが彼を強がらせた。

「だったらどうした。どうせおまえがやられることには変わりない。前の二人は悲惨だったぞ。酢まみれにわさび漬けだ。おまえはどうなりたい。醤油の慈雨にでも溺れるか」

「死ね」

 問答無用で男が印を結ぶ。だが何も起こらない。相変わらず水音がするだけだ。不発かと思い、仕掛けようとした麓丸は、しかし突如として宙を舞った。立っていた場所に穴が開いている。橋の下の渓流より、水の帯が突き上げてきたのだった。

 さらに麓丸は水に呑まれ、身動きが取れない。もがきながら男へ罵詈雑言を吐きまくった。クナイと手裏剣を持ってがむしゃらに暴れるも破れない。男も容赦しない。家臣たちが食い止める前に、水を急速落下させた。

「麓丸さまーーー!」

 灌漑らは一斉に飛び込んだ。まるで成すすべなく、麓丸は激流のうねりへ叩き込まれた。

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