第47話
「調子はどうだ?」
「あら、どうしたの? 突然」
夜も更けた頃、ふと通りかかったマリナの書斎に灯りが点いているのが目に止まった。
「いや……ただ、なんとなく、会いたくて」
書斎机に座り、眼鏡を掛けて書類に目を通している彼女。目の下には僅かに隈が出来ている。
「ふぅ……いらっしゃい」
眼鏡を机に置き、一息吐きソファへと腰掛ける。俺も習うように彼女の隣に座る。
「忙しそうだな?」
「ええ、けれど、もう少しでひと段落なのよ」
「おっと」
珍しくマリナが俺に甘えてくるように体を預けてくる。
「どうした?」
「疲れてるの。今はゆっくり休ませて?」
「はいはい」
優しく彼女を受け入れる。いつもなら多少狼狽もするが、今日の俺は一味違う。
「ドロシーとモニカに会ったのね。 一緒に踊れなくて寂しそうにしてたわよ?」
「後で埋め合わせでもするさ」
「あら、いつもなら、『知らねぇよ』の一点張りだった癖に、どういう心変わりなのかしら?」
「余裕が出来たのさ。決して一人だけという訳では無いということを知ることが出来た」
「……? 恋人の話かしら? 一人を選ぶのが最善で常識だと思うのだけど?」
「いいんだ、いいんだ。俺が俺さえ許してやれば」
「……その言葉、開き直って免罪符として大っぴらにするような物じゃないわよ?」
「分かってるよ。それでも、好意を持たれてたら嬉しいし、女の子として意識するし、多分だけど、好きになる」
少し強く、マリナの体を抱き締める。
「大切な物を、自覚するんだ。もう二度と失わない、特に――――」
俺が言葉を紡ぐよりも早く、マリナの唇が俺の口を塞ぐ。
「ん――――」
「――――っ。だから、好きだ、マリナ。多分俺の初恋だ」
「他の子が好きだと言って、選び放題、好き放題すると言ったその口で愛の告白を囁くなんて……悪いお口……」
ゆっくりと、舐る様に互いを求める。彼女の口内に舌を這わす度に、体を強く預けてくる。
愛おしい、愛おしい。こっちの事情などお構いなしに仕事を振って、だらけるな、働けと罵ってくる日々も。
いつも誰かの事を思い、より良き未来を歩めるように、奮闘する姿も。
甘えるな、狼狽えるなと、それでも辛くなったら言いなさい? 出来るとこまでやりなさいと、厳しい母親の様に背を押してくれる優しい姿も。
数秒か、数分か、はたまた数十分かは分からない。互いの唇を遠ざけ、見つめ合う。妖しい糸が宙に引かれ、互いの心拍が上昇しているのが伝わってくる。
「貴方の頑張ってる姿が……好き」
「ああ」
「貴方が怠けて、だらだらと畑仕事をしていたり。少し疲れて日陰でサボってしまうのも……好き」
「ああ」
「いつか疲れて、全てが嫌になったら、ここに来て? 私の全部で、貴方を癒してあげるから」
「……ああ」
それでも俺が折れるのは、当分先の事だろう。
最早敗ける気がしない。勝利の栄光が欲しい訳では無いが、どうやら永遠に敗北の苦汁だけは飲まなくても良さそうだ。
勝つのは苦痛だ。それを積み重ねて行く内に身動きが取れなくなり、いつか敗北を味わった瞬間、その全てが瓦解する。
だからこそ敗けたくない。そもそも勝負など挑まない。それ故に俺の星は『冥星』なのだろう。
勝負などさせずに、生命の全てを殺す星。
今はそれが、本当にありがたい。
「ねぇ、このまま――――」
「マリナは居るかーーーーーッ!!」
「きゃうんっ!?」
「うおっ!?」
月明かりのみが照らす暗い部屋の中にドアから差し込む一条の光。
「むむっ? おお! 遂にか! うんうん、健康的で非常によろしい! それではアイル、私とも一戦願おうか!」
抱き合っている俺たちの姿を見て発情したのか、ハリベルは衣服を脱ぎ去りながらこちらに詰め寄ってくる。
「バッ! バカッ! コラ、やめろぉ! ムードもクソもねぇじゃねぇかっ!」
「フッハハハハハッ! そんな物は必要無い! 行為に及べば後から自ずと付いてくるっ!」
「ダメよ姉さん、私だって――――シテないんだから!」
珍しく声を張り上げるマリナ。しかし、ツッコミを入れる部分はソコじゃ無い。
「おお、そうか。ならば待っていよう。さぁ! するがいい!」
「出来るかッ!」
頭のネジが飛んでいるんじゃないのか、この姉は。馬鹿で無頓着で我武者羅で、その上、力も強いのだから救えない。
「あっ、そうだ忘れていたぞ。軍の会議に呼び出されてな、先のスヴァルトとの戦、私も前線に加わる事となった」
「――――はぁ?」
何をサラッととんでもない爆弾を投下してくれてやがるんだ。
「ど、どうして姉さんがっ!?」
「うむっ! 居ても経っても居られんでな! 共に手を組む事となった! いやぁ、久々の軍との共闘だ、腕が鳴るぞぉ!」
「この――――脳筋野郎が……」
「それで……軍の方針は? 何か聞いていますか?」
「西部戦線、最前線にニルス、そして私の二名を配置。後方にジューダス含む補給部隊を展開する。……実質、私とニルス、二人で敵国を抑える形になるな!」
「……………」
あの英雄、本気で俺との約束を守るらしい。にしても最前線に進んで立つなんて……まったく、何て馬鹿を繰り広げてるんだよ。
「ニルス君と……二人……」
「問題無いだろう、我々二人だ……と言っても、殆ど英雄殿に頼る形にはなるだろうが――――」
ハリベルがこちらを見つめ、ニヤリと笑う。
「頼りにしているぞ、アイル」
「……どういうことかしら」
「ニルスが戦線を維持する、その間に俺がスヴァルトに潜り込んでハルファス教会の奴らを皆殺しにする。それで終わりだ」
呆れて物も言えないというように、マリナは頭を抱える。
「言っとくけど、手を貸すのは今回だけだぞ? 曲りなりにも俺が殺した星神のせいで敵国が強化されてるんだ。だからこれは後始末だ」
「……分かったわよ。無事に帰ってくるのなら、それでいいわ……」
「良しッ! 話は終わりだ! 続きをやろう!」
シリアスな雰囲気をブチ壊して突き進んで来る。服を脱ぎ去り、たわわに実った二つの果実を晒しながら顔を赤らめ飛びつく淑女。
「やらねぇよッ!」
普段は受ける方が多い鉄槌をハリベルに叩き落とし、彼女の意識を沈没させる。
「ハァ……まったく、良いムードが台無しだ」
「そうね……それでも、いつかは相手をしてあげてね? 姉さんの好意も本物なのだから」
「ああ、分かってる。……おやすみ、マリナ」
「おやすみなさい、アイル」
優しく、触れるだけのキスを交わす。
ハリベルを踏み越え、割り当てられた寝室へと戻って行く。
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