第55話
有里の居た世界では、神は視えない。
常識では考えられないようなことが起きる事もあるが、それは神様のおかげだと考える人もいし、そうではないと考える人もいる。
つまりは神が居るか居ないかなんて、そんなのは個人の思いの自由なのだ。
そう、有里の世界では神は不確かな存在。だが、この世界では確かに神様は存在する。
有里の目の前に座り、優雅にお茶を飲みながら微笑んでいるその人が・・・・
「有里はこの世界の成り立ちを知ってる?」
「書物で、だけど・・・」
この世界の始まりは、ユリアナが神として目覚め、他の神が作った世界を真似て箱庭を作った事から始まる。
今でこそ大きな大陸が二つと小島が存在しているが、元々は一枚大陸だったのを、神に反旗を翻した人間に制裁と変化をもたらすために大陸を割ったのだ。
「いやー、見事に真っ二つに割れた時は、気持ちが良かったですよ」
気が遠くなるほど昔の事なのだろうに、まるで昨日の事の様に話しながらうっとりと目を閉じるフィーリウス。
その所為で当然沢山の命が失われたが、ユリアナに対する信仰は絶対的なものになった。
そして新たに大陸の一つをユリアナが、もう一つを息子であるフィーリウスに治めさせた。
大陸を分割した時にできた欠片にも人々は渡り、独特の文化を発展させていく。
それから気の遠くなるような年月が過ぎ、人の住まう世界は人に治めさせ、二人は天界へと戻っていった。
女神たちが大地を離れても、信仰が消える事はなかった。
例え姿を見せなくなっても、神が国を治めていた事は紛れもない事実なのだから。
「私達に反旗を翻した人間が何故、粛清されたかわかる?」
「・・・・単純に・・・・邪魔、だから?」
「そう。彼等が女神などいないと騒いでいる時も、私達は大陸を巡っていた。そこで初めて私達が視えない人間が多い事が分かったんだよ」
その時代は誰もがユリアナ達を視えていたという。
「私達はね、信仰が栄養の様なものなんだ。君たちが食事を摂る様にね。だから、国民の信仰心が無くなれば我々神は、消える」
「え?消える?」
「まぁ、正確には存在はするけど、信じていないものは視えない世界だからね。人々からは存在しないものと認識されるのさ」
つまりは、女神ユリアナに対する信仰心が無くなれば、例えそこに存在しても誰の目にも触れる事が無くなり、いずれは忘れ去られるという事なのか。
有里は自分がいた世界の信仰との違いに、思わず呻る様に考え込んだ。
「・・・私が居た世界は、神様なんて目に見えないものだと認識してたからあまり違和感ないけど、この世界では信じてさえいれば神様と会えるって事なのかな?」
「まぁ、そんな感じかな?今は人の治める世になったから我々が故意に姿を現さないと視えないんだけどね。大昔は想いも純粋だったし、大陸を治めている我々を視る事が出来るのはとても自然な事。だから、我らを信じなかった者は神殿に来ても何も視る事は出来ない。そして視えない事を良い事に、好き勝手言っていたんだ。だから、母上の逆鱗に触れ粛清された」
有里のいた世界、特に日本は宗教に寛容で柔軟な考えを持っている民族だと思っている。
だから他国に比べ沢山の神が存在していると言われているし、そしてどの神を敬うのかなんて自由だ。正に宗教の自由。
だけれど、この世界には神が実在する。そして、信じていれば誰でも神が視えていたのだ。
実際、自分もユリアナに会って話をしているのだが・・・・
「そう言えば、私は覚えていないけどユリアナはみんなの前に姿を現したのよね。私を連れて」
「そう。アルフォンスには特に目をかけていた事もあるし、偶に姿を見せれば信仰心も揺るぎないものになるからね」
「じゃあ、フィルス帝国は?今一番神様に助けてほしいのは、フィルス帝国じゃないの?」
有里の言葉に、フィーリウスはキョトンとした。
「基本、私達は手を出すことはないよ。だから、助けるという事はしないね」
「え?でも、ユリアナは私を呼んだよね?」
「それは直接ではなく、間接的に手助けするために呼んだんだ」
「んん?つまりは、直接関与できないユリアナの代わりに私に何とかしろと?」
「だって、有里は此処に送られる前に、母上からお願いされただろ?」
―――確かに・・・ある人をお世話して欲しいと言われた。
「つまりはそう言う事さ。フィルス帝国も有里を皇后に迎え、神殿と国民を味方につけ政権を奪還する予定だったんだ」
何で自分を巻き込む気満々でそんな事を計画していたのかと、愕然とする。
「私の大陸はね、信仰心はあるけれど、絶望がそれを上回っているんだ。でも有里が、例えユリアナ帝国にだったとしても使わされた事により、神殿は俄かに力を取り戻そうとしている」
なるほど・・・と、有里はまたもや唸る。
「神殿も今では宰相の子飼いが仕切っているけど、それに納得していない者がほとんどさ」
宰相は信仰心の無い人間だからね、とフィーリウスは肩を竦める。
「今と昔では、人を取り巻く環境そのものが違うからね」
「まぁ・・・地位だとか名誉だとか、欲を覚えてしまえばそんなものよね」
「そうだね。でもそれは人間として必要な物だとも思っているから大したことではない。だけど、信仰心は別のものさ」
この度はユリアナがアルフォンスの前に姿を現し、使徒を与えた。
それは光の速さでフィルス帝国にまで届いたという。
「私も本来の姿でフィルス帝国に姿を現せればいいのだけれど、今はこの通り人の身に落としている。だが、有里のその姿は母上が現れたと同等の神々しさがあり、サイザリスもまた黒とは対極の白。我々の婚姻は、この大陸に母上が現れた事と同じ位の慶事になる」
つまりは、疲れ切ったフィルス帝国の希望となり揺るぎない信仰心をも集め、政権も奪取する事が出来るという事なのだろう。
信仰心が今以上に集まれば、サイザリスが使える神力も僅かだが増えるのだと言う。
「今は影を五体作るだけでいっぱいいっぱいだからね」
半人半神かよ・・・と、有里が心の中でツッコミをいれれば「見る人が見ればサイザリスの真の姿はすぐにばれる位は、神力があるんだ」と、心を読んだかのように返す目の前の男に、有里はうすら寒い物を感じたのはしょうがない事。
でも・・・、と有里は思う。
信仰心で国民を活気付けその勢いで全てを正そうとする事は、なんとなくだがわかる。
ただ、神など居るか居ないかわからない世界で育った無神論者の有里。果たしてそんな事で政権を奪還できるものなのかと、疑問でしかない。
「悪いけど・・・・その案には賛成できない」
「・・・何故?」
「既に私は既婚者で、離婚してまでフィルス帝国を助けたいとは思わない事と」
「ほう・・・」
「神が実際に存在するこの世界で、信仰も確かに大切なのかもしれないけど・・・・さっきも言ったけど、私には現実を見据えた方法で政権を取り戻した方が確実だと思う」
神と呼ばれるユリアナや、今こうしてフィーリウスと言葉を交わしても、やはりこれまで培ってきた有里の世界での常識が根底にはある。
「そんなまどろっこしくて不確かな事より、こっちには逃げ延びてきた中枢貴族が居るんだから、彼等と政権奪還を目指した方が良いと思うわ」
さも当然という様に言い切る有里に、フィーリウスは目を丸くした。
実際、有里とサイザリスが結婚すればこの世界を揺るがすほどの慶事となる筈だ。
それはこの世界のユリアナ信仰を根底の持っている人々からしてみれば、だ。
だが目の前の、他の世界の常識を根底に持っている使徒は『まどろっこしく不確かな事』と言い切った。
―――面白い・・・・
フィーリウスは単純にそう思った。
そしてその思いは声となり外に吐き出される。笑い声となって。
「あははははっ!愉快だ!実に愉快!流石は母上の使徒!あははははっ!」
何がそんなに面白いのか理解できない有里は、取り敢えず彼の気が済むまで笑わせておこうと、ここに来て初めてお茶を口にしほっと息を吐いたのだった。
有里が目の前のケーキを食べ終わった頃、ようやく笑いがおさまったフィーリウスが、涙を拭きながらお茶で喉を潤した。
「いや、失礼した。有里が余りに男前だったものでね。惚れ直してしまったよ」
「・・・・・そりゃどうも」
「政権など関係なく、ぜひともサイザリスの妻となってもらいたい」
「お断りします」
「それは残念」
ちっとも残念そうには見えないその笑顔に、有里は不審者でも見るような冷たい眼差しを向けるが、何故か良い笑顔を返された。
「さて、では有里の言う現実的な政権奪還を試みようと思うのだが、私には、四六時中ローレッタが張り付いている」
「騎士の方も宰相の狗なの?」
「いや、騎士は私の影だ」
フィーリウスは影を五体作れる。
スキアは宰相の監視。
ザラムはユリアナ帝国の動向を監視。
ブイオは同行した近衛騎士。
残り二体、イスクとチェムは不測の事態への対応の為に、騎士の中に潜ませていた。
有里はあまりに非現実的な告白に、眩暈を覚えた。
「この帝国に監視って、どこまで入って来てるわけ?!」
「あぁ、母上が王族居住区に結界を張っているから、中枢部には入れていないから安心して」
「あ、そう・・・って!違う!!こちらで誰を匿っているかも分かってるの!?」
「勿論、知ってる。今回の滞在の目的の一つは、彼等に会うためでもあるのだからね」
・・・なんだ、始めっから結婚云々でなくて、そう言えばいいのに。
だが現実問題、宰相の娘が監視している前で彼等と会せるわけにはいかない。
「となると・・・必然的に行動は夜中になっちゃうわね。彼女と同衾してるわけじゃないわよね?」
「まさか。婚約者でも妻でもないのに?まぁ、これまで散々襲われそうにはなったけどね」
「げっ・・・」
「だから常にブイオをそばに置いてる」
「苦労、してるのね・・・・」
「まぁね。有里も気を付けた方がいい」
「え?ローレッタに?」
「そう。宰相の目的は一番はサイザリスの妻に娘を置く事だけど、他にもアルフォンスに娘を差し出す事も考えているから」
その言葉に、それこそ現実的ではないなと有里は呆れる。
「実際、ローレッタがアルフォンスを見た瞬間、目つきが変わったからね。あちらに戻った時に見てみるといい」
「・・・・わかった。アルフォンスには、この事全部、話すわよ?」
「いいよ。その方が簡単に事が運ぶだろうし。エストレンス侯爵達との対面の時期は、こちらから指示しても構わないかい?」
はっきりと個人名を出され、有里は「えぇ」と答える事しか出来なかった。
「今回、同行した者のほとんどが皇帝側の人間だから、ある程度は自由に動けるはずだ」
「え?そうなの?てっきり宰相側の人間で固められてきたのかと思ってた」
「そこら辺はスキアが頑張ってくれたからね。だが、宰相の狗の出方もあるから少し様子を探ってからにしよう。事を急いては失敗するかもしれないからね」
その言葉に有里が神妙な顔で頷けば、フィーリウスは安心させるように柔らかな笑みを浮かべた。
そして―――「では、戻ろうか」と、パチンと指を鳴らしたのだった。
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