幕間 回想:星の光を滅ぼす者①

 これはアイルがまだ四歳の頃、五歳の誕生日を迎える直前の物語。


 舞台は王都より離れたフール村で巻き起こる。


 時が止まった様なこの村で幼馴染みと共に毎日を楽しく過ごすアイルという少年の姿が見える。


 とても優しく、思いやりに溢れている少年は誰からも好かれていた。


 この当たり前の日常を大切だと自覚する自我は幼い少年には備わっておらず、ただ毎日を楽しく過ごしていた。


 そんなアイルの日常に誰の意志も介在する事など無く、ただの運命により巡り合う。


「だいじょうぶ?」


 偶然他の友人達がそれぞれの都合により村を離れていて、偶然両親も森へと出掛けて家を留守にしていた。


 ほんの少しの冒険心がアイルの心に湧き上がり、村の少し離れにある洞窟へと誘った。


 黒く濡れた漆黒の長髪を垂らした少女が苦しそうに呻いている。最低限の局部しか隠せていない白い布を身に纏った少女にしかし、照れるという感情など少しも見せず介抱する為に駆け寄る。


「……ハァ……アッ……アァ……来るな」


「で、でも……す、すぐに村長さん呼んでくるからっ!」


 洞窟の奥で少女の安否を確認し、踵を返すアイルを少女は勢い良く押し倒す。


「――――うわっ!?」


「星の力の持ち主か……ちょうど良い」


 少女が、口から牙を覗かせ、アイルの小さな首筋へと乱暴に噛み付く。


「――――ッんん!?」


 幼い少年は訳も分からず抑え付けられ、されるがままに少女から星光を吸い出される。


 アイルの脳裏に思い描かれるのは少女の記憶、星の光の知識、自身の創造主に叫び続ける怨嗟の咆哮。


 光と闇の極点同士が交わり合った為に生じた奇跡の会合。


 光でありながら闇を浄滅させず、全てを優しく包み込む包容力に吸い寄せられる様にアイルの中に別の黒い光が流れ込む。


 これこそが少女の星の光、マーク・プルート・オルタナティブの滅殺の力。


「――――、ッ!?」


 光の中に闇が溶けていくのと逆の現象、闇の中にアイルという光が僅かに滲み夜を照らす。


「――――貴方は……」


「いいよ」


 頭の中にあらゆる知識が渦巻く中、アイルは優しく両手を広げ次代の魔王を受け入れる。


「今は……必要……でしょ?」


 その瞳を涙で濡らしながら、少女の頭を抱き締める。


「ええ……ごめんなさい……今は……」


 アイルの優しい光に照らされ、先程の乱暴さは一切見せず、優しく、壊れ物を扱う様に首筋に牙を立てる。


「マーク……プルート……ええと、オルタナティブ……なんだよね?」


「そんな名前……気にしなくていいわ。名前なんてただの記号よ」


 星光を大方吸い終えた少女とアイルは共に肩を並べて洞窟の壁に背を付けながら座り込む。


「そんなんじゃ寂しいよ……。えっと……マ……マ……まぷおなんてどうかなっ!?」


「……それは……やめてもらってもいいかしら」


 少し呆れた様に少女が言う。


「じゃあ……じゃあ……マオ……は、どうかな?」


「マオ……マオ……ええ、それでいいわ」


 優しい少年の気遣いに癒されながらマオは僅かに頬を緩める。


 お互いが何を喋る事も無く、お互いがお互いの存在を確かに認識をする様に肩を寄せ合う。


「天蓋から墜ちてきたんだよね?」


「…………ええ、そうね」


「さっきの記憶は?」


「……おそらく、一種の共鳴現象じゃないかしら。性質が極端に異なる星同士がぶつかって起こった現象……かしらね。ごめんなさい、こんな事一度も見た事が無いから」


「……マオは神様……じゃ、ないんだよね?」


「星機体……ええ、この体は機械の体で……星神の連中とは比べ物にならない力が備わっているわ」


「…………創造主さまと……喧嘩したの?」


「ボロボロに負けちゃったけどね」


 憂いを帯びた表情に憎しみを混じらせ虚空を睨む。


 一陣の冷たい風が洞窟内へと吹き込み、アイルは小さく身震いする。


 一瞬迷い、しかしすぐにアイルは自身の上着をマオの肩に優しく掛ける。


「……どうしたのかしら?」


「さ、寒いでしょ!? そ、それに……女の子がそんな恰好じゃ……その……ええと……さ、寒いかな……って」


 何かを誤魔化す様にそっぽを向くアイル。


 マオは自身の身体を見下ろし、数秒考えた後に合点がいく。


「そうね、肌を見せ過ぎちゃってるものね。お気遣いありがとう」


 局部に掛かるほんの僅かな布切れ。最初は少女の事を心配し目に入らなかったアイルだったが、一度落ち着いて見てみればこれはいけないと上着を寄越したのだろう。


「でも、いいのよ? この程度の寒さは平気だから。貴方は寒いでしょ? それに、私も出て行くのだから……この上着は返すわね?」


 ここから出て行く。


 その言葉を聞いたアイルは両手でしっかりとマオの右手を力強く握り締める。


「…………アイル?」


「いやだよ……だって……もっとお話ししたいよ。このまま死ぬなんて……ダメだよ」


「――――、ッ!?」


 氷の塊と化したマオの心に熱が灯る。


「だから……寒いのなんて――――」


 言葉は途中で遮られ、気が付けばアイルはマオの小さな腕の中に納まっていた。


「マ、マオッ!?」


「ごめんなさい……少しだけ……こうさせて?」


 機械であり、被造物であり、創造主へと無限の報復を運命付けられた少女。


「アイルは……あったかいね……」


 全ての生命を尊ぶ優しい光。心地の良い光に照らされながら、二人は共に目を瞑る。


 日の光が届かぬ洞窟の奥で、嘆きを詩う吟遊詩人と幽界の王が巡り合う。


 ――――星のマーク・光のアステリオ・創造主フィクスライザー、滅ぶべし。


 温かな詩人の詩を聞きながらも、マオの胸には漆黒の炎が灯り続ける。

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