逃げ道をふさげ

 ヒールをはいているためあまり早くはないが、しきりに後ろを気にしながら走りつづけるナタリア。

 彼女は自身の車の前に見知らぬ人間たちがいることに気がつくと、驚いた様子で足を止めた。


「ッ……なによ、貴方たち。まさか、あの男たちの仲間だとでもいうの」


「あ? あー……その口ぶりはなるほど。お前がこの車の持ち主。そんでもって、サンディ様と桜庭を誘拐した……恐らくはこの屋敷の一人娘さんってわけか」


「だったらなんだというの? いいからそこをどきなさい。私は急いでいるの。貴方とおしゃべりしている暇なんてないのよ」


 推測で言ったことではあるが、どうやら正解であったらしい。


「おおそうかい。そりゃあ奇遇だなぁ。……俺たちも、あいにくお前とおしゃべりを楽しむ気なんてさらさら無いんだよ、なァ!」


 そう言って語尾を荒らげた如月は、大きく振り上げた右足を地面に叩きつける。

 瞬間。先ほど手を触れた時とは比にならない速度で、彼の足元から地面を移動した氷が車の四つのタイヤを伝い車体の下半分を氷漬けにする。

 これであれば、いくら車の中へ乗りこんだとしても逃げるのにはかなりの時間を必要とするであろう。


「マホウツカイ……!」


 逃走用の足を凍らされ、ナタリアの表情が忌々いまいましげに歪む。

 すかさず怒りの声をあげたのは、意外にも如月ではなくシャロンであった。


「もう貴方は逃げることはできません! サンディ様を……サンディ様を返してください!」


 両手を胸の前に当ててナタリアを睨みつける彼女は、無意識に如月の前まで出ようとする。

 その様子を見た如月は慌てて右手を横に広げてシャロンの動きを制した。


「待ってください、シャロン様。あの女が持っている鳥籠……もしかしたら、アレを使って攻撃してくる可能性もあります。気をつけてください」


「鳥籠……?」


 如月の言葉にシャロンは動きを止めると、ナタリアが両手で抱えている鳥籠を注視する。

 銀色の格子に囲まれた黄金色の小さな鳥は、どこか不安げに辺りをキョロキョロと見回していた。しかしその紫色の瞳がシャロンと如月の存在をとらえるやいなや、急にバタバタと羽ばたきしきりに鳴き声をあげはじめる。

 さえずるとは程遠いなにかを知らせようとするその声に、シャロンはハッとしてその鳥に向かって問いかけた。


「もしかして、貴方はサンディ様……サンディ様なのですね!」


「えっ、シャロン様? なにを言ってるんです。アレはどう見ても鳥……」


「いいえ。わたくしには分かります。あの黄金色の羽毛に紫色の瞳はキングスコート家の者と同じ……。それにお姿や声がちがえども、わたくしがサンディ様の声を聞き間違えるはずがありませんから」


 はじめはサンディに会えないストレスからシャロンがおかしなことを言いはじめたのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。

 断言する彼女の言葉に、如月は改めてサンディだと思われる小鳥を観察する。


「あー……たしかに、旦那様たちと同じぶどうゼリーみたいな色の目してますもんね……。それにあのギャーギャーわめくような慌てっぷりはたしかにサンディ様だ」


 言われてみれば、どこか納得するその姿。

 如月の小馬鹿にした物言いに小鳥は「お前、主に向かってそんなことを思っていたのか! 私がこの姿だからといって、なにを言っても許されると思ったら大間違いだぞ!」とでも言いたげにビィビィ鳴きわめく。


 なぜ主がそんな可愛らしいことになっているのかは分からない。仮になんらかの事情でサンディの姿が変わっているのだとしたら、それは目の前の女のマホウによる可能性が高いだろう。

 小鳥は小さな翼をめいっぱい振り回して抗議を続ける。しかしそんな抗議もナタリアが横から思い切り鳥籠を叩いたことにより、ピタリと静かになった。


「あの女……!」


「うるさい鳥ね。少し黙っていなさい……。貴方たち、もう無駄な考察はすんだかしら。分かったならそこをどいて。車がなくたって、まだどうとでも逃げることはできるんだから。この鳥と同じようになりたくなかったら、おとなしく道をあけなさい」


「ああ? なに言ってやがるんだ。言っただろう、もうお前は逃げることはできないってな。それはお前の逃走経路をふさいだからって意味じゃねぇ。例えここがだだっ広い草原のド真ん中だったとしても……俺がどこにも逃がさないからだよ」


 如月が刀を抜き、隣のシャロンが力強くうなづく。

 彼の双眸そうぼうは、深い海の底にシャロンと同じく怒りの炎をたぎらせていた。


「人の主人を好き勝手してくれやがって……。お前がその鳥籠みたいに牢屋にぶちこまれるところ、今から楽しみにしておけよ」

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