第14話

有里とフォランドが居なくなった執務室には、アルフォンスとアーロンだけが残った。

ソファーに腰掛けながらアーロンは、仕事をするわけでもなく、ただ椅子に深くもたれるように座るアルフォンスをニヤニヤしながら見ていた。

「アルって、意外に独占欲が激しいんだね」

アーロンの言葉に、ピクリと眉を上げた。

「ユーリの事、好きなんだよね?」

今度は確認するように聞いてくる。気兼ねない仲故、触れてほくない事すら遠慮がない。

「・・・・・正直、分からない・・・」

皇帝とは思えないほどの頼りない声で、小さく漏らす。

「え?本気で言ってんの?」

あれだけの独占欲を見せておきながら、恋愛感情が無いと?

アーロンは信じられないとばかりに、目を見開き、アルフォンスの正面へと立った。

「今は『月光の間』に居るからみんな何も言わないけど、もしあの部屋を出てしまったら・・・彼女、大変だよ?すぐに誰かに掻っ攫われるよ?」

「わかってる・・・」

有里が誰からも言い寄られていないのは、皇帝陛下の婚約者にほぼ・・決定しているからだ。

知らぬは有里、本人ばかりなりである。


先ほどのドレス姿も、恐ろしいほど似合っていた。

他の誰の目に触れさせたくはないと思いつつも、自分が送ったドレスを纏う彼女を見せびらかしたいという気持ちがせめぎ合い、心の中は混沌としていた。

そして、その感情そのものに戸惑う自分もいるのだ。

彼女の事は好ましいと思っている。例えアーロンといえどもあの様に触れあっている事すら我慢ならないほどに。

だが、それが恋なのかと聞かれれば、素直に頷くこともできないのも本心だ。

ならば、母親なのか、姉なのか。―――どの存在も当てはまらない。

心の中に何か目に見えない壁のようなものが存在し、その向こうにあるこの感情が何なのか掴みかねていると言った方が正しいかもしれない。

それ故、心と身体のバランスが崩れたように不安定になってしまうのだ。

分からないと言いながらも、切なくて苦しそうな、それでいてどこか甘さを滲ませるような表情を浮かべるアルフォンスに、アーロンはあきれたように溜息を落とした。

「あのさ、色々考えたって駄目だ。今、アルがユーリに対してどうしたいか、どうして欲しいのかだけ考えてみな。たぶん、それが真実だから」

「どう、したいのか?」

「そう。確かにアルは皇帝だしこの国を導いていかなきゃいけない。でも、時には一人の男として欲を出していいんじゃないかな?ましてや、将来を添い遂げる伴侶なら特に」

その言葉に、アルフォンスはちょっと驚いたように目を見開くと、少し考え込むような仕草を見せた。


幼い頃から次期皇帝として教育されてきた。だから、その事に関しては自分でも納得はしている。

恋愛に関しても、自分には縁のないものだとも思っていた。

何故なら、結婚とは跡継ぎを残すための仕事だと思っているから。

それに女はうるさいしわずらわしい。

媚びるような眼差しに、胸の谷間を強調するようなはしたないドレスを纏いその身を摺り寄せ、とどめとばかりにむせるような臭い香水を移してくる。

全てとは言わないが、寄ってくる女はそんなのばかりで意図的に遠ざけるようになっていた。

それでも有里を傍に置くのは女神が寄与したという事もあるが、出会って短期間とはいえ彼女の人と成りが自分にはとても心地良く安堵感を感じさせるからに過ぎない。

恐らく彼女が『女』というより『母性』を全面に出しているからかもしれないが。


だが、今日の彼女の姿を見たとたん、得体のしれない感情が急に鎌首を擡げ、アーロンに言わせれば『独占欲』という形で表に出てしまったのだ。

彼女が部屋を出ていく際、フォランドの手を握っていた。それだけでも胸がきりきりする。

これが恋愛感情と言うものなのだろうか・・・こんな感情は知らない。


自分でも冷静に己の行動を振り返れば、好意しか見受けられないというのに・・・


「今晩、あの事話すんだろ?」

アーロンの声に深く考え込んでいた意識が浮上する。

「・・・あぁ」

「なら、良い機会かもな。最低でも一週間は戻れないだろうから、少し離れてみるのもいいかもよ」

三日後にセイルへ向けて出発する旨を今晩、有里に告げるのだ。

「お互い離れてみれば、どう思っているか、思っていたかがわかるかもしれないし」

「そう、だな・・・」

言葉では肯定するが、心の中では『離れたくない』という感情が荒れ狂う。


こんな事は初めてだ・・・・自分の心がわからない・・・


アルフォンスは、自分の中にある迷いや不安を吐き出すように大きく息を吐くのだった。


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