幕間 回想:星の光を滅ぼす者②

 それから数日、アイルとマオは交流を果たす。


 洞窟内に楽し気な二人の声が反響を続け、楽しげな詩を奏でる。


「この前マフラーの編み方習ったんだー! マオにも編んであげるねっ!」


「ふふ……もうすぐ冬も終わるのに?」


「い、急ぐからっ! で、でも……間に合わなかったら来年という事で……」


「そうね、楽しみにしているわ」


 互いが理想の未来を夢想し語り合う。そんな日が来ればいいのにと薄く笑い、マオはアイルの頭を軽く撫でる。


「……もしかして……子供扱いしてる?」


「子供じゃない、こんなに小っちゃいのに」


「こ、子供じゃないよっ! 身長だって少しずつ伸びてきてるし……」


「いいのよ、ごめんなさいね。貴方はゆっくりと成長し続けなさい。それは人間にしか出来ないのだから」


「……もう、マオはそうやってすぐに暗い顔になるー!」


 アイルの小さな指がマオの頬を押し込む。ぷにぷにと柔らかな感触と共にマオの顔が可笑しく歪む。


「そうね……確かに、悪い癖だわ」


 マオはお返しと言わんばかりに両の手でアイルの両頬を掴み上げる。


「いふぁっ!? いふぁい、いふぁいっ!」


「うふふ、可愛らしいお顔だこと」


 愛おしそうに頬を赤く染め、幼いアイルと触れ合うマオ。


 そこに機械らしさなどは微塵も無く、それでも胸の闇は掻き消えない。


 今ではこれが二人の日常。掛け替えの無い、何よりも大切な二人の記録。


 ――――殺しに来いよ報復者アベンジャー、それが貴様の運命だ。


 ――――消えろ、死に絶えろ。今この瞬間だけは、どうかアイルだけを感じさせて……。


 後一日、後一日、そうしてずるずると先延ばしにする様に心の底の声を無視し続けるマオ。


 どうかこの日々が永遠で在れと願う彼女の声は虚しく闇へと消えるのみ。


 そんなとある陽光の差す日、創造主が日常を破壊する。


 いつもの様に隣り合いながら談笑するアイルとマオ。


 そんな中、アイルのみを狙う様に出現する光の柱。柱は星の煌めきを蓄え、遥か上空から天蓋を突き破りながら洞窟の底まで貫いて見せた。


「――――えっ?」


「――――、ッ!? アイルッ!!」


 叫んだ手も届かず、そのままアイルは虚空へ消える。創造主の待つ、天蓋の果てへと……。


「『外法サークル強制帰還リコール』ッ!」


 それはマオ達に備え付けられた強制帰還機構。この宇宙の何処に居ようが関係無く、創造主の待つ玉座へとその身を転移させる。


 星の光の創造主が待つ星門へとその身を導かれ、眩いまでの煌めきにマオは微かに顔をしかめる。


「返しなさい――――ッ!!」


「僅かに精神が不安定だな……報復の意思が和らいでいると見える」


 遥か彼方に見える星座への入り口、星門を構え、星を固めて創り上げた研究室の様な城塞の中、聡明たる男とも女ともつかない声が鳴り響く。


「第六百六十六回目の実験だ。縁起が良いな、何かの拍子で越えられるやも知れん」


 実験という言葉に対し、マオは酷く怯えた様子で星の影を睨み付ける。


 辛うじて人型を保っているものの、それは最早人とは断じて呼べはしない。肌の全てに銀河の様な煌めきが散りばめられ、宇宙そのものを覗いているかの様な錯覚に陥れられる。


 トレードマークの白衣を靡かせ、興味深そうにニヤニヤと口を模した銀河が蠢く。


「愛か――――成程、これは盲点。そんなモノは創作物上でしか力を発揮しないと思っていたが、どうやら間違いらしい」


 極彩色に彩られた星の牢獄が宙を舞い、マオの目の前まで運ばれてくる。その中で眠るアイルには既に意識は無く、眠るように星の牢獄という揺り籠に揺らされている。


「アイルッ!」


「この男が欲しいか? マオ」


「その名で私を呼ぶな、アステリオッ!!」


 激昂するマオにしかし、アステリオは嬉しそうにその成果を見守り続ける。


「気持ち、精神、気合に根性。まさかこれ程までに影響されるとは……。今後のシステムにも組み込む価値が有りそうだ……」


「アイルを――――返しなさいッ!」


 怒りと共に放たれるのは漆黒の影。それ自体が全ての生命を滅ぼす絶死の影。遥か未来で『冥星』と呼ばれる星の力に類似する能力。ただ殺す事に特化したそれは『冥星』の力の優に十倍。


 捕らえた者を容赦無く屠る幽界の王に相応しい力。


「――――何故だ?」


 その影をいとも簡単に――――いいや、そもそもアステリオは回避すら放棄しマオの攻撃を正面から受け止める。


「力は強まった筈だろう? どうして、何故この程度なのだ。精神力を推進剤にして何故この程度の――――ああ、性質が変わったのか」


 どこか納得した様に自己完結し、ポンと可愛らしく手を叩いてみせる。


「今までは純粋な殺意しか無かったが……そうか、愛を知って変わったか……ふぅむ、精神力、感情、興味深いな……」


「いいから、死ねッ! 死んでッ! 死になさいよッ!」


 アステリオは不動のままマオの殺意に晒され続け、頭を捻りながら自身の思考に浸っている。


「成る程、これが感情か……悪くないのやも知れんな……」


 ふと頭を上げマオを直視しその双眸の奥底を覗き込む。


「いいだろう。第六百六十六回目の実験で最後だ」


 気が付けばマオの目と鼻の先にはアステリオの銀河の双眸が構えられていた。マオは少し後退り、問い掛ける。


「最後……?」


「ああ、最後だ。感情を知り、愛を知り、一体何者になれるのか。今回の実験はそこを落とし所としよう」


 始まりはアステリオを殺す為に創設されたプラン。マオの中身を改造し続け、今日まで至るがその日々も今日が最後なのだと言う。


「貴様が勝てなければ、アイルは死ぬ」


 そのあまりにも単純な言葉にマオの思考は完全に凍りつく。


「貴様が勝てたのなら願いを叶えてやろう。何でも、無制限に」


 ふむと唸り、自身が死亡した後の報酬について語り出す。


「この城も、私の身体もくれて――――」


「アステリオォォォォォォオッッ!!」


 今までの実験において最高威力の死影が放たれる。空間が、そこに漂う星の光の一切が揃って死滅しマオに道を譲る。


 最大の怒号と殺意にアステリオが歓喜の声を上げてみせる。


「やれば出来るじゃないか。だが、まだだ」


 呆気なく影は硝子細工の如くに砕け散り、漆黒の破片が空間を満たす。


 最早この存在に星の光は通じない。世界の法則から外れた星の光の創造主は壮大に腕を広げマオを見下ろす。


「猶予をやろう。アイルと共に最後の一日をくれてやる。――――その方が、気合が出るだろう?」


「――――――――ッ!!」


 言葉にならない咆哮と怨みの声を響かせて更に進化し続けるマオの星の力。


 その影を呆気無く消し飛ばし、気が付けばマオとアイルは元の洞窟にまで戻って来ていた。連れ去られる際に穿たれた洞窟の穴は綺麗サッパリ塞がれて、まるで時を巻き戻したかの様な静寂に包まれていた。


「――――、アイルッ!?」


 気を失ったアイルの体を抱き締める。弱々しく目を開けるアイルの姿は確実に生気が弱まり、今にもその生涯を閉じてしまいそうな程だ。


「ごめん…………ね?」


「謝らないでちょうだい…………もう…………喋らなくてもいいから……」


 ただの人間が星の光の創造主に接触した事による拒否反応に苛まれる。


 ――――こちらの方こそごめんなさい。貴方を巻き込んでしまって。


 謝罪の言葉を口にしようとしては躊躇い、二人の時間は少しづつ過ぎ去っていく。

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