第86話

「もう少し預かって貰いたいんだけど……無理か?」


「無理だな、残念ながら」


 翌日、アステリオが国王の崩御により大騒ぎとなっている時期に俺はセラウスハイムへと戻って来ていた。


「ダークエルフなんて厄ネタに関わらせないでくれよ。しかも、誘拐されたっぽい子を」


 蠍の猟団の団長であるモイラ一晩だけ預けていたダークエルフの女の子。


 おそらくオスカーの計画に使うパーツだったのだろうが、それも今となっては無意味な長物だろう。


「せめて所属が分かればなぁ……」


「ここらなら……マーシュ……いいや、フィーンか……それか可能性は低いがテリオンか。何処から拾ってきたのか知らんが、野山に捨てる事をおすすめしよう。大丈夫、エルフは頑丈な子だろ? 傷が付くのは自身の良心だけさ」


「血も涙もねぇでやんの……」


 この子の詳細も、アステリオに連れて帰る意味も無くなった以上、確かにそれも選択肢の一つではあるのだろうが。


「……一度アステリオに持ち帰るよ。その後、目を覚ますのを待ってみる」


 再起すると決めたんだ。辛く険しく、正しい道から外れないのだと。


「まっ、アンタが決める事だろ。うち等には関係ないからね」


 手をひらひらと振りながらモイラは背を向けて離れていく。


「軍に入らないか?」


「軍?」


 突拍子の無い問いに彼女は頭を傾げる。


「国王が亡くなられたのは知ってるだろ? だから、これから軍は忙しくなるだろうし……だから、アンタの力を借りれるのなら有り難い」


「悪いが、お断りだ」


 俺の懇願に二つ返事で断りを入れられる。


「団の奴らを食わせにゃならんし、何よりのらりくらりが信条なんでね、激務の軍隊様なんて真っ平ごめんなのさ」


 それでも、と彼女は俺を振り返る。


「助けが欲しいのなら何時でも呼びな。一度命を救われた恩ぐらいは返すつもりさ」


「――――、ッああ!」


 彼女はそのまま宿を出る。心の中で新たな絆が形成されたのが感じられる。あまり得意ではないが、何とか上手くやれたのではないだろうか。


「さて――――っと」


 ダークエルフの少女へと振り返り、軽く溜め息を吐く。


「アイツに聞いてみるしかないか……」


 適当な布で包み込み、王都への帰路に就く。




――――


 国内では皆が悲しみの涙を流しながらオスカーの死へと思いを馳せている。


 厳しいながらも優秀で、誰からも好かれるという様な人柄では無いにしろ、この国には必要な人材であったのは間違いないだろう。


 今回の事件、周囲には謎の襲撃者によるテロ行為として公布されている。その首謀者を英雄ニルスが死体も残らぬ力で消滅させ、英雄も癒えぬ傷を負ってしまった。


 あまりにもありきたりで、にわかには信じられないがしかし、スヴァルト正教国の大司教を襲った一例もあり、ぎこちなくも受け入れられている様子だ。


 しかし国中に疑念が渦巻き、軍からの退役希望者は後を断たない。


 そんな中、トリスタイン城の地下牢へと足を進めている。


「……いつまでそうやってんだよ」


「……アイル」


 髪を振り乱し、明らかな錯乱状態のコーネリアが牢の隅で身を縮めている。


「あれからずっとそうしてるじゃねぇか。国民はアンタの声を待ってるぞ?」


「私なんて……相応しくないッ!」


「他の奴らは死んじまったんだよ。この国を背負う為の血筋と地位はコールが全部持ってるんだよ」


 生気の薄れた顔で幽鬼の様に立ち上がり、鉄格子越しにこちらの顔を見上げてくる。


「……どうすればいいの? 何で罰をくれないの……? 首を斬られて晒された方が何倍もマシなのに……」


「コールが必要だからだ」


「要らないッ! それなら私もお父様と一緒に死にたかったッ! 苦しいのよッ! 生きるのがッ! こんな世界で生きて、国を導いて、その果てに一体何があるのッ!? 失うくらいなら――――私はもう何もいらないッ!」


 鉄格子に叩く様に揺らしながら俺の顔を縋り見る。彼女の心は限界で、もうこれっぽっちの希望も残されていない。


「生きるってのは……本来苦しいものなんだよ」


 鉄格子を掴み、彼女の手と重ならない様に注意しながら向かい合う。


「生きるのは苦しい。正しい行いも、誰かの期待に応えるのも。夢を抱くのも、努力をするのも、新しい知識を得るのも、生活をするのも。苦しいんだよ、頑張れる奴はそれでも何とかやってのけるけど……出来ない奴には到底無理で、心が擦り減って駄目になる」


 一度足元に目を落とし、顔を上げ、コーネリアと正面から相対する。


 彼女の瞳は僅かに揺れて、逸らそうとする瞳を無言のままに制する。


「だからこそ、大切な誰かの存在が必要不可欠なのさ。人は一人で生きれない。誰かと思いを共有したり、思い出を築き上げたり、そんなどうでもない一歩ずつが人を明日へと運んで行くんだ」


「……それでも……アイルは傍に……居てくれなかった」


「……再起すると決めたからには、ああそうだな、向き合おう」


 静かに溜め息を吐き、過去の行いを清算する為に語り出す。


「コールが、少しでも楽になれたらと思ってあんな事をした……それは本当に済まなかった。まあその後もずるずると顔を見せなかったのは……まあ……その……なんだ……」


 言葉が詰まる、改めて自分の塵屑っぷりに反吐が出そうだ。


「村の生活とコーネリア、それを天秤に乗せたら……ああ、村での生活が勝ったってだけなんだ」


「……なによ……それ……」


 彼女を更に傷付ける、言葉の選びようがない。それでも今回の事件を引き起こした一端同士として、俺たちは向き合い続ける。


「拠り所になってやれなくて済まなかった。あの時すぐに会いに行ってやれば……今回の件は無かったかも知れないのにな」


「本当よ……私を何だと思ってるのよ……」


「本当に済まなかった。だから、どうかその怒りを糧にして立ち上がってくれ。心に熱を灯してやらなければ、人は動く屍にしか成り得ない」


「……勝手過ぎだってば……」


「それでも俺は……コールに立ち直って欲しいんだ……皆が必要としているってのもあるけど、俺個人としても……」


 静かに目を伏せるコーネリアの瞳からは大粒の涙が溢れ出す。


「アイルも……お父様も……勝手よ……傍に居て欲しいだけなのに……傷付いて休む暇さえ与えてくれない……次々と無理難題ばかり押し付けて……」


「お前のペースでいいんだ。今度は絶対離れない」


「輝く明日ってなんなのよ……もっと明確な言葉で示してよ……こっちは科学畑なんだから、きちんと意味を提示してよ……!」


 彼女の中にある燻っていた感情が噴火寸前にまで上り詰める。


「辛くて、苦しくて、どうしようもないよな……けど、それでも――――


 鉄格子を握り潰し思い切り引き剥がし吹き飛ばす。俺たちの間に壁は無く、歪に剥がされた鉄格子の後だけが残されていた。


「――――俺たちは罪を犯した。だからこそ、罪業を抱えながら共に行こう。光とか闇とか関係無い。報いるべき人達に報いる為に」


 俺の言葉に返ってきたのは痛烈な右ストレートだった。


「――――ッブ!?」


「罪を清算しなきゃってのは……解ってる……」


 握り拳を解き、彼女は気高く顔を上げる。


「人の初恋を踏み躙って――――勝手なのよ、アイルは。お父様だって、ただ良き父であって欲しかっただけなのに。計画の話なんて悪即斬と斬り捨てて欲しかっただけなのに……」


 倒れ伏した俺に手を伸ばすコーネリア。その顔には未だにしこりが残っていながらも、怒りを燃やして再起した。


「拭い切れないぐらいの罪を犯したのは解ってる……だから、私は私の最善で行く。絶対に、幸せにしてみせるから」


「いつつ……ああ、ああそれでいいさ」


「だから、アイルは一生離れられない共犯者として生きなさい? その身が果てるまで、共に行きましょう」


 心の傷は癒えきれず、それでも彼女は立ち上がる。責任と罪業を天秤に乗せ、やらなければならない事を自覚出来るぐらいには彼女は立派な大人なのだ。


 ならばほんの少しだけ外から力を加えてやれば、強い女性は何度だって立ち上がる。


「私達が描くのよ、最善な未来というものを」


 そして俺もまた、再起すると決めたのならば――――。


「俺の全霊で報いよう。皆が求める未来を掴むんだ」

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