第80話

 泣くな娘よ。我が必ず終わらせる。絶対に成し遂げてみせる。


 心配するな愛しき従者よ。お前の犠牲は無駄にはしない。星に縋って届けてくれた、その想いに報いよう。


「お父様……私……やっぱり……」


「怖いか?」


「………………」


「恐れてもいいのだ。我々が行なおうとする行為は決して褒められる物ではない。貶され、罵られ、返してくれと叫ばれるだろう」


「それでも……」


「ああ、決めたのだ。これ以上、不条理な涙は流させん。皆が胸を張って、生きて往ける明日を作りたいのだ」


「……そうね……ええ……そうだったわね……」


 故に娘よ、恐れを抱きながらでも前を向け。いつか必ず、その想いが報われる日が来るだろう。


「月を……見ているのですか?」


「セレナか……ああ、月を見ていると……妻の事を思い出す」


「分かります、セルベリア様の星が私の中で輝き続けて……ええ、この願いを踏み躙って明日を目指す事が……一体どれ程愚かしい事なのかも知っています」


 セルベリアの星の力とは即ち星の共生だ。共に心血を捧げた竹馬の友の星を借り受ける。人望が物を言う人徳の星。


 その素晴らしき星に籠められた願いを上から塗り潰す。力の性質はそのままに、全ての星を集結させる為に。


「だが、我らは――――」


「ええ、選んだ限りは止まらない。必ず、世界を光で満たす為に……」


 見上げた夜空に曇りなし、我らの祈りを果たすべく、日輪よ、月光よ、ここに天を降ろすのだ。




――――


「これで――――」


 私達の勝利だ。


 闇の剣は確かな感触と共に振り抜かれた。一寸の狂い無く、オスカーの命を両断した。


 これで、この戦いは――――。


「終わらない。この命すら、明日の光へくべるのだ」


 完全にその息を絶えさせながら、日輪の御子は遂に完成へと至る。


 太陽が、月が、寸分の狂い無く重なり合う。その姿はまさに日食の如く。重なり合った二つの星を起点とし、世界からあらゆる力が集結する。




 ――――日輪の光と月光の煌めきはかくも天を照らすのみ。

 邪悪を滅ぼす業火の誓いよ、見果てぬ天空そらを駆けるのだ。人々の拠り所たる静謐な祈りよ、恐れる事は何もない。我らは終ぞ一つなり。

 夢に描いた銀河の果てよ、共に行こう。遍く光で魔を照らす、全てに報いる為にこそ。

 皆の為に、誰かの為に、剣を持ちて誘おう。偉大な炎よ天地を焦がせ、荘厳な怒りを忘れるな。

 故に集え、星々よ。果てなき明日を目指すのだ。


 ――――ならばこそ、再誕の時は訪れた。魔を滅するは我にあり。恒久たる輝きよ、どうか力を貸してくれ。その全霊に報いよう、全ては人の時代の為に。


 ――――これぞ不滅の英雄譚。


 借り受けた星の力で、星の王は恒星核へ至る。


「『集皇星エクリプス――日輪照らすは魔滅の覇道リヴォルツィオーネ煌け不滅の英雄譚ヘリオス』」




 ――――


「――――、『冥王星』ッ!」


 セラウスハイムの全てを死の影で包み込む。駄目だ、これに照らされてはいけない。脳内で警鐘が鳴り止まない。


「おいおい……とんだ傑物がいやがるな」


 この場にいる全ての者は戦力を喪失させ、アステリオの方角を仰ぎ見るのみ。『冥王星』の力がなければ今頃どうなっていたか分からない。


「ぐっ――――おおッ!?」


 完全に星の光を遮断してなお吸い取られる様な感覚。ここに集えと脳裏に響く誰かの声。


「恐らく……これは……」


 ケルベロスとポセイドンの二体は即座に漆黒の影に包み込まれ、この場を離脱させられる。


「一体……何が――――」




 ――――


「とんだ阿呆ね。一体何処の誰なのかしら」


 魔王、マーク・プルート・オルタナティブを以ってしても今回の件は異常と言わざるを得ない。


「この世界の全ての星光体から星を奪う……異常ね。一体どちらが魔王なのかしら」


 恒星核の殺意に照らされながらも魔王は悠々自適に思案を続ける。


「擬似的な星座に接続されているからかしら……世界への法則にまで干渉し始めているのね」


 視界にすら写っていなかった、ただの星の一つ一つそれぞれが束になり力を高め合う。


「私の敵になりたいというのなら……ええ、いいわ。かかってきなさい太陽神」




 ――――


 儀式の間を満たすのは日輪の輝きのみ。


 先程の戦闘音は治まり静寂に包まれる。


 倒れ伏す七星、ハリベル、ユーリ。


 今やこの世界に存在する全ての星光体の力はこの一点に集中していた。


 空に浮かぶ擬似太陽は消え去り、体の中心に極小の太陽が描かれ絢爛たる輝きを放っている。


 しかし夜は昼のまま、照らされ続けている。


「礼を言う。そして……済まぬ。今すぐにでも魔王を葬り去ってくれる」


 今のオスカーは『冥王星』でさえ手におえるか分からない。星の光を滅ぼす影も限度という物がある。並大抵の力量ならば殺しきる、遍く星神を屠ってみせたその力もしかし、『集皇星』の出力に勝るかどうか。


 現代に存在する全ての星を集わせ、『王星』本来の力で更に底上げを図っている。最早この世にオスカーを止めるられる者は誰一人として存在しない。


 そんな静謐に包まれる儀式の間へと渡る通路の先から一つの足音が鳴り響く。


 軍靴が冷たい通路に響き渡り、ゆっくりと儀式の間へと訪れる。


 やがて足音は目的地へと到達し、その姿にオスカーは戦慄する。


「――――馬鹿な。貴様は――――」


 金色の髪に、碧の瞳。全てを貫かんとする双眸がただ一点を睨み付ける。


 この星光体が全て気を失い『集皇星』に集った世界で、有り得ない光景が目に映る。今や全世界の星はここに集っている。故にただの星光体である存在がこの中を闊歩出来る訳が無い。


 ――――それでも、英雄が訪れる。


「話は全て聞かせてもらった。覚悟しろ、愚かな王よ」


「――――ニルス」


 史上最強の星光体として謳われた只人は太陽神を墜とす為にその光刃に手を掛ける。

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