第140話

 そもそも、恒星核という現象は一人につき一つが原則である。発現させる人間すら稀だが、これだけは過去の事例を見ても明らかな事実だ。


 何故ならば、恒星核とは自身のアイデンティティの具現化である。心の内に蓄積された自分だけの視点、自分だけの世界を外へと放出させる。だからこそ、それは幾つもの種類を持たない。一人に一つだけの、言わば必殺技の様なもの。


 そんな現象が、たかだか願いと想いを重ねただけで出力を増大させ……あまつさえ能力の性質を塗り替えるなど以ての外だ。強力無比な力は容易に世界法則までも浸食し、恒星核であって恒星核で無い全く新しい力へと昇華される。 


 存在するだけで、そこに在り続けるだけで世界を塗り替える。初めてこの現象を発現させた『幽琴星』の本質とは生命の裁定である。命という光を死という闇へと自由に誘える、その境界線を操る力。


 では何故、今の世界にその法則が流出していないのか。答えは簡単である。肝心の片割れである幼きアイルの魂が星座の奥深くへと沈んでいったからだ。故に魔王はその力の全てを失い、滅殺の力のみが残された。


 『冥王星』というコンパスを頼りに、共に掲げる思想を同じ者同士は、星の光の滅殺者は互いを何度も殺しながら星座の中を墜ちていく。




――――


 ――――死ね、死ね、死ね。


 ――――死ね、死ね、死ね。


 互いが互いを殺す為だけに振るい続けられる。俺もマオも全力でなければ喰い破られるという事を理解しているからだ。


 だが奴は俺を生かしておきたい理由がある筈だが、全力の殺意を向けてきている。


「――――、ッ!?」


 脳が痙攣を起こし内臓が何度も破裂する。皮膚は泥の様に緩やかに爛れ全神経が死んでいく。


 触れただけで滅殺される影に数時間晒され続けながらも戦い続ければこれは当然の帰結であった。星の力を極限にまで振るいながら、精神力だけで相手を殺そうと躍起になり襲い掛かる。


 そして崩れ落ちそうなのはマオも同じ。


「――――、ハァッ!」


 何度も再生と死を繰り返し俺とマオは永遠に戦い続ける。


 しかしこちらとしては悠長に戦ってはいられない。


 星座の落下中、本物のアイルを見つけ出してしまったのならばそれで俺などお終いだ。『幽琴星』による生と死の裁定。それを見つけ出される前に決死の覚悟で殺しに行かなければならない。


「――――オオォッ!!」


 故に戦局は若干の差異はあれど俺の優勢で続いている。マオには輝かしい未来、本物のアイルとの余生を過ごすという目指すべき夢があるが、俺に未来は必要ないのだ。


 別れは済ませた。二人以外の全生物の消滅など見過ごせる訳がない。大義や正義を守る為などと恰好を付ける訳では無いが、この局面になってしまえば仕方のない事だろう。


 星の光を怨む為に造られた哀れな機械。正直な所、同情するし出来る事なら二人を引き合わせてやりたいとも思っている。


 それでも、それだけは駄目なんだ。この方法では世界が死んでしまう。お前はあの時……俺という存在を別世界から引っ張ってくる前に、何千年経とうが別の方法を探し出すべきだったんだ。


 それすら理解できてしまう。俺でもそうするし他の方法など知った事かと投げ捨てる。それでも今は少しだけ世界についても考えられる頭を持ったから、何処かの誰かを大切に思う心の尊さを教えてくれる奴がいたから。


 ――――だから。


「――――死ねェェッ!!!」


 互いの声を重ね合いながら、お前は死ねと叫び続ける。




――――


 糸が一つ、糸が二つ、糸が三つ。


 重なり結び、一つとなる。


 いつか見上げた天空に輝く蒼は見出せず。


 地獄の窯に放り込まれて骨まで溶けて咽び泣く。


 肌と肉の隙間に水銀を流し込み、無敵の鋼に成り果てる。


 夢に描いた銀河の果ては――――。


「随分と面白い事をしているのね。貰っていくわ」


 蹂躙する漆黒に、我らの胸を強く打たれる。


「錬金術……知識としてはあるけれど……不思議ね。こんな事まで出来るなんて」


 我らの女神は無邪気な顔を作り上げフラスコの中の小人を見下ろす。


「あなた――――お名前は?」


「俺は――――」

「僕は――――」

「私は――――」


 吹き荒ぶ、ただの一陣の風でしかなく。


「『嵐王星トラキア』」




――――


 ――――蛇毒を啜り聖なる楽園からその身を落とす哀れな残し子よ。

 貴方の嘆きは誰も聞かぬし踏み潰す。その願いは永久に叶う事など無いでしょう。

 夢に描いた銀河の果ては、幽界の王より賜った。

 穢れたこの身に誇りを宿し、山岳を下る嵐を起こして見せましょう。

 この世界において、貴方に敵う者などいないと。


 ――――この天空は既に我らの味方なり。碧の裁きを今こそ受けよ。


「『嵐王星トラキア――吹き荒べ、ブリムストン・大いなる三叉嵐エスメラルダ』」


 吹き荒れる嵐。暴風壁を作り上げて見せたその精密性と能力強度、部隊から分断されたこの小さな戦場を蹂躙する風の津波。


 岩すら両断し吹き飛ばす。何重にも広がる竜巻はそれすら取り込み新たな武器と化す。


「いきなり全力かッ!」


「当然ですとも。まだまだ大勢残っていますからね。貴方達に対してあまり時間を使う気はございません」


 暴虐の嵐を前にミユキとクリスティーナは為す術もなく飲み込まれていく。


 嵐を司る力。全ての戦場を分断してなおこの威力、人類史においてあらゆる存在へと被害を齎した自然現象の王として、その力は遺憾なく発揮される。


「ふむ……所詮はこの程度ですか」


「だったらこっちも全力で行きますよ」


 トラキアの背後、クリスティーナはミユキを抱えたまま翡翠の雷を纏った姿で立っている。


「ほう……」


「救援に向かいたいのはこちらも同じですから」


「助かったよ。いやぁ、速いね」


 余裕綽綽な態度でミユキは地へと足を着ける。土埃を軽く手で払いトラキアの浮遊する地点を指差す。


「どかーん」


「――――、ッ!?」


 気づいた頃にはもう遅いと嘲笑い巨大な爆発が巻き起こる。


 紅蓮に燃える業火に、身を引き裂く様な零度の水。様々な属性を取り込んだ爆発は鳴り止む事を忘れ無限にトラキアの体を吹き飛ばし続ける。


「クリスちゃん! 行けるかい!」


「うん――――仕留めてみせる」


 地上を塞ぐ嵐よりも遥か上空。稲光を見せる巨大な雷雲が漂い、今にも破裂しそうな程膨張を続けている。


 ミユキの生成した雷を増幅する門を三度潜り抜け、翡翠の落雷は地上へと突き刺さる。


 光の数秒後、大気を叩き割るかの様な轟音が戦場全体に流れ出す。分厚い暴風壁の一部を吹き飛ばし、外の様子すら伺えた。


「うわっ。我ながらえげつない威力……」


「ナイスコンビネーション、ミユキちゃん」


 差し出された手に応える様に叩き、呆れた様にか細く笑う。二人が勝利を噛み締め、別の戦場へと視野を向けた――――その瞬間。


「――――、ッ」


「……ミユキ……ちゃん?」


 翡翠の輝きが一度だけキラリと輝いた瞬間、最早雷の速度を超え、光速にまで達した何かはミユキの横腹を貫いた。


「おや……防ぎましたか。中々やるようですね、見くびっていましたよ」


 クリスティーナの鼻孔を擽るのは肉の焼ける匂い。何が起こったのかを理解出来ていない内にミユキは地に倒れ、ソレが爆煙の中から姿を現す。


「我々は……嵐。即ち自然現象の象徴なのです。それが――――高々威力を底上げした落雷程度で、朽ちる道理は無いでしょう」


 見れば三つの紐で形成されているトラキアの体の内の一本は眩しい程に翡翠色の輝きを放っていた。自然現象である嵐、概念的なそれを自由自在に操る彼らに雷は通じない。それどころか、この世で発生する全ての自然現象を取り込み、彼らは更に力を増していく。


 魔王に聞けば当然の様に答えるだろう、純粋な戦闘能力では六残光最強はトラキアであると。


「では、残り一名。手早く片付けてしまいましょう」


 逃げ場の無い暴風壁の中を、膨大な嵐が敷き詰める。自然界に飲み込まれたただの人々は、抗う術など持ち得ない。

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