第36話
有里と出会ってからアルフォンスは妙な夢を見るようになっていた。
それはとても懐かしく、とても愛おしく、そして涙が出るほど悲しい夢。
だが、目覚めればその内容は、まるで手のひらから砂がこぼれ落ちていくかの様に消えてゆく。
頬が涙にぬれている事も少なくはない、切ない夢。
思い出そうとしても全く思い出せ有里と出会ってからアルフォンスは妙な夢を見るようになっていた。
それはとても懐かしく、とても愛おしく、そして涙が出るほど悲しい夢。
だが、目覚めればその内容は、まるで手のひらから砂がこぼれ落ちていくかの様に消えてゆく。
頬が涙にぬれている事も少なくはない、切ない夢。
思い出そうとしても、全く思い出せず、夢の中で泣いたり笑ったりしていても、目覚めたその瞬間、心揺らす感情すら消えていくのだ。
日常生活に支障がない為、あまり深く考える事はせず過ごしていた。・・・・のだが。
そんな、ある夜。有里に口付けをしてしまい、悶々と考え込んでいた、あの夜。
ツキンと頭の奥が痛み、アルフォンスは眉根を寄せた。
なんだ・・・?急に・・・
疲れているのだろうか・・・と、こめかみを抑える。
だが、その痛みは脈打つように次第に強くなり、小さく呻きながら、それに堪えるかのようにギュッと目を閉じた。
すると瞼の裏に、誰かの姿が浮かび上がってきた。
それは、幼い頃の自分の泣き顔だった。
―――忘れ・・・―――から・・・
誰かと話しているが、声がとぎれて良く聞こえない。
相手の顔は見えず、自分のぐしゃぐしゃな泣き顔だけが頭の中に鮮明に映し出されていく。
―――・・なか・・いで。きっと、お―――から・・・
何か、大事な事を言っている気がする・・・
頭の痛みと比例して強くなる雑音に、声がほとんど聞こえなくなってしまった。
ただ・・・とても悲しくて、切なくて、愛おしくて・・・そんな、幼い自分自身の感情だけが流れ込んでくる。
目の前の人が闇に溶け込む様に消える
ぐっと胸に手を当て、堪えるように息を止めれば、それは靄に溶け込むように消えていく。と、同時に頭痛も治まっていった。
何だったんだ・・・?今のは・・・
痛みをこらえるために握りしめていた掌と額には、うっすらと汗が滲んでいた。
幼いときの記憶が全て鮮明なわけではないが、あれほど泣いて苦しんでいるのであれば覚えているはずだ。
だが、全く身に覚えがない。
いや・・・反対に辛すぎて、忘れてしまっているのか・・・
それにしても、とても大事なことだったような気がする・・・それを、忘れるものなのか?
そしてふっと気付く。
夢を見た後に感じていた思いと、同じではないか・・・と。
見えた自分の年齢は、恐らくユリアナと出会った頃のようで、もしかしたら話している相手もユリアナだったのかもしれない。
だが、ユリアナとはあんな悲しい別れはしていない。
彼女はまるで近所に買い物へでも行くような、気軽な感じでいなくなった。
だからアルフォンスは、彼女はすぐに帰ってくるものだと、それこそ軽く考えていたのだ。
そこまで考え、ふっとあの頃の事を思い出そうとする。
「・・・・・ん?・・・思い、出せない?」
ユリアナが帰ってくる日を指折り数え、楽しかった思い出を何度も何度も繰り返し思い出し、自分を慰めていたはずなのに・・・
ユリアナと過ごした日々とはまた別の何かがあったはずなのだ。それが何だったのかが、思い出せない。とても大事なことだったはずなのに。
だが、頭痛がしたのはその一度きりで、その晩のうちにセイルへの遠征。彼の頭の中からは完全に夢の事は忘れ去られていた。
そして今、彼はその夢の中の幼い自分の中にいた。
セイル遠征の帰り、敵の毒矢に倒れたアルフォンスは、深い深い闇に落ちるように意識を失い、気付けばそこにいたのだ。
幼い自分の中にいるからと言って、己の身体を自由にできるかと言えばそれは、否。しいて言うならば、傍観者のようである。
窓の外は満月。その光は眩しいくらいで、窓から差し込む月光は室内の影となる闇をも深く浮かび上がらせている。
幼い自分はベットの上で、今は亡き母を思い、優しく慰め抱きしめてくれた姉を思い、そして、今現在の辛い現実に毎晩にように泣いていたのだ。
そんな自分の姿にアルフォンスは、これは本当に夢なのだろうか・・・と、どこか冷静な目で周りを見始める。
その時だった。自分一人しかいない部屋のはずなのに、闇の中から人が現れたのは。
「泣いているの?・・・どこか、痛いの?」そう言いながら現れた人物に、アルフォンスは息をのんだ。
目の前に立っているのは、本来いるはずのない、愛しいその人だったから。
『ユーリ・・・?』アルフォンスは決して誰にも聞こえることのない声を漏らしたのだった。ず、夢の中で泣いたり笑ったりしていても、目覚めたその瞬間、心揺らす感情すら消えていくのだ。
日常生活に支障がない為、あまり深く考える事はせず過ごしていた。・・・・のだが。
そんな、ある夜。有里に口付けをしてしまい、悶々と考え込んでいた、あの夜。
ツキンと頭の奥が痛み、アルフォンスは眉根を寄せた。
なんだ・・・?急に・・・
疲れているのだろうか・・・と、こめかみを抑える。
だが、その痛みは脈打つように次第に強くなり、小さく呻きながら、それに堪えるかのようにギュッと目を閉じた。
すると瞼の裏に、誰かの姿が浮かび上がってきた。
それは、幼い頃の自分の泣き顔だった。
―――忘れ・・・―――から・・・
誰かと話しているが、声がとぎれて良く聞こえない。
相手の顔は見えず、自分のぐしゃぐしゃな泣き顔だけが頭の中に鮮明に映し出されていく。
―――・・なか・・いで。きっと、お―――から・・・
何か、大事な事を言っている気がする・・・
頭の痛みと比例して強くなる雑音に、声がほとんど聞こえなくなってしまった。
ただ・・・とても悲しくて、切なくて、愛おしくて・・・そんな、幼い自分自身の感情だけが流れ込んでくる。
目の前の人が闇に溶け込む様に消える
ぐっと胸に手を当て、堪えるように息を止めれば、それは靄に溶け込むように消えていく。と、同時に頭痛も治まっていった。
何だったんだ・・・?今のは・・・
痛みをこらえるために握りしめていた掌と額には、うっすらと汗が滲んでいた。
幼いときの記憶が全て鮮明なわけではないが、あれほど泣いて苦しんでいるのであれば覚えているはずだ。
だが、全く身に覚えがない。
いや・・・反対に辛すぎて、忘れてしまっているのか・・・
それにしても、とても大事なことだったような気がする・・・それを、忘れるものなのか?
見えた自分の年齢は、恐らくユリアナと出会った頃のようで、もしかしたら話している相手もユリアナだったのかもしれない。
だが、ユリアナとはあんな悲しい別れはしていない。
彼女はまるで近所に買い物へでも行くような、気軽な感じでいなくなった。
だからアルフォンスは、彼女はすぐに帰ってくるものだと、それこそ軽く考えていたのだ。
そこまで考え、ふっとあの頃の事を思い出そうとする。
「・・・・・ん?・・・思い、出せない?」
ユリアナが帰ってくる日を指折り数え、楽しかった思い出を何度も何度も繰り返し思い出し、自分を慰めていたはずなのに・・・
ユリアナと過ごした日々とはまた別の何かがあったはずなのだ。それが何だったのかが、思い出せない。とても大事なことだったはずなのに。
だが、頭痛がしたのはその一度きりで、その晩のうちにセイルへの遠征。
その遠征中も彼女を思う夜は夢を見る。だが、やはり内容は思い出せないもどかしい日々が続いた。
そして今、彼はその夢の中の幼い自分の中にいた。
敵の毒矢に倒れたアルフォンスは、有里と会えた安堵感から深い深い闇に落ちるように意識を失ったはずなのに、気付けばそこにいたのだ。
幼い自分の中にいるからと言って、己の身体を自由にできるかと言えばそれは、否。しいて言うならば、傍観者のようである。
窓の外は満月。その光は眩しいくらいで、窓から差し込む月光は室内の影となる闇をも深く浮かび上がらせている。
幼い自分はベットの上で、今は亡き母を思い、優しく慰め抱きしめてくれた姉を思い、そして、今現在の辛い現実に毎晩にように泣いていたのだ。
そんな自分の姿にアルフォンスは、これは本当に夢なのだろうか・・・と、どこか冷静な目で周りを見始める。
その時だった。自分一人しかいない部屋のはずなのに、闇の中から人が現れたのは。
「泣いているの?・・・どこか、痛いの?」そう言いながら現れた人物に、アルフォンスは息をのんだ。
目の前に立っているのは、本来いるはずのない、愛しいその人だったから。
『ユーリ・・・?』アルフォンスは決して誰にも聞こえることのない声を漏らしたのだった。
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