第81話

 ニルスという男は本来、星光体では無い。


 星屑術を扱える器が体に備わっている何処にでもいる少年だった。


 そもそも、星光体に選ばれるのは運なれど、星屑術に関しては血の継承に強く影響される。


 先祖返りを果たした星屑術を扱う才能。それが何もない村で生まれたニルスという男の全てだった。


 早熟にして聡明。若いながらにも頼られる事が多かった彼は幼馴染の中でも一目置かれる存在だった。


 齢四歳の頃、同い年のアイルとは仲睦まじく遊ぶ仲だった。泣き虫で優しいアイルの手を引く兄の様な存在としてニルスは自身もアイルと同じ星光体なのだと嘘を吐く。


 共に野を駆ければアイルに負けない程の速度で走る為星屑術で肉体を強化していた。全ては頼れる兄として。


 そんな生活の中で一つの転機が訪れる。


「おう、おはよ。……ニルス……だよな」


 五歳の誕生日を迎えた翌日。アイルの姿は一変していた。子供らしさは何処かに消え失せ、別の何かに乗り移られていた。


 お前は誰だ、アイルに何をした。言葉が出ない、恐怖で頭がおかしくなりそうだった。何も知らない周囲の人達は今日も変わらず誰かアイルと笑う。


「同じ星光体……だっけか? 色々教えて貰ってもいいかな?」


「――――、ッ!? あ、ああ……」


 言葉が詰まる。どこかの誰かがアイルの顔を使い優しく微笑みかけてくる。


 ――――やめろ、お願いだ。そんな顔で見ないでくれ。誰なんだ貴様は、怖くて怖くて堪らない。


 ただひたすらに己を磨いた。いつか己を塗り潰す何者かが来ようとも粉砕する為に。絶対的な己自身を確立させる為に。


 自分自身の日常に突如混ざり始めた名前の知らない誰かと共に過ごす日々にニルスの心は磨り減っていく。


「どうして――――」


 ――――そこまで優しいんだ。


 名前の知らない誰かはフール村の住民に限りない愛情を注いでいた。本当に好きで好きで堪らないのだと、永遠にここで安らかに暮らしていたいのだと。


 それが紛れもない本心だと分かるからこそニルスは苦悩する。


 何故自分がここまでアイルの事で悩まなければならないのか。彼の正体になど気がつきたくなかった。


 深くて暗い優しい闇の様な幼馴染との奇妙な共同生活は続いていく。


「…………」


「……どうした?」


「……いや……いいや、何でも無い。気にしないでくれ」


「そんな顔をして気にするなと言う方が無理な話だ。……話してくれ、それだけで楽になる事もあるだろう」


 村の外で出来た友人が自分のせいで命を落としたと語る。無残な最期を遂げた彼らの無念を晴らす為に復讐を成し遂げたと言うアイルの顔は悲哀に満ち溢れ、涙が頬を伝う。


 ――――本当に、彼は恐るべき相手なのだろうか。


 常々感じていた疑問がここにきて花開く。いつも村の為にと奮闘するアイルの姿はとても眩しく、真に愛していなければ出来はしないのではないのかとニルスは思う。


 それでも、いいやだからこそ胸中で何を考えているのか分からないとニルスは更に己を磨く。並の星光体となら善戦を繰り広げられる程度の実力を付け、それでも日々邁進し続ける。


 そんなある日、アイルの両親がこの世を去った。


 村の離れを襲った天からの火の落涙。神々が闘争をした名残り。


 アイルはただ茫然と妹を抱き締め、目を腫らしながら大丈夫だと語り続ける。


 ――――これでいいのか?


 王都へと向かうアイルの背中をニルスは只々目に焼き付け続ける。


 そして訪れる、天墜の日。


 天蓋の消失には村の誰もが驚愕し、湧き上がった。歓喜の声と喜びの涙が上がり、皆が抱き締め合いながら喜ぶ姿がそこにはあった。


 ニルスのみ、視界の端に移る冥王の帰還に気が付いた。


 空から降って来た漆黒の流星が村の近辺へと墜落したのを確認したニルスはいち早く現場へと駆けて行く。


「――――アイル?」


「よぉ……ニルス……か」


 ボロボロに朽ち果て、人の形を保っているだけの無残なアイルの姿。


「アイルが……やったのか?」


「近かったからさ……こっちで休もうと思ってな……」


 上手く聞こえていないのか、質問の返答は曖昧で弱々しい。ニルスは即座に駆け寄りアイルを抱き支える。


「俺が――――滅ぼすから。守るから、皆の事を」


 歓喜の涙を、悲哀の眼差しを、勝利の誇りを、愛する者に迎え入れられた安心感を、その全てを背負い力尽きたアイルが耳元で囁きかける。


「大好きだ……大好きなんだ……こんなんでごめんな……怖がらせて……ホントにごめん」


 寝言の様に浮ついた芯の無いアイルの声を聞きながら、ニルスの芯に稲妻が落ちる。


 ――――俺から恐怖を抱かれているのを知っていて、今まで過ごしてきたというのか。無償の愛を捧げ続け、ただ大好きだと伝えるというのか。掛け替えの無い宝なのだと……言えるのか。


 ニルスは自身を恥じた。自分達の為ならば神すら殺してみせたこの少年の勇気と愛情に。自分は何を恐れていたのか、こんなにも村を、自分達を愛してくれた者に対してオレは一体何なのだと。


 ――――済まない。オレの全霊を以って報いよう。名も知らぬどこかの誰かよ、どうか共に生きてくれ。お前の全てがオレの宝だ。


 それからのニルスは修羅の如くに己を磨いた。力を付ける為に自身の身体を削りながら前進し続けた。


「………………」


「行く所が無いのか?」


 雨の日。力を付ける為の修行、星獣との戦闘後の帰路に一人の少女と出会う。


『生きていたい……』


 傷だらけの彼女にニルスは自身の星光を分け与える。彼女はそれだけで傷が回復し、本調子へと舞い戻る。


「星獣に似た性質だな」


 鈍色に輝く髪、普通とは違う少女。力を求めているニルスには丁度良いと彼女の居場所を作り上げる。


 少女からのお礼を断り、代わりに強くなる術がないのかと問う。


『命を削ってもいいのなら』


「是非も無し。礼はそれで尽くしてくれ」


 命を懸ける人体改造に二つ返事で了承する。ただ強さを求める為に。


 錬金術師のリーズヴェルトが提唱するのは一般人を星光体に近しい物へと改造する施術だった。星の光の祝福から焙れた者にも祝福を、そんな優しさから思い付いた理論だがしかし、身に納めるには苛烈を極めていた。


 使用するのは本人の寿命と肉体。半分の確率で死亡するその施術にニルスは容易く飛び込んだ。


 一度目の施術は難なくこなした。軍に入隊し、莫大な戦果をアステリオへと齎した。二度、三度と再強化を果たし、気が付けば五十にも渡る再強化施術をその身に受けていた。


 確率的には天文学的もいい所。しかしニルスは何てことは無い、ただの気合で乗り越えてみせた。


 多様性は一切切り捨てた収束して放つという一点に特化した人工星。仰々しくその力を示す為に与えられた、その名は『明星ルシファー』。



 ――――ニルスという男は本来、星光体では無い。


 たった一つの罪を抱きながら、たった一人の男の為に、彼が愛する世界の為に、ニルスは決して止まらない。


 その先に、破滅が待っていたとしても。

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