幕間 回想:天墜の日③
国葬が開かれた。
王都を襲った先の天災。
あれから数日。亡くなった人々を思い。皆が涙を流しながら失った者と別れを告げる。
「……アイル」
「……ああ、ゴメン。……もう少し、居させてくれ」
皆が去った後も、俺は墓場の前で佇むばかり。
冷たい雨が体を冷やす。孤独に心が死んでいく。
「ヘリオス…………セルベリア様ッ……」
この国で出来た絆は呆気無く砕け散った。
たったの一夜、思い出せば彼らの温もりがまだ残っている。
広い広い墓地の中。孤独に囀り、崩れ落ちながら泣きじゃくる影が視界に映る。
「……ジューダス」
絶望に顔を染め、嘆き続ける彼の背中は酷く透けて、危うく見えた。
今までの俺ならば、きっと無視をしていただろうが、あんな彼を放って置けなかった。
「ジューダス、あの――――」
気が付けば、彼の姿はそこに無かった。
「星を……? どうして……」
彼の能力、『時星』が起動した。世界が切り離された様な錯覚。辺りを見回すが、彼の姿は見当たらない。
「何だ……アレは」
周囲の景色に違和感を覚える。砕けた建造物の復旧は未だに終わっていなかった筈。それなのに、目に見える場所に存在する建物の瓦礫が撤去されていた。
瓦礫を退けて、素人の行った様な歪な修繕箇所。
「まさか……アイツッ!?」
空に飛び上がりジューダスを探す。建物の影、壁にもたれ掛る様にして座り込む彼の姿を見つけ出す。
「……やぁ……アイルかい?」
「アンタ、何してんだよ!」
「何って……復興作業さ……僕に出来る事なんて……このぐらいしか無いんだから」
髪が伸び、全身がボロボロになり、満身創痍の状態に陥っている。
「一体……何日止めたんだよっ!」
「君が……気にする事じゃ無いさ……」
ジューダスに詰め寄るが、またしても姿を消してしまう。
すぐに復興作業が終わっている地区を探し、そこを目掛けて跳躍する。
「ゲホッ――――ハァ――――ハァ――――」
「ジューダスッ!」
「久しぶりだね……アイル」
「もうやめろ! 体が持たねぇぞ!」
「持つさ……大丈夫。これでも……結構休んでいるからね……」
瞳から生気が失われ、それでも立ち上がろうとするジューダスの体を押し倒す。
「バカがッ! アンタまで死んだらどうすんだよッ! 自暴自棄になるんじゃねぇ!」
ジューダスの喉から乾いた笑いが空に吐き出される。
「だったら、どうすればいいのかなぁ……」
「……休めよ。そのままじゃ……ホントに死んじまう――――」
「死んだって……別にいいじゃないかッ!!」
苦しそうに手を伸ばす。俺の服の襟元を引き掴み、辛うじて体を持ち上げる。
「ヘリオスもッ! セルベリア様もッ! 死んだんだッ! 守れなかった……何も出来なかったんだッ!!」
瞳から涙を零し続ける。
「二人は戦っていた! 天災を防ごうとッ! それなのに……僕は役に立てなくて……僕がもっと強ければ……」
だから……せめてもの償いをさせてくれと、ジューダスは嘆き苦しむ。
「退いてくれッ! 何もしてないなんて耐えられない! 何かをさせてくれッ! 僕が生き残った意味を実感させてくれよッ!!」
更に強く掴みかかり、俺を払いのける為に力を込める。
「うるっ――――――せぇッッ!!」
「ガッ――――!?」
渾身の頭突き。血が一筋額から流れ出す。
「アンタがそうやって死んだら、それこそ二人に顔向けできねぇだろうがッ! アンタは強い! この国のこれからに必要な男なんだよッ! 生き残った意味だぁ? そんなもん、ここで死んだら意味がねぇだろうがッ!!」
行き場の無い怒りをぶつけられ、それでも生きろとジューダスに怒る。
「だったら……どうすればいいんだよ……僕は……僕は……」
「まずは……自分を許してやれよ。前を向いて歩くのは……それからでだって構わない」
受け売りで、きっと俺が人様に言える様な言葉じゃない。それでも、今の彼にはこの言葉こそ必要だ。
「――――ッ。……あぁ……そうだね……そうだった……ね」
そのまま彼は眠りに就く。体を蝕む疲労に負けて。
「――――今は寝てろ。――――大丈夫だから」
この嘆きも……仕方の無い事だから。この世界に生きる以上、許容しなければならない事だから。
ジューダスの体をコーネリアが待つ研究局まで運び込む。
彼女も他の人同様に、嘆き苦しみ、天を呪っている。
「落ち着いたわ……暫く寝かせていれば大丈夫だから……」
「ああ……そうか……」
それを聞いて安心した。ならば俺は用は無い。いち早くここから立ち去り、為さねばならない事を為すのだ。
「……行かないで」
背を覆う様に彼女が抱き締めてくる。有り余る身長差に、どうも格好がつかない。
「ゴメン……行かなきゃ……。大丈夫、安心していいから」
「傍に居てよ……お願いだから……一人にしないで……」
「コール…………」
彼女の唇を奪う。例えそこに真の愛と呼べるものが無くたって構わない。
今の彼女を救う為、ただの好意で安心させる。
「俺が全部――――墜とすから」
――――
「サリィは寝たか?」
「えぇ…………」
「だったら、このまま行くよ」
「………………アイル」
キリュウ邸に顔を出し、それだけ言ってすぐに出る。
マリナに任せれば安心だ、俺に何があっても、サルビアの事を幸せにしてくれるだろう。
道行く人の暗い顔、瓦礫の前で涙を流す顔、生気を失い呆然と空を見上げる顔。
仕方が無い、仕方が無い、それが世界の理だ。
ああ、本当に――――。
「――――――――ふざけるなッ」
大気を蹴り上げ空を駆ける。目指すは天蓋、そこに住まう星神のみ。
歪に割れた空の狭間を乗り越えて、銀河の河を駆け上がる。
無限に広がるその世界に、
中々牙が通らない。一度では死なず、何度も何度も影で犯す。
呆気に取られた星神の全てが外敵を滅ぼす為に襲い掛かる。
太陽の炎熱を叩き付けられる。光の速度で隕石をぶつけられる。ブラックホールに飲み込まれ体の全てが捻じ曲げられる。
その度、殺す。
攻撃を掻い潜り、腕が千切れ、足が吹き飛ぼうが止まりはしない。
「ウ――――ラアァァァァァァァァァァァァァァァッッ!!」
小惑星が爆発する。影で防ぎ反撃する。流星群に飲み込まれる。それでも決して止まらない。
『兄さん……ッ! お父さんが……ッ、お母さんが……ッ!』
サルビアの悲しみが……幼き彼女を襲った天災があった。
『アイルには何も失って欲しく無いんだ。その力で、大切な人を守ってやってくれ』
ヘリオスの願いが……優しい彼が預けてくれた力があった。
『幾多の勝利に疲れ、敗北しても。足を止めても。逃げ出してしまっても、自分が自分を許して上げさえすれば、人間というものはどうとでもなる物よ?』
セルベリアの積み重ねた勝利が、人生が……俺に温もりをくれた。彼女の優しさに、救われた物が確かにあった。
『退いてくれッ! 何もしてないなんて耐えられない! 何かをさせてくれッ! 僕が生き残った意味を実感させてくれよッ!!』
ジューダスの嘆きが……怒る俺を突き動かした。天に住まう星神を、滅ぼし砕き、叩き墜とす。
『傍に居てよ……お願いだから……一人にしないで……』
ゴメンなコーネリア。それでもこれは、俺がやらなきゃいけない事だから。
『………………アイル』
ありがとう、マリナ。黙って俺を行かせてくれて。お前がいるから戦える、誰よりも、大切で――――。
両の手足が千切れ飛び、達磨になって宙を舞う。
皆の想いが……願いが……嘆きがあった。何故苦しまなければならないのか。誰がソレを強いたのか。
目の前の星神の群れが嘲笑う。地上に溢れ返った塵よ、疾く朽ち果て死に絶えろ。
――――ああ、うるせぇよ。死ぬのはお前達だろう。
体に活を入れろ。意識を覚醒させろ。こんな所じゃ終われない。未だ何も為していないのだから……。
そしてただの死神は、冥府の王に至る為、恒星に辿り着く。
――――日輪の願いと銀閃の祈り。哀れに墜ちた二つの星。嘆きに濡れた星々よ、どうか我が冥府で眠るがいい。
地に伏す者は怨みを吐き捨て天を呪う。朽ち果てろ、朽ち果てろ、苦しみ藻掻き死ぬがいい。
怨め、腐れ、苦しめ、喰らえ、地上の総てに当てられてその身の愚行を呪うがいい。
夢に描いた銀河の果ては、遠く彼方へ消え去った。
終末は近い、嘆きの琴を響かせながら破滅の詩を唄うのだ。黄泉へ下った吟遊詩人は冥き底で伴侶と眠る。
神話に満ちたこの世の果てで
――――滅びの時は訪れた。天に吠えろ、我が冥星。冥夜の光で全てを照らせ、銀河を喰らい滅ぼす為に。
「――――吠えろ冥王。我が
叫べ、喰らえ、冥府の王よ。死骸を貪り力に変えて。
絶望を、希望の
――――
「空が……」
「天蓋が……消えていく……」
空を見上げた大衆が歓喜の声を上げ始める。空に描かれたひび割れが消え去り、蒼褪めた空が、輝く日輪が大地を照らす。
頬に触れる一筋の雨。気が付けば雨が全てを濡らしている。星神の死を嘆く様に。人の勝利を祝す様に。
「アイル………」
天から墜ちる一条の輝き。冥き輝きを放ちながら、冥府の星は地に墜ちていく。
「――――ッ!? アイルッ! アイルッ!!」
墜ちるアイルに手を伸ばし、駆ける。それでも届かず、王都とは程遠い場所へと墜落して行く。
「ごめんなさいッ! ごめんなさいッ! お願いだから――――死なないでッ!」
星神なんてどうでもいいの。それで貴方が死ぬのなら、こんな希望はいらなかった。お願いどうか死なないで。
「うっ……あぁ……あっ……あぁぁ……」
惨めに地を転がり涙を流す。
どうして彼を止められなかったのか、後悔ばかりが溢れて止まない。愛する者を失ったという喪失感で、心が枯れ果て、壊れそうで。
「アイル…………………」
――――
どれほど時が経ったのだろうか。
戦って、戦って、無限に思える様な時間を戦い尽くして。
修復された腕を天に翳す。ひび割れが消え去り、天蓋が塞がった。
眩しい日輪に照らされて、勝利の実感が湧き起こる。
「―――――――――――――――――ッ!!!」
声にならない勝利の咆哮を天に吠える。
これが……本当の勝利の味なのだろうか。
答えは得られない。誰も答えてくれはしない。
それでもやはり虚しいモノだ。失った事に変わりは無い。
それでも今は、誇りに思おう。この勝利の喜びというやつを。
――――
足を引き摺り故郷を目指す。何度も躓き、その度に体を泥で汚す。
「――――アイル?」
「よぉ……ニルス……か」
我が幼馴染が傷だらけの俺を支える為に駆けてくれる。それだけで心が救われた気分になる。
「アイルが……やったのか?」
「近かったからさ……こっちで休もうと思ってな……」
再生した耳では上手く聞こえない。それがとても、もどかしい。
「俺が――――滅ぼすから。守るから、皆の事を」
守る為に――――殺す。
それが俺が掲げる星の真意なのだから。
ニルスの腕に抱かれながら、俺の意識はそこで途切れる。
――――
何度泣いただろうか。
ああ、あの日から十日も経っていたのか。
記憶が無い、ただ泣き喚いた事しか覚えていない。
使用人に言われて庭に出る。久しぶりに浴びた日の光は暖かく、冷たく蒼褪めた私の体を溶かすよう……。
それでも彼は……帰って来ない。
氷が溶け落ちる様に、涙が頬を伝う。
そんな折、家の門が開く。
すぐに涙を拭い、出来る限りの来客用の笑顔を作るが、ダメだ、どうにも上手く笑えない。
「なんだよ、その顔。まぁた悪巧みでもしてるのか?」
「――――あ」
いつにも増して逞しく、少し活気が戻った彼がそこに居た。
「悪いな。腕とか足とか吹き飛んでさ、再生はしたんだけど慣れなくて――――」
「おかえりなさい――――アイル」
我慢が出来ずに彼へと抱き着く。温かい、生きている。それだけが幸福で、どうしようもなく胸を満たす。
「ああ――――ただいま、マリナ」
ここに神殺しは成就された。
嘆きの詩を力に変えて、アイルは今も輝き続ける。
人々は、天が墜ちたその日のことを、決して忘れる事は無い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます