皇帝とおばちゃん姫の恋物語

ひとみん

第1話

ゆらゆらと・・・・心地良いよいまどろみの中で揺蕩いながら、全てが薄れていく感覚。

胸の中のわずかな光を消さぬよう手を伸ばそうとしたその時、急激に意識が覚醒していった。


妙に体が軽くすっきりとしている。


彼女、二階堂有里はゆっくりと目を開けた。

だがそこに広がるのは、闇。

目を開いているのに、まるで閉じているかのような・・・変わらない闇がそこにあった。



・・・・・ここは、どこなのだろう・・・・



瞬きを繰り返すも、それは変わらない。

上下左右が全くわからず、少し酔ったような感覚に有里は目を閉じ、そして自分の身体に意識を集中してみた。

まずは左右の手を握ったり開いたりしてみる。


手の感覚は、ある。


次に手をあげて顔を触ってみる。

少し冷たい頬に指が触れた。


・・・身体は、あるみたい・・・


そしてそのまま手を目の前まで持っていき、目を開けてみた。

だがそこには、闇しか見えない。

自分を取り巻く闇は、全てを覆い隠し、自分自身の身体すら見えない事に、


あぁ、私は死んだんだ・・・


と、妙に納得したのだった。




二階堂有里は五十二才の主婦だ。

夫と息子二人、娘一人の五人家族。

夫は三歳年上のサラリーマン。長男は二十六才ですでに社会人。長女も二十三才で大学を卒業し働いている。

そして次男は十八才で、今年大学に入学したばかりだった。

社会人の二人は何故か家を出ることなく同居中。恋人でもいればいいのだが二人とも、いや、三人ともそんな浮いた噂すらない。

自分が知らないだけなのかな?なんて思っていたが、普段の行動を見れば事実のようで、ちょっと心配になってくるのが親心。

でも、まぁ、いずれは手を離れていくのだと思えば、今こうして傍にいてくれるのをありがたく感じる今日この頃だった。


そして、それはいつもと変わらない日常のはずだった。

仕事を終え、近所のスーパーに寄った、その帰り道での出来事。

最近よくニュースで取りざたされている、暴走車が歩道に突っ込んできたのだ。

車は歩行者を撥ね続け、電信柱にぶつかりようやく止まった。

夕方の帰宅ラッシュも相まって、歩道を歩いていた約十人程の人が次々と撥ねられ、最悪な事に三人が死亡した。

有里は即死ではなかったが、病院での処置中に息を引き取っていた。



・・・そうだ、あの時、私は車に撥ね飛ばされたんだ・・・


幸いなことに、衝撃はあっても苦痛は感じなかった。

事故にあってから一度も意識は戻らなかったから、家族と会うこともできなかった。

そして気付けば、闇の中に佇んでいた。・・・正直、立っているのかすらこの状況ではわからない。



家族が心配だ・・・・とても驚き、悲しんでいるだろう。

何も言えずに居なくなってしまう事が申し訳ない。

心残りがないといえば嘘になる。

でも、死んでしまったのならどうしようもない・・・という、妙な開き直りもある。



それにしても、ここが死後の世界?

前に、テレビで臨死体験なんてのを見たけど、光は?お花畑は?三途の川は?

・・・もしやここは地獄なのだろうか・・・・それは、やだなぁ・・・



何となくそんな事を考えながら、はぁ・・と溜息を溢した。

そして、この今の状況と自分の精神状態に思わず笑いが込み上げてきた。


私って、こんなに図太かったっけ??


確かに困惑はあるが、焦るわけでもなくどちらかと言うと、「何でもどんとこーい!」的な感じなのだ。

そんな自分に思わず、ふふふっ・・と声を漏らしたその時だった。


『やぁ~ん!やっと見つけたぁ~!!』

目を閉じていて良かったと思うくらい、一瞬にして世界が白く輝いた。

「うわっ・・・」

閉じた瞼の上に手を翳し、光を遮らなくてはいけないくらいの眩さに、小さく悲鳴があがる。


『あ、ごめんね~。少し光落とすから・・・・うん、これくらいかな?目を開けていいよ』

言われるままにゆっくりと目を開け、声の主を確かめようと、慣れない光に目を瞬かせながら視線を泳がせた。

先ほどまでの闇は完全に無くなり、今度は白一色の世界に変わっていた。

これもまた上下左右わかないものだったが、目の前の女性が自分と同じように立っていたので、眩暈を起こすことはなかった。


「・・・・・あの、ここは?」

色々聞きたいことはあったが、とっさに出てきた言葉がこれだった。

目の前の女性は、にっこりと笑いながら『ここは、時空の狭間よ』と答えてくれた。



彼女の名前はユリアナと言った。

しかも、自分は神様なのだと自己紹介してくれた。

本来なら「胡散臭い」と、一笑に付す有里だが、この状況ではすんなりとまではいかないものの、つい納得してしまう。

ユリアナは見た目は二十代後半くらいで、腰くらいまである長い黒髪と、白い肌、美しい顔立ちをしていた。

神様と言うよりはどこか人間じみた美しさではあるが、その瞳を見ればやはり神様なのかも、と思ってしまう。

髪と同様、黒い目だが、その瞳にはまるで琥珀の様な煌めきが散りばめられ、人外であることを証明しているようだった。


『怖い思いさせちゃってごめんね~。しっかり掴まえてたはずだったんだけど、邪魔が入っちゃって・・・』

ユリアナは女神と自称する割に、会話がちょっと軽い。その所為か、親近感を醸し出している。

「あの、私・・・・死んだんですよね?」

『うん、そうだね。自分の姿、見てごらんなさい』

言われて初めて自分の身体を見た。

「これは・・・・」

身に纏っているのは、白い着物。死に装束と言うより、


「白無垢・・・・?」


真っ白な掛下着と打掛。

打掛には金糸で模様が描かれ、帯には末広と懐剣が差されている。

どこからどう見ても、花嫁衣装である。

『あなたの家族が、死に装束では寂しすぎるって。お葬式しないのならせめて、豪華な衣装で送り出そうって、なぜか白無垢になったらしいわね』

その言葉に、ぽたっと、大粒の涙が手のひらに落ちた。

「・・・あの子達・・・・」

生前、自分が死んでもお葬式はいらないと口酸っぱく言い聞かせていた。

確かにお世話になった人たちへの挨拶も重要だが、これから生きていく残された家族たちの生活の方が大事だと考えたからだ。

大した額の保険金ではないが、これから生きていく為に使ってほしい。

彼等はそれを、遺言となってしまった自分の願いを、叶えてくれようとしている。

「・・・焼いたら無くなっちゃうのに・・・こんなきれいな着物で送ってくれるなんて・・・」

ぼろぼろと止めどなく涙がこぼれ落ちていく。

嗚咽が漏れそうになるのを唇を噛み締め、声を飲み込み堪える。


そんな有里を愛おしそうに目を細め見つめるユリアナは、そっと彼女を抱きしめた。

『声、抑えることないよ。泣いて、いいよ』

その言葉が引き金となり、有里はまるで子供のように声を上げて泣いたのだった。

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