幕間 回想:天墜の日①
魔王城が現れると共に穿たれた天のひび割れ。そこから魔王は邪悪を振り撒き、魔物が世界に溢れ出した。
それと同時に星神と人との距離も縮まり、人類は祈った。魔王の死を。
しかし祈りは届かず。星神は自身の欲を満たす為に自堕落な日々を送っていた。
地上に災厄を振り撒く者も居れば、それを防ぐ者も居る。
混沌の時代、神々が争う苦境の時代。人類は追い込まれ、明日の光さえも見えないでいた。
――――
あれから二年。アイルという男の本質は変わってしまった。
いいや、変わったんじゃ無い、剥き出しになっただけだ。
俺の持っていた星はそもそも『
死の影も、本来であればただの毒で、即死させるなんて代物でも無い。
あの一件以来、俺の中で爆発した星。全てを鎮める冥き星。それが、今の俺の力だ。
「ヒィッ!? た、たすけ――――」
今日も一人、この世から悪が消え去った。
その首を持ち、マリナに預け、帰路に就く。
体が重い、息が苦しい。殺して殺して、飢えを満たして、栄光を貪り食らって、策略を踏み躙って、命を嘲笑う。
いつしか疲弊し、俺の体を縛り付ける。
今日も天で、神々が争っている。闘争の音が耳に煩い。
いつまで続くのだろう。俺の殺しの日々と、天の闘争は。
帰路の途中で眩い光が地上を覆う。
これもまた、いつもの日常。星神同士の闘争、その余波が地上に被害をもたらすのだ。
地表が捲れ、作物が朽ち果て、居合わせた命が終わる。
しかしこれは仕方が無い。星神には逆らえない、誰も勝てない、故に挑まず享受する。
はたから見れば地獄だろうが、これがこの世界の日常だ。
――――だから、仕方が無いのだ。
そんな事を思いながら我が家に帰り着く。一度顔を叩き、辛気臭い雰囲気を払拭する。父が、母が、妹が、俺の帰りを待っている。心配を掛けさせたくは無い。
「おっす! ただいまぁ! 腹減ったー、母さん、メシは……あ?」
いつもと変わらぬ筈の日常は、呆気なく崩れ去る。それを一番分かっている筈だったのに。
床に座り泣き崩れるサルビア。父と母の姿が見えない。嫌な予感が脳内を駆け巡る。
「兄さん……ッ! お父さんが……ッ、お母さんが……ッ!」
星神の闘争に巻き込まれた。良くある事、仕方の無い事。皆同様に諦めている。
骸の無い葬儀を開く。皆が悲しんでくれて、両親の死を想ってくれる。
ああ、ならばそれだけでいいじゃないか。
――――だって、これは仕方が無い事なのだから。
後日、キリュウ邸を訪れる。
「……限界だ。悪いな」
「いいのよ、ありがとう。サルビアちゃんの傍に居て上げて?」
俺の心の中で、何かがポッキリへし折れた。磨り減った金属が疲労を起こす様にして、足が上がらなくなってしまった。
「これからも、困った事があればすぐに言いなさい? 貴方達の為なら飛んででも行くから」
「……ああ、ありがとな」
「そうだ、少し街で過ごしたら? 部屋を貸すから、二人で一緒に……。家族水入らずで……ね?」
「そう……だな。そうさせて貰うよ」
廊下を歩く、サルビアを待たせている部屋へと向かうその途中。
「むむっ? どうしたんだい? 元気が無い様だね?」
歳は俺より少し上だろうか、男としての体付きが出来ている。金色の髪を短く纏めた美青年。黄金比とも呼べる程に整った肉体美は既に芸術の域に立っているだろう。
「……いえ……別に」
「そういう訳にもいかんだろう! 子供が俯いておるのだぞ!? この国を良くする為には、まずはこういう一歩から改善すべきなのだ!」
「ヘ、ヘリオス、ダメだって、キリュウ様のお客様だろう? きっとお偉いさんの息子さんだよ?」
「煩いぞジューダス! 僕が決めたのだッ! よし、来るのだ少年! 街にはワクワクがいっぱいだ!」
「ちょっ、ちょっと、待てって……!」
強引に引かれる腕。振り解こうと思えば簡単だが、今は何故だろう、気力が磨り減っていて力が湧いてこない。
まぁいいかと流されるままに腕を引かれる。
「ご、ごめんね? 彼、強引な所があるから……」
「むむ、それが僕の美徳だと思っているのだが!?」
「あ、あはは、はいはい。そういえば、自己紹介をしていなかったね? 僕はジューダス・ライフレイン。一応、彼の護衛役さ」
「僕はヘリオス・ゼストース! この国の王子だ! 名前は知っているだろう?」
日輪の如き優しい笑みを浮かべるヘリオス。当然名前は知っている。
優しき王子、皆が慕い、支える男。彼と言う日の光に照らされて、いずれこの国は大きな成長を遂げるだろうと噂されている、星光体の王族。
「そ、そんな人が……どうして……?」
「むむぅ? 自己紹介だぞ少年。それとも、少年呼びが気に入ったかな?」
「ア、アイル……で……御座います」
「アッハッハッ! 敬語に慣れていないなッ! 良い良い! 砕けた口調で結構! 言葉など、伝わればそれで良いのだっ!」
「ヘリオス……一応大衆の目がある事を忘れないでくれよ……?」
「分かっているさ! さぁ……行くぞッ!」
「えっ、う、うわっ、ちょっと!?」
彼に背負われて街を掛ける。建物を駆け上がり、宙を舞う。
「良い眺めだろう? しかし、最高の眺めはこの先だ!」
「強引でしょ!? 誘拐だよ!? 誘拐っ!」
豪快に笑うヘリオスを眺めながら、トリスタイン城の屋根へと辿り着く。
「どうだっ! この国一番の眺めだぞ!」
「ああ――――――」
確かに、綺麗だ。日が差す街並み、道行く人が楽しそうに往来を行く。こうやって景色を眺める事なんてしばらくしていなかったな……。
楽しそうな笑い声に、少し胸が痛くなる。
「――――嫉妬かな?」
「えっ?」
「自分より幸福な人間が許せない……いいや、違うな。自分が傷ついている時にこそ、普通の人が許せない……って、とこかな」
「ちょっ、ちょっとヘリオス! 何を言ってるんだい!?」
「苦しい時は、怨みもするさ。気にする事など何もない」
「……うるさいな」
心を見透かされているような気分になる。流石は全てを見透かす日輪と呼ばれているだけはあるということか。
「今は何処も厳しい時代だ。
「…………」
「甘えていいんだ。皆で手を取り合って、この時代を乗り切るんだ。星神の闘争を、仕方無いと諦める事は無いんだ」
「――――――――ッ!」
こんな人種は見たことが無い。この世界で星神の起こす事象に反発する人間は初めて見た。
「そんな事言っていいんですか? この国だってアステリオを祀っているでしょう?」
「それでも、だ。いつか民が安らかに暮らせる国を作る。それが僕の夢なのだ」
「……馬鹿らしい。そんな事――――」
「出来るさ、夢を追うのが人の力だ。未完成だからこそ止まらない、神を墜とすその日まで」
神を墜とす。反発するだけでは無く、この世に蔓延る星神を、人に仇成す敵を墜とすのだとヘリオスは言う。
「強力な星光体を集める。兵力もだ、軍事国家と言う訳では無いが。いずれ墜とすさ、必ずな」
「……下らない」
ヘリオスの顔を見ずにキリュウ邸へと戻る。アイツはダメだ。周りを巻き込んで、積み重ねた勝利の重さに圧し潰されて、きっといつか滅ぶだろう。
「アッハッハッ! それは悲しい! まぁ、仕方の無い事だな!」
「お、おいッ!? 着いてくるなよ!」
「母を待たせているのだッ! 僕も戻らなければ叱られてしまうのでな!」
「……ったく」
家屋の屋根を飛び上がりながら移動する。ヘリオスとジューダスもそのすぐ後ろを付いてくる。
「ヘリオス、何処に行っていたのですか?」
「この子が暗い顔をしていたのでな! 少し連れ回していてな!」
キリュウ邸から顔を覗かせるのはこの国の王女様。セルベリア・ゼストース。かつては戦場でその姿を馳せていたという銀閃の乙女。非常に強力な星光体、今は落ち着き、民から慕われる王女として振舞っている。
「ごめんなさい。この子、少し行き過ぎてしまう事があるの。よければ仲良くしてあげて?」
「は、はぁ……」
「おおっ! それはありがたいっ! 仲良くしようっ! アイル!」
「……どうも」
王都でゆっくりと休む時間の筈が、とんでもない大物に絡まれてしまった。
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