第89話
「おそーーーーいッ!! おそいおそいおそいおそいっ! おそーーーーいッ!!」
「いやあ、最後のベーコンが強敵だったね。うんうん、間違い無く」
姉のミリンから受け継ぐような金の髪を振り回し、レイの幼馴染であるミノアは地団駄を踏む。
「なにっ!? アタシが十分待ってた間にアンタは優雅に朝食タイムってワケ!?」
「間に合っただろ~? うるさいなぁ、もう」
自身より遥かに小さい幼児体型をした幼馴染の頭にポンと手を置くが、それすら逆効果と言わんばかりにミノアの顔に熱が灯る。
「間に合ってないじゃないっ! 十分の遅刻だって言ってるのっ!」
「遅れるかもって言ったじゃーん。もう、家が近いんだから迎えに来てくれてもいいのに……」
「アンタ甘やかすと怠けるじゃないのっ! そんな怠惰許しませんからねっ!」
顔を合わせる度に行われる夫婦漫才に周囲の視線から温かく見守られる。
「いいから行こうよー。さっさと買い物終わらせよー」
「んんまっ!? そんなアタシとの買い物が面倒臭いみたいな言い方ぁっ!?」
「メンドクないって……ほらほら、行くよ!」
「ああっ!? ちょっ、ちょっとっ!?」
ミノアを抱えてレイは星光体の身体能力を遺憾無く発揮する。
お姫様の様に抱き抱えられたミノアは先程の怒号が嘘の様に静まり帰り、連れて帰って来た猫の様にその体を丸まらせている。
「こーすると静かになって可愛いのに」
「うぅ――――うっさいッ!」
腕の中で小さく吠える幼馴染の姿に微笑ましくなりながら、レイは村の中を駆けて行く。
「おおっ、レイ! 元気良いなっ! ホレっ!」
「あんがとゴトウさんっ!」
果物屋の主人から投げられた二つのリンゴを華麗に宙でキャッチしながら速度を一切落とさずに走り抜ける。
「デザートゲットっ!」
「ぎゃぁっ!? ちょっとっ!? 汁が垂れてきたじゃないっ!?」
「ああ、ごめんごめん」
「ごめんじゃないのよっ! 淑女の一張羅になんて事を――――」
「一張羅て……ハイハイ、舌噛まない様にねっ!!」
速度を上げ、村の中央に存在する大木の幹を蹴り上げ遥か上空へとその身を運ぶ。
「――――『
空へと昇ったレイの背には漆黒に濡れた二枚の羽が出現する。星の光で構成されたそれは半透明で日の光を透かし煌びやかに漆黒を噴出する。
「レーイっ! 二人でデートかぁ!?」
村を飛び出し、都へと飛翔していると森の中でとある青年に声を掛けられる。
「そんなもんっ! 足滑らすなよっ!」
「んんなっ!? な、なななななな――――デ、デートだなんて――」
「アッハッハッハッ! 照れんな照れんな!」
森の中のとある木の上。そこにはレイと同年代の友人達で作った木製の秘密基地が建てられている。
そこから幼馴染であるテオが顔を覗かせ、何時もの様に二人を茶化す。
「て、照れてなんてェェェェェ―――――ッ!!」
「だーかーらー、舌噛むよって」
もう一段階加速をし、周りの風景が後ろへと溶けて消えていく。周囲の木を蹴りながら、漆黒の羽を推進剤の如く噴かせる。
空を自由に飛び交う羽ではなく、推進剤としての役割を担っているのが『烏星』本来の力である。
「――――よっとぉっ! とうちゃーく」
「………………」
巨大な滝がトレードマークとして存在感を見せ、緑豊かな街並みを行き交う者達の目は活力に満ち溢れている。
滝の麓には星神であるユーレリアが祀られており、今もなお健在な姿でこの都を統治している。
「どったの? そんな吐きそうな顔して」
「吐きそうなのよ! アンタ、いつもより荒っぽいじゃないのっ!」
「良い風が吹いてたからさぁ、テンション上がっちゃって」
「ええいいわ、であればそこで見ていなさい。うら若き乙女が公衆の面前で嘔吐する姿を……」
「うんうん、背中、擦るよ?」
親指を立て、最高の笑顔でレイなりに気を使うがミノアにとっては逆効果らしく、顔を真っ赤にして抗議の為にレイに迫る。
「何なのよーっ! もうちょっと、『そんな恥ずかしい姿は私以外に見せたくない。さあ、アソコの木陰で休もうか』ぐらい言えないのよっ!?」
「本の読み過ぎだよ。友人関係でそんな口説き文句みたいなのする訳無いじゃん」
「ドライ過ぎるのよっ! もう少し手心って物をねぇ!」
「本気で辛ければ分かるってば。何年一緒に居ると思ってるの?」
「うっ――――え、ええっと……そう! 髪、髪も乱れたわっ! せっかくセットしたっていうのに――――」
あたふたと慌てふためくミノアの頭をレイが少し強めに撫で付ける。
「いいじゃん、どんな髪型でも可愛いし」
「あっ――――あぅ…………うぅ……」
「それで、何買うの? 私、ワッフル食べたいんだよねぇ」
「あっ……後で、買ってあげるわよ……」
「マジっ!? やったぜーっ! ホラホラ、行こうよっ! せっかく都まで出て来たんだからっ!」
「わーっ! こらぁっ! 引っ張るなったらーっ!」
レイに手を引かれる様にしてミノアと共に中央通りまで躍り出る。
来るもの拒まず、出るものも拒まず。そんな自由な都には数多くの種族が闊歩している。それ故商人達には格好の稼ぎ場ではあるが、並の物を売っていてはそもそも誰の目にも留まらない。
中央通り、それも通りに表立って並んでいる様な物は全て皆に認められるような人気で質の良い品ばかり。
優秀な物は売れ、粗悪な物は売れ残るかそもそもその場に並びもしない。商人間の弱肉強食が合い見えるが、それは幼い少女達には関係の無い話。
「んんーーっ! めっちゃうめぇーーーーっ!!」
「ストロベリーダブルワッフル………二千マニー……ふっ、ふふっ!」
肉厚なワッフルにこれでもかと苺を乗せ、ストロベリーソースをこれまたこれでもかとぶっかけた都一の流行スイーツである。
値段相応の品ではあるが、裕福ではない只の村人にとってこれはかなりの痛手である。
「なに? 変な声出して」
「何でもない……何でもないのよ……」
「ほぉらっ、美味しいよ? 一枚上げるっ! 特別だよ?」
分厚いワッフルをそのまま切り分ける事もせずにフォークを突き刺しミノアの方へと差し出してくるレイ。
「ちょっ! ま、待ちな――――」
「はいっ! あーーーーんっ!」
「あーーーーんっ!」
それは魅惑の言葉。即ち、相手の方から料理を差し出され『あーん』をされるというシチュエーション。恋に恋するうら若き乙女はその盲目さに付け込まれる様にして無防備に大きく口を開ける。
「あっ――――もがぁっ!?」
当然、結果はこの通り。
このワッフルは小さな女の子の口に一口で収まるような作りには出来ていないのだ。当然にして自身の限界にぶち辺り、顎の辺りで骨の擦れる鈍い音が鳴り響く。
「もげぇぁっ!? あぁふぁ――――ほぉっ!?」
「おいしーでしょっ!? すごいなぁー、都は。来る度に新しい物が増えてるし」
そんな幼馴染などお構い無しにレイは無邪気に周囲を見回す。
幸いにして、ワッフルに悪戦苦闘する乙女の顔をレイにはあまり直視される事無く事態を収束した。
「うぅ――――い、行くわよ。もう十分堪能したでしょ?」
「あいあい、お嬢様。何処までもお供しますよー」
レイの何気ない言葉に少し頬を赤らめながら、ミノアは本来の目的地である店へと足を運ぶ。
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