※ 上で

――え?意地悪してるみたいって?花枝さんそんな事言わないでくださいよ。私、本当に幸せになって貰いたくて、今日だってこうして協力してもらってるんじゃないですか。千佳子さん、そろそろ来ますかね?まだ連絡しない方がいいかな。あ、そうですよね。もう少し待った方がいいですよね。今、大詰めですもん。

 花枝さんは、田中さんを見ていて何か変わった事なかったですか?あ、あった?やっぱり。海さんとランチした後で、どこか上の空だった?田中さんもですか。実はあの日、海さんも変だったんですよ。




「海さん、お帰りなさい。って、大丈夫ですか。何かありました?酷い顔してますけど……」


 野村さんの代打で出かけた、現地確認。バイトくんが来るって話してるの聞こえたから、田中さんと何かあったのだろうか。


「あぁ、ごめん。怖い顔してる?ちょっと、考え事して帰ってきたからさ」

「と、とりあえず。私コーヒー淹れて来ますから。飲んで落ち着きましょう。私も飲もうかな」


 悲しそうな顔でもない。苦しそうな顔とも違う。ただただ、困惑しているような。眉間に皺を寄せて、口もギュッと結んで。何かに必死に耐えているような、難しい顔をしている。あれはやっぱり何かあった。

 コーヒーを二つ入れながら、それを想像する。何度も言うけれど、面白がっているわけではない。ただ、悪い方向に行っていないといいな。それだけ。もう少し森本さんのところとは仕事をせざるを得ないし、ぎくしゃくしていたら仕事に支障が出る。そうなると海さんは、もっと落ち込んでしまうから。心配だけど、今はまだコーヒーで我慢してもらわなきゃ。席へ戻ると、千佳子さんが海さんのところから離れていくところだった。


「千佳子さん、試食会の件ですか?私、今回はパスなんですけど、海さんもでしたっけ?」


 今、千佳子さんが海さんに用事があるとすれば、それくらいしか思いつかない。海さんは、ありがとう、と淹れて来たコーヒーを受け取って口を付けた。


「あぁ、うん。そうだったんだけどさ。さっき田中さんが一緒で、お誘いしたんだ。まぁ一般男子の意見も必要だしさ」


 飲みながら苦笑いを浮かべる。誘った事を後悔しているのだろうか。


「そうでしたか。森本さんご夫妻は、別件でダメなんですよね。田中さん、いらっしゃるといいですね。ね、海さん」

「何、その言い方。優奈、こら」


 そうやって海さんは、大人ぶるけれど。本当は、田中さんの事が好きで苦しいんじゃないか。昔フラれた相手、とか。片想いしていた相手、とか。そんなところだろうか。


「だって、海さん。田中さんの事、めちゃくちゃ意識してたじゃないですか。私は、恋ではないか、と思っています」


 私がそう宣言する頃には、海さんは少し落ち着いて来たようだった。他の人から宣言されるなんて嫌だけど、海さんたちを見ているのがじれったくて仕方ない。カップに口を寄せ、海さんはまたコーヒーを飲む。それから、ふぅと息を吐き「有難うね。さて、午後も頑張りますか」と微笑んだ。




――え?田中さんも様子がおかしかった?あぁ、と言うことは、やっぱり何かあったんですよ。でも、その後は二人とも変わった所はなかったし、多分何も進展はなかったんでしょうね。え?あの二人は何があったのかって?分からないですけど、昔好きだった相手、とかだと思うんですよね。お互いに知っているようだったし、片想いで影から見ていた、とかではないと思います。だから、私この間仕掛けたんですよ。あ、そうです。ランチ会の時です。




 ランチの注文を終えると、海さんはお手洗いに立ち、私は隣の席の彼らと話をしていた。 真面目な海さんは、どんなカードを書いたんだろう。ふと、そう思った。


「花枝さんのカード、可愛いですね」

「そうだろ?僕のはこういう柄だよ。シンプルでいいよね」


 森本さんの差し出した物は、濃紺に箔押しでシンプルに『INVITATION』と書かれている。私が見たのは封筒だけで、そんな物大体皆同じ。中身は個々に選んでいたことを今知る。


「へぇ。お二人に何かぴったり。そうなると、田中さんのは?」

「え?あぁ。これですね」


 はい、と田中さんは、私に封筒ごとカードを手渡す。そっと中を覗き見ると、それはオレンジやイエロー、グリーンの淡い水彩の水玉が沢山描いてあった。つい「わぁ、可愛い」と出して見るが、私は彼のイメージとは何だか少し違うような気がした。


「そうよね。何かバイトくんのカード、可愛らしいのよ」


 花枝さんも不思議に思っているようだった。確かに田中さんには、可愛らしいデザインなのだ。ただ、この淡い色合いがまるで……


「初恋、みたいですね」

「え?」

「あぁ、すみません。何だかこの色合いが、甘酸っぱくて爽やかな初恋みたいだなぁと思って」

「確かに。ほら、遠くから見るとそんな感じだ。畑中さん、いい観点だね」


 森本に褒められて、有難うございます、と照れ笑いをする。けれどそんな事よりも、田中さんはどう受け取ったのかが気になった。彼は、その単語に少し顔を赤らめたようにも見えたからだ。話の流れの中で開いていたそのカードには、海さんの綺麗な文字で今日の日時が書かれている。イラストやシールといった装飾もなく、何ならカラーペンでもない。ただの黒インクのペンで書かれた、味気ない文字。もう少し可愛らしくすればいいのに。せめて、田中さんのくらいは。


「あっ」


 そう、私は見つけてしまった。メッセージの下の台紙に書かれた海さんの、小さな小さな文字を。あぁだから、海さんは渡す時にあんなに緊張していたのだ。


「……はい。田中さん。初恋カードお返しします」

「初恋って。色合いが、ね」


 そう言いながらも手元に戻ってきたカードをまじまじと見つめる様は、彼もまた海さんに恋をしているように見えた。でも、私はまだ言わない。あの台紙に書かれている事を。




――え?何でその時に言わなかったのかって。だって、それって私が見たらいけないものだし。何よりも、田中さん自身が見つけないといけない気がしたんですよ。

 千佳子さんとは、前からもしかしてそうじゃないか、って話してたんですけど。え?あ、そうです。そうです。だから千佳子さんは、ランチ会のお誘いをカードとかで、って促したんですよ。だって、何かしないと本当に平行線のままな気がして。それで、物証を見つけちゃったので二人で相談して。それで、今回緊急に花枝さんにもお手伝いしてもらおう、って。色々な説明が今になってしまったから、花枝さんとしては不思議でしたよね。それにしても千佳子さん、上手くやれたかなぁ……



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