第四章

第60話

 久しぶりに戻って来た日常。今日もフール村は快晴で、雲など一つもありはしない。


 十日前まではスヴァルトで戦いを繰り広げていたのが嘘みたいに穏やかだ。


 スヴァルトの完全降伏という形で先の戦争は決着した。現在は領土がどうだの、資源がどうだの、色々話し合っている様だが、それも俺には関係無い事だ。


「くぅわっ…………ああああ」


 一際大きい欠伸を鳴らし、川に垂らした釣り糸をぼんやりと眺める。


「アイルぅ、釣りぃ?」


「んん? おお、釣り釣り」


 村の方からとことこと可愛らしい擬音を鳴らしながら、村で最年少であるイリスが駆け寄ってくる。


「……手で取らないの?」


「偶にはこうやって落ち着いて過ごすのもいいもんなんだよ」


「……私もする」


 ほらよと手持ちの竿を手渡すとイリスは俺の脚の間に挟まる様に座ってくる。


「……釣れないよ?」


「そんなモンなの。もう少し待ってな」


 温かい日光に照らされ、流れる川の音が心地良い。ついうとうとしてしまう。


「アイルぅ、痛い」


「おお、わりぃ」


 少し眠気に負けてイリスの方に寄り掛かってしまう。いかんいかん、眠りそうになってしまった。


「……あっ、きた」


「おっ、おっ、どうだ……」


 必死に竿を持って奮闘するイリスの姿を見守る。


「んんぃ――――おいしょぉ」


「おおっ! ナイスフィッシングッ! 流石だぁ!」


 釣り糸に喰らい付くのは十センチ程のアユだ。ピチピチと体をくねらせるソレを俺が掴み取り竹のバケツに放り込む。


「おいしい?」


「美味いぞぉ、やっぱ塩でさっと焼いて食うのがいいかなぁ……」


「しおやき……」


 イリスの喉もゴクリと唾を飲んでいる。意外と食事には貪欲な子だ、こんなご馳走を前に我慢など出来ないだろう。


「後でサリィに作って貰おうぜ」


「うん、うんっ!」


 こくこくと首を振り、更にやる気に燃えるイリス。


「あらあら、アイルがセクハラしてますことよ!」


「おーほっほっ、やあねぇ! イリスがかわいそうだわ!」


「まったく、れでーのあつかいがなってないわ!」


「うるせぇな、なんだよ。魚はやらねぇぞ。まだそんなに釣れてねぇんだから」


 声を掛けてきたヤン、ラン、ワン、の三人からバケツを守る様に手元に置く。


「アイルの釣った魚なんて興味がないのだわ!」


「そうよそうよ! アイルの魔の手からイリスを守る為に立ち上がったのだわ!」


「イリスー、釣れたー? あたしも釣っていいー?」


「アユ、一匹」


「ちょっとワン! 駄目よ! アイルからイリスを取り戻すのよー!」


「そうよそうよ! ロリコンの手に堕ちたら何をされるか分からないんだから!」


「はいはい、うるせぇな……ったく。竿持って来るから見とけよー」


 大方イリスと遊びたくて突っかかって来ただけだろう。なあに何時もの事だ。


「ナツメー、竿貸してくれー」


 川から一番近いナツメの家へとお邪魔する。


「うおおおおおおおッ! ハイアラキッ! ハイアラキッ! 私は真実信徒なりーッ!!」


 ナツメの書斎である物置小屋を覗くと怪しい蝋燭がこれでもかと立ち並んでいた。その中心で小さな像を握り締め狂った様に踊り狂う我が幼馴染、ナツメの姿があった。


「うおおおおおおおいっ!? 馬鹿野郎があああああああああっ!!」


「グエッ!!」


「アホ! アホ! バカヤロー! 今度は何に嵌まってやがる!!」


「ちがっ、違うんだよアイル! コレは錬金術の教養の為にだね――――」


「親父さんに見せでもしてみろ! 引きニートの娘がおかしな宗教に嵌まり倒した様にしか見えねぇんだよ!!」


「お父さんは関係無いだろぉっ!!」


「いいやっ! パパは許さんぞぉ!」


「親父さん!」


「お父さん!?」


 少し頭が寂しくなっているナツメの親父さんが後ろから乱入してきた。


「パパは……パパはなぁ……ナツメが少しでもやりたい事をやらせようとしてきたのになぁ……でも、それはダメだろぉ? 毎日毎日奇声を上げて……パパ、もう見てられないよ……」


「あ……ああ……」


「つうわけで没収だ。偶には外に出やがれ」


「あああんっ! やめてぇ! あとちょっとでハイアラキに至れるのにぃっ!!」


「喧しい! 訳の分からない物を目指すより足元を見やがれ! 必要な物は大体原点にあるもんなんだよ!」


「あああああんっ! ハイアラキ―!!」


 駄目だコイツ……早々に何とかしなければ……。


「親父さん、コイツ、貰うぜ?」


「ああ……貰ってやってくれ。……アイル君なら……幸せにしてくれると信じているよ」


「あ、嫁にはいらねぇ」


「なんでさっ! 貰いなよっ!」


「少なくとも今のお前はありえねぇだろ! 宗教狂いの引きニートなんて、どれだけ大金積まれようが貰ってやるかよ!!」


 ショックを受けている親父さんを尻目に、釣竿を持ち川へと飛び出す。


 何度も喚き暴れるがまったく障害にならない。イリスの方が力が強いんじゃないか?


「きゃっ!? や、やめなさいよー!」


「やりましたわねっ――――プギャ!?」


「いえーい! だいしょーりー!」


「しょーりー」


 川に戻ると釣竿はそっちのけで楽しく泳ぎ回っている。


 やっぱり若い子には人気がないのかねぇ。お兄さん悲しくなっちまうよ……。


「……あっ。泳ぐのもいいんじゃねぇか?」


「……ああ……そう……だね?」


 もう、聞いてくるなよ。君のやろうとしている事なんて丸分かりさ。ナツメが視線だけで俺に語り掛けてくる。


「おっっしゃあああああッ!! いったれっ! ナツメ爆弾っ!!」


「ぬあああああああああああああああああッッ!!」


 子供たちの少し離れた地点に投げ落とし、水柱を上げる。


「おっしゃー! アイル兄さんも参戦だー!!」


 釣りなどはそっちのけで、俺たちは川遊びを享受する。


 そんな少し暑くなってきた日の一ページ。


 戻って来た日常を噛み締める様に、今を笑う。

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