第6話

突然、意識がふっと、浮上する。

正にそんな感覚で、目が覚めた。


あれ・・・?私・・・


頭が上手く回らなくて、しばらく目の前にある天井を見つめる。

それは見たことのないもので、またも考え込む。


確か、私って死んでしまったのよね・・・んで、神様に拾ってもらって・・・

そこまで考えて「え゛っっ!?」と、飛び起きた。

自分が寝かされているのは、それはもう、ふかふかの寝心地の良いベッド。

着ている服は、白無垢。ちなみに打掛は布団の上に掛けるように広げられていた。


「夢じゃ・・なかった・・・私は・・・・」


有里は呆然としたように、己の手を見つめた。


「気が付かれましたか?」

声を掛けられ、初めて傍に人がいた事に気付いた。

声のする方を見れば、グレーの髪をきっちりと纏めあげ、緑色の目をした女性が立っていた。

「ただいま主をお連れしますので、少しお待ちください」

そう言って、丁寧に頭を下げ部屋を出ていってしまった。


閉まったドアをただ見つめ、部屋を見渡した。

自分一人になったことに少し安堵し、大きく深呼吸をする。

そして、自分にとってはつい先ほどまでの女神ユリアナとの会話を思い起こした。


ユリアナの大切な人のお世話をするんだったな・・・

自分にできるのか・・・と考えた所ではっとする。

「何歳の子なのか、何も聞いてない・・・」

今更ながらの事に呆然としながら、「しょうがないか・・・」と考えることを放棄しベッドから降りた。

打掛を羽織ると、ふいに目に留まった大きな両開きの窓に向かい、開けるとそのままバルコニーへと出た。

そして目の前に広がる風景に、目を見張る。


「これは・・・」

正にユリアナが見せてくれた美しい風景がそこには広がっていた。

ただ、ユリアナに見せてもらった時とは違い、人々のざわめきや剣の鍛錬でもしているのか金属がぶつかるような音、子供の泣き声、馬の嘶く声・・・・それはまるで、命のきらめきにも似た音が聞こえる。


心を奪われた様にその風景に見入っていると、部屋の扉がノックされ声を掛けられた。

振り向こうとしたその時、窓から少し強めの風が入り込み、白い打掛がはためき、黒い髪は顔に纏わりつく。

「あっ・・」と小さく声を上げ、風を避けるように身をよじれば、必然と開いたドアの方へと身体が向いた。


乱れる髪を手でまとめながら顔をあげれば、そこには驚いたように目を見開いて有里を見つめる、美しい青年が立っていたのだった。




あれから一月が経った。

あの時の美しい青年がこの国の皇帝で、ユリアナに頼まれた子守の・・・いや、お世話する相手だと知って、有里は愕然としたのを覚えている。

てっきり彼の子供のお世話なのかと思っていたが、皇帝陛下は独身だった。

初めはどうしたものかと悩んでいたのだが、取り敢えず息子と同じ年の彼。もう一人の息子だと思い接する事にした。

ユリアナからも『家族に接するように』と言われていたのだから、まずは実践する為に、彼に提案をした。


「極力、食事を一緒に取りましょう」・・・・と。


それから二人は、よほどの事がない限り、朝と晩の食事を有里の部屋で取っている。

「アル、おはよう。ごはんの準備できてるよ?」

そして、必ず有里が迎えに行く。

「あぁ、おはよう。今、行く」

アルフォンスはふっと目元を緩め、迎えに来た有里の手を取り、部屋に向かう。

それが、この一月で出来上がった二人の間の生活スタイルだ。

この大陸で一番偉い皇帝陛下を愛称呼び・・・それにはさすがの有里も拒否したが、家族の様に付き合うのであればと言われ、渋々了承。

そして何故、手を繋いで・・なのかと言うと、朝食のお迎えをした初日、有里の顔を見て固まり動かないアルフォンスの手を取り、部屋へと連れて行ったことから始まったのだ。

アルフォンスが固まっていた理由は、本人にしかわからない事なのだが、突然現れた見知らぬ人に慣れてないからだろうと有里はとりあえずそう考えることにした。


皇帝の私室と有里があてがわれた部屋は、扉で繋がっている。

皇后の部屋なのだから、つながっていてもおかしくはないのだが、有里には誰一人として、その部屋の本当の存在理由を明かしてはいなかった。

初めの頃は、この部屋の存在をあまり深くは考えていなかったのだが、豪華すぎる装飾や家具に隣の部屋へとつながる扉。

しかも常に侍女が付いている。自分が世話するはずなのに、何故か世話をされているこの状況。

アルフォンスのお世話係と言っても、今の所朝晩の食事を共にするくらいでこれといって仕事もない。

その事実は本人にとってはあまりよろしくないのでは・・・と考え、取り敢えずこの国の事を勉強する事にした。

何時お役御免になるかわからないこの仕事。市井で生活するにしても、この国の一般常識は必要不可欠だ。

そして、この国の歴史を教えてくれる宰相のフォランドはとても教え上手で、ついつい図書館通いをしてしまうほど、何時も興味深い話をしてくれる。

大人になってから、もっと勉強すればよかったと常々考えていたので、今がその時なのではと結構充実した日々を送っていた。



「今日の予定は?」

食事をしながらアルフォンスが聞いてくる。

「うん、今日も図書館で本を借りようと思うの」

「そうか」

それっきり会話は途切れる。

だがその沈黙も、初めのころは居た堪れないものがあったが、今では別に機嫌が悪いというわけではなく単に口数が少ないだけなのだとわかり、自然体で接する事ができている。

基本、彼は感情をあまり面に出さないタイプだとわかったから。

「ねぇ、アル。今日のお昼は忙しい?」

「いつも通りかな?」

「じゃあ、お昼ご飯は?執務室?」

「あぁ」

「ベルとアーロンも一緒?お昼は三人?」」

「あぁ・・・どうした?何かあるのか?」

「うん、実はね、お昼にアル達に食べてもらいたいものがあって」

「―――また、何かつくったのか?」

「ふふふ・・、そう!今回のはきっと大丈夫!」

そう言いながら、自信ありげに胸を叩く有里をなんとも言えない表情のアルフォンス。

少し前に差し入れられたモノを思い返しながら、願わくば食べられるものでありますように・・・と、心の中で願うのだった。


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