リキとの出会い(アリアローゼ視点)




わたしはあと何日生きられるのだろうか。


体が熱いのに寒い。ずっと怠くて痛い。


こんな苦しいのは嫌なのに不思議と死にたいとは思わない。


わたしはあれだけ酷いめにあったのにまだ希望を持ってしまっているのかな。




ヤイザウ侯爵のもとからここに戻ってきてからも3回ほどわたしを買ってくれた人がいた。


最初はわたしをかわいそうだといった貴族夫婦。子どもで奴隷なんてかわいそうだといって最初は優しかった。

だけど、10日もしたら暴力を振るわれるようになり、5日もしたら殴ることにも飽きたのか、罵詈雑言を浴びせられたあとに売られた。そのときにわたしが夜中に泣き叫んでいることを教えられた。


次は子どもに恵まれなかった平民夫婦。

傷だらけのわたしは平民夫婦でも手を出せる値段だったらしい。そもそも子どもの奴隷は滅多にいなく、きっとこれは運命なんだと夫婦はいっていた。

最初はとても優しく本当の子どものように接してくれていたと思う。

だけどやっぱり5日もしたら暴力を振るわれた。

夜中に泣き叫ぶことは知ったうえで買ったはずなのにうるさいといって毎晩殴られた。

そして10日後に売られた。


最後の人は性的な意味で子どもが好きな貴族男性だった。

だけど初日にわたしの傷を見て興味を失ったらしい。でも、その男性が飼っていた魔物がわたしを気に入ったらしく、10日ほどその魔物と同じ小屋で過ごした。

魔物は危険だと本で学んでいたから怖かったけど、今までのご主人様の中で一番優しかった。使い魔は野生の魔物とは違うみたいだ。


だけど、飼い主よりもわたしと仲良くなったことが気に入らなかったらしく、男は魔物さんにわたしを食べるように命じた。


魔物さんは命令に背いてわたしを食べようとしなかった。そのせいで飼い主に殺されそうになっていたから、わたしは受け入れようと思った。


名もなき優しき魔物さんにだったら食べられてもいいかなって。


魔物さんはわたしの意思が伝わったようで、しばらく迷った素振りを見せながらも噛みついてきた。

だけど、すぐに口を開いて、牙が刺さって出来てしまった傷口を舐め始めた。

その行動がよっぽど気に入らなかったのか、わたしも魔物さんもいっぱい殴られた。


そしてわたしはまた売られた。


あのとき魔物さんに噛みつかれたせいかはわからないけど、わたしは病気になった。だから今までの檻とは違う隔離部屋の檻に住む場所を移すことになった。


体が傷だらけで病気を持っている子どもなんて買ってくれる人はいない。ただ、例外で死体に限り買ってくれる人がいるらしい。

だからわたしはここで衰弱か餓死で死んで、その人に買われるのだろう。





意識が朦朧としてきた。


そろそろ限界なのかもしれない。


いつからご飯を食べていないのかは覚えていないけど、全然お腹が空かない。水を飲むのも辛いから、今日はまだ一口も飲んでいない。

そのせいか喉が渇いて痛いけど、なんだか水を飲みたいとも思わない。


動くのも喋るのも辛いけど、音は勝手に聞こえてくる。この部屋がすごく静かだからというのもあるのだろう。2つの足音がこちらに向かってくる。


もうご飯の時間なのかな?


どうしよう。今日も朝ごはん食べられなかった。もったいないとはわかっていても最近は全然食べられない。ごめんなさい。


「こちらの商品は皆病気持ちなうえにほとんどが部位を欠損しております。」


デニーロさんの声だ。


デニーロさんがここに来るなんて珍しい。ご飯はいつもお兄さんたちが交代で持ってきているから、デニーロさんの声を聞くこと自体が久しぶりな気がする。


部屋に入ってきたのはデニーロさんと知らない男の人だ。なんだか怖そうな人だ。


怖そうな男の人がわたしの檻に近づいてきた。この人も子どもが好きなのかな?こんな死にかけでもわたしはこの奴隷市場で唯一の子どもらしいから見にきたのかな?


「そちらの商品は奴隷と奴隷の間に生まれた子どもです。うちでは基本は12歳未満は取り扱わないのですが、奴隷と奴隷の間の子は奴隷としてしか生きられないので5歳まではうちで育て、その後は商品として売り出したのですが、教育が足りなかったのか最初のお客様のところで精神的に病んでしまい、うちに戻ってきたのです。その後も何度か売れるのですが、長く続かず戻ってくるを繰り返し、今では病気を患って死ぬ間際といったところです。」


「病気は治せないのか?」


「治療師等に診断させたわけではないのでわかりません。仮に治るとしても薬に見合う売り上げを見込めないので、処分の方向で考えております。」


処分を考えていることは知っていた。前に一度デニーロさんに死体コレクターのお客様の話をされたときに謝られたこともある。でも仕方がないと思う。今のわたしは神薬くらいでしか治せないらしいから。


神薬はわたしが一生寝ないで働き続けても返せない額だと思う。本でつけた知識のせいでそんな現実を知ってしまったのは良かったのか悪かったのかはわからないけど、このまま死んでいくことを受け入れることはできた。


「ちなみにいくらなんだ?」


男の人がわたしの値段を聞いていた。体はボロボロだし、病気ももう治らないかもしれないといわれているのに買うつもりなのかな?生きてるわたしにもまだ価値があるといってもらえているようで、少し嬉しいと思ってしまった。


「銀貨20枚ですが、もううちで買い取りはできないので、オススメしませんがよろしいので?」


あれ?死体コレクターの人に死んだら銀貨50枚で売ることになるといっていた気がする。

わたしはもうすぐ死ぬだろう。だから放っておけば銀貨50枚が手に入るのに何故それよりも安い値段で紹介したのかな?


そんなことを考えていたら、男の人は檻の扉のところまで近づいていた。


「おいっ。」


体がビクッと反応した。


この人はなんで怒っているんだろう。

最初から怒っている人は初めてだ。怖いな。


無視はしてはいけないとわかっていても、体が思うように動かない。なんとか重い頭を少し上げることはできた。


「こっちに来い。」


この人は無茶をいう。きっと今までなんでも自分の思うように出来てた偉い人なのだろう。こういう人に逆らうと酷いことをされるのは学習した。


動かし方すら忘れてしまったかのように動かない体に頑張って力を入れ、なんとか立ち上がれた。倒れたらもう立ち上がれないだろうから、倒れないようにゆっくりと歩いた。


遅いと怒られるのを覚悟していたけど、これ以上早くは歩けない。でも、この男の人はわたしが近づくまで何もいわずに待ってくれた。


「名前はなんていうんだ?」


わたしに直接名前を聞いてきた人は初めてかもしれない。喉が渇ききってしまっているわたしへの嫌がらせだろうか?

それでも無視して酷いことをされることに比べれば、喉の痛みくらいは我慢できる。


「…リア…ゼ…。」


声を発するのが凄く久しぶりだったからか、まともに喋れなかった。


男の人がしゃがんで目線を合わせて睨んできた。ごめんなさい…ごめんなさい…。


「聞こえなかった。もう一度だ。」


「アリ…ア…ローゼ。」


「アリアローゼか?」


返事をしようとしたら喉が張り付いて声がでなくて、頷いた。


「俺と一緒にきたら薬をやる。だがそれで治ったら魔物との戦闘を強要する。それでもよければ連れてってやる。選べ。」


この状態が治るというのが本当なら嬉しい。だけど病気が治ったからといってわたしが魔物と戦えるわけがない。この人はわたしが魔物に食べられるのを見て楽しむ人みたいだ。


病気に苦しみながら死ぬか、元気になってから魔物に蹂躙されて死ぬか。

どっちを選んでもわたしは死ぬ。

だからなんと答えていいかわからず口を開けては閉じるを繰り返していたら、勝手に涙が流れた。


水分が足りないせいか一筋だけだけど、まだわたしが泣けたことに少し驚いた。


「奴隷商。」


「なんでございましょうか?」


「奴隷解放ってできるのか?」


「できますが、なんの利点もございませんよ?」


「あぁ、わかってる。」


わたしが何も答えないことに怒っているのか、デニーロさんと話した後にまたわたしを見た。


「もし俺がけっこうな力をつけて1人で戦えるようになるか、もしくはアリアローゼが頑張って金貨3枚分の働きをしたら解放してやる。その後はアリアローゼの好きにすればいい。」


奴隷を解放?


この人はなんで奴隷であるわたしと約束事をしようとしてるのだろう。


ご主人様と奴隷は命令する側とされる側があるだけだ。


最初は優しかった夫婦にしたっていい方が“お願い”に変わっただけで対等に接してはくれなかった。本当の子どものように接してくれてたとは思うけど、どこかでご主人様と奴隷なんだと感じさせられていた。


でもこの人は最初から怖そうで威圧的なのに対等に接しようとしてくれる。


こんなの他の人たちと同じで取り入るための嘘かもしれない。


それでももう一度信じてみたいと思ってしまう自分がいた。これだけ傷つけられてもそんなことを思ってしまうわたしは馬鹿なのだろう。


「お願い…しま…す。死にた…ない。」


「わかった。」


そういって男の人は微かに頰を緩めた。

僅かな変化だったけど、なんだか見ていて落ち着く笑顔だった。




こうしてわたしは怖いけど優しい、まだ名前も知らないご主人様の奴隷となった。

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