※ ※ ※ ※
「ベリータ、手紙が着いてるわよ」
「あら、ホント?珍しいね」
ママが指差す机の上には、JAPANと大きく書かれたエアメール。あぁ、サクだ。いつも言ったのに。差出人よりも宛先人の住所が大きくていい。だから自分の住所は小さくたっていいんだ、と。それでも彼は、大きい方が読みやすい、と譲らなかった。サクは、変わらない。
「日本からね。読まないの?」
「あぁ、うん。そうね」
これがサクからの手紙である、と言うことがベリータを躊躇わせた。中に何が書かれているかなんて分からないのに、いつもみたいにその場で封を切れない。浮かない顔をしているベリータを、ママは不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。ただそれに気付かぬふりをして、冷蔵庫を開ける。
電話でもない。メッセージでも、メールでもない。手紙であること。嫌な予感しか浮かばない理由である。それに、こうして連絡が来るまで数ヵ月。真面目に考えてくれているのだ、と思えたのは、初めのうちだけ。何の音沙汰もない時間が返事に期待出来ないことを示していることは、ベリータも少しずつ理解し、覚悟は決めてきたつもりだ。
ママに何も言わずに、ミネラルウォーターを手にし、ベリータはその場を離れた。彼の文字の書かれたあの封筒を握って。本当は酒でも良かったかも知れない。でも、どんなことが書かれていようとも、冷静にこれを読まなければいけない。そうして、彼に何かしらのアクションを起こすのだ。
親愛なるイサベルへ
元気にしてる?僕は仕事にも慣れてきて、何とか元気にしているよ。
この間、といってもだいぶ経ってしまったね。日本に来てくれて、有難う。嬉しかったよ。でも、次に来る時は、きちんと先に僕の予定も聞いて欲しいな。
それでね。あの時に君が言ってくれたことなんだけれど。きちんとしなければって思いながら、先延ばしにしてしまったね。ごめんなさい。
答えから言ってしまえば、僕はこの先の人生を君と歩く事は出来ない。イサベル、君の言ってくれた事はとても嬉しかった。けれど、君と一緒に過ごしていくイメージが出来なかったんだ。本当はもっと早く伝えるべきだったし、本当は会って言わなければいけなかった。なかなかそっちに行く時間が取れなくて、せめて手紙で伝えることにしました。
イサベル。君には、感謝しているよ。君がいたから、スペインをこんなにも好きになったんだ。あの時間は特別だった。君や皆がいたからだよ。本当に有難う。
また、連絡するよ。
朔太郎
「サク…」
変な所が律儀で、よく日本人らしいって馬鹿にされてたわね。また連絡するよ、か。少し形式的な言い回し。こういう所も彼らしい。カジュアルに纏めることだってきっと出来たのに、敢えてそれはしなかった。つまり、これはきちんとした返事だ、ということだろう。
彼がこの先の人生について考えた時、そこにベリータはいなかった。それが正式な答えだ。ただそれは、まだ将来が見えないという意味なのか。それとも、別に並んでいる人が見えたということなのか。そのどちらかは読み取れなかった。
ベリータは水を半分流し込み、携帯を取った。
『サク、久しぶり。手紙着いたわよ。きちんと考えてくれたのね、有難う。でもね、一つだけ確認したいの。もしも仕事のことで一杯で考えられなかったと言うのなら、連絡をちょうだい。でも、もしも。他に誰か大切な人を見つけたのなら連絡はいらない。一晩だけ待ってる。愛してるわ』
打ち込む指が震えて仕方なかった。デリケートな心がまだ自分に残っていたことは新たな発見だな、なんて変に冷静な自分と。思っていた以上に彼を愛していたことに、腹が立っている自分とがいる。
こんなに彼を想えるのなら、もっと早く伝えるタイミングなどあったはずだ。どうして気付けなかったのだろう。彼が日本に帰る時に、どうして言えなかったのだろう。サクはあの時――彼が会社へ挨拶へ行ったあの日、何かがあった。ベリータは確かに違和感を感じていたのだ。それから、彼はベリータを避けているようだった。
その時、何があったの?もう少しだけ早く、気持ちを伝えられていれば……
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