第10話 姉

 見た。白い部屋。病院の様なところ。

どこかわからないこの場所は、しかし嫌な感じがする。

 瞬間痛みが走る。どこから……? 全身から。

 痛い痛い痛い痛い……。

 肩……腹……頭……目……指……脚…………。

全身に痛みが走る。

「あぁぁああぁあぁ」

 更に痛みが増していく。

「痛いいたい……あぁああぁ!!」

――――――――


「っは……」

 どうやら眠っていたようだ。悪夢からの目覚めはきついな、と思いつつため息をつき顔を上げた。

 ここは何処。

そう言いたくなる場所に居た。見渡す限りだと石でできた牢獄の様なところ。そして窓が一切無いのに牢の外から光が漏れてる。

檻越しに光源になっている天井を見ると、そこには均等に並んだ球体があった。

「電球……?」

 小さく吐いた言葉とは裏腹、否定がすぐに浮かぶ。そんな高度な技術がこの世界にあるのかと。

「もしかして、魔法……」

 続く声に息を呑む。望んだ世界だからこそ出た答え。だけど確信は持てない。

本当にそうなのかどうか気になるけど、今はこの状況を何とかした方がいいな。

 首を振っていると部屋の端に長細い鉄製の棒を見つけた。先端が曲がっていて何かを引っかけられそうな感じだ。

そしてその棒を使えと言わんばかりの穴もあった。大抵こういうのは奥に鍵とかあったりするけどね。あぁ本当にあった。

 他に何か無いか探りそれを扉に付いていた鍵穴にさしてみた。カチャ、と音がして開いた。

何だろうここ。ちょっと面白い。


 そのあと脱出ゲームの様な仕掛けを幾つか解き、引き戸を開け階段の前にたどり着いた。

「陽の光。まぶしい」

 そう言葉を捨て階段を上った。ここは。掃除の依頼を受けた場所。

「ここの扉って。さっき開かなかったやつだ」

 廊下に出て振り返った。

掃除をしていた時、鍵がしまってて諦めた場所の一つ。

 再び周りを見渡した。

あれ、さっきスリッパ履いてたよね。今何も履いてないんだけど。ん?

 なんて考えながらそしてボクは歩み始めた。クルを探さなくちゃ。

 ホールに出た。

左に玄関が見え右には二階に上がる階段が見える。

こんな状況だけど、紅い絨毯が良い雰囲気を出していると今さらながら感じる。

 そして履いていたスリッパが玄関に戻っていることも確認した。三足きっちり立て掛けられている。

来た時と同じ数だからおそらく、ボクが使っていたのもそこにあるな。

「クルー、居るー?」

 返事がない、場所を変えよう。

 二階に上がると正面にドア。そして左右には廊下が続いている。正面のドアを開けた。

あれ……掃除って一階しかしていなかったっけ。んー記憶が曖昧。

 広い部屋だな。奥にまた扉がある。あとピアノが端に置いてあるが。普通ピアノって一階に置くものじゃないか重さの関係上。まぁ珍しくは無いのかな。最悪ネットのデマかもしれない。

そう考えながら奥に向かった。


 ギィィ。と扉は音をたてながら開いた。そこにはベッドに寝転がった少女らしき人物が居る。

「……あの、すみません」

 良かった人に会えた。一人のままだと帰り道がわからなくて迷うところだった。

「あぁもう来たの?」

 そう言ってベッドから起き上がり、座った。

「悪いけど、そこにある服取ってくれない?」

 近くのテーブルに置いてあった上着みたいなものを手渡した。

「ありがとう」

 それを着て一呼吸おき、続けた。

「案外早かったのね」

「さっきの仕掛けの事ですか?」

「えぇ。ただ単に外に出すのはつまらないでしょう」

 つまらないか。ということは、牢にボクを入れたのはこの人? いや違うか。

 聞いた方が早いな。

「すみません。ボクを牢に入れたのは……?」

「私ではないわ」

 そしてやれやれといった顔で続けた。

「あなたを牢に入れたのは、あなたのよく知る人物よ」

 よく知る人物。そんな人は美鈴とクルぐらい。

美鈴。は今日はボクの近くにいなかったしな。

 あ、そういえば。ボクは途中で眠気に襲われてその場に倒れたっけ。それにその時クルが居たんだ。

だとするとじゃあ犯人は、というか牢に入れたのもクル……なのか。


 流れで来てしまったとはいえ面倒事に巻き込まれた。もっとよく考えるべきだった。

「答えは出たみたいね」

「クル?」

「正解よ」

 なんだか変わった人だな。

「でも、それだとクルがそういうことをする子に」

「あの子はそういう娘なのよ」

「それはどういう。詳しい、のって知人だからってことですか?」

 そういうとその人は立ち上がりこう言った。

「あら私、あの子の姉よ? 知らなかったのね」

 笑顔を見せる。

 あぁ。

クルがやけに楽しそうだったこと、依頼を既に決めていたこと。それは、ここが自分の家だったからだ。そして何より怪しすぎだったな。若干分かっていたような気がするけど、まぁいいか。

 少し面倒なことに。でもこの状況を受け入れるしかないな。

「お姉さんですか、これまた意外な人に会いました」

「私の名前を言いましょう」

 唐突に、急かすようにそう言った。

「私はアルミス。クルの姉にしてこの館の主。そして……。吸血鬼」

「えっ」

 そうだったのか。そうか、吸血鬼に会えちゃったのか。ゲームやアニメじゃよく観ていたが、現実で見ることになるとは。しかも話しちゃったよ。嬉しい。

 良いこともあるもんだな。

「……でも。やっぱり、吸血鬼なんて嫌いよね。知ってるわ」

 そう言ってベッドに座った。

それって、迫害なんかを受けるのかな。

「ボクは吸血鬼、好きですよ。大好きなぐらいです。会えて嬉しいです」

 と、励ましと自分の趣味を合わせた言葉だ。

「……告白かしら?」

「いや違います」

「あら残念、だけどありがとう。励ましてくれるなんて優しいのね」

 そのアルミスと名乗った女性は笑顔になった。

けど優しいって言われるのは不思議に感じる。いつも。

「いえいえボクは優しくないですよ。ただ単に吸血鬼が好きなだけですから」

「ふふっ、面白いのね。クルから話は嫌程聞かされたけれど、そういうことなのね。クルが連れてきた理由を少し理解出来た……気がするわ」

 本当、なんで連れてこられたんだろう。


「それはそうと、クルを探しているのでしょ?」

 あ、そうだった。

「クルは今この館にいないわ。あなたを牢に閉じ込めた後嬉しそうに外に出ていったから。何か買いにでも行ったのかもね」

 外に買い物。それにしても監禁しようとしたのか。……ヤンデレかな。

「ヤンデレかな」

 あ、口に出てた。

「かもしれないわね」

 微笑みながらアルミスはそう言った。小バカにするように笑ってる。

「ねえ。迎えに行ってあげた方が良さそうよ」

「どうしたんですか?」

 丸く大きな水晶体を覗いているアルミスに近寄って水晶に目をやった。

そこに美鈴とクルが口喧嘩している様子が映っていた。これは止めた方が良さそうだ。

「それでは、ボクはこれでお暇させていただきます。いろいろとありがとうございました」

 挨拶を終わらせ部屋を出ようとドアノブに手をかけた。

「あ、待って」

「なんでしょう?」

 振り返る。

「クル達を宥めたら3人でこの館に来なさい。いいわね?」

「え、あはい。わかりました」

 掃除の続きかな。それとも他に何かあるのかな。

「あと、敬語は禁止とするわ。いいかしら?」

「はい」

 あ。間違えた。

「うん」

 先程の返答に改めて答えた。

「それでよし。テレポートしてあげるからそこに立って」

 そう言って床に指を指した。もしかしなくても魔法だよねそれって。

「ここでいい?」

「そうそう。じゃあ頼むわね。行ってらっしゃい」

 言葉とともに手をかざしている。

 魔法だ。すごい間近でこんなの見れるなんて思ってもみなかった。

 目の前に光が生じ、次第に眩しさで目を瞑った。


 気づけば路地に居た。もう着いた。

「だから、どうして二人で行ったのかを聞いているんです!」

 美鈴の声。案外近かったな。

「私はお兄様と二人で依頼を受けに行きたかったのですよ!」

 ひどくならない内に止めないと。

 何となく気配を殺し美鈴の後ろに立った。

「お兄様は今いないって言っているんです! あ、れ。どう……して」

 どうやらクルはボクに気づいたようだ。そりゃ気づくか。

「どうして居ないんですか!」

 クルはボクの方をゆっくりと指さした。美鈴に知らせているのだろう。その指さす方向を見た。

「お、お兄ちゃん!?」

「居たね。ここに」

 ボクはそう言った。

「お兄ちゃん! いったい何処に行っていたんですか?!」

「あぁちょっとね?」

「……お兄様。どうしてここに」

 一呼吸おいて二人に説明した。

「ボクとクルは依頼で館の掃除に行ってたんだ。……まぁそこでいろいろあってクルのお姉さんに会ったんだ。それからここに来たって感じ」

「ざっくりしすぎですよお兄ちゃん」

「まぁいいじゃない」

 美鈴と話しているとクルが事を察してボクに言った。

「ごめんなさい……」

「謝るなら最初からしないんだぞ」

 ションボリとしている。

「って言ってもいろいろと楽しかったしいいよ。怒ってないから」

「……お兄様。へへへ……やっぱり好きです」

「はいはい分かったよー」

「流さないでくださいお兄様! 私は真面目ですから」

 雑談混じりの中、屋敷へ向かう。

「仲、いいですねお兄ちゃん」

 止まって寂しそうにする美鈴。

そんな顔しないでと思いを込めながら、ボクは頭を撫でた。

「行こう?」

「……はい」

 だいぶふくれっ面だな美鈴。

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