ケット・シー③

 それから再びマダムの家の周りを探すと、思ったとおり猫さんの足跡が見つかりました。

 わたしの仕事場の周りも見てまわると、やはりありました。

 集落の猫さんたちは集落のみんなで飼っているようなコです。

 ひとつの家にとどまらずにあちこちを気ままに歩いているものです。

 だから足跡があったからとて不思議にも思いませんでしたし、下着ドロボウが猫さんだなどと頭の隅っこにもなかったわたしにはとんでもない盲点だったのです。


 あらためて気を付けて歩いてみれば、猫さんたちの気配が集落のどこにもありません。


 ヒントは得ました。わたしにも思い当たることがあります。とはいえ結論を急いではいけません。

 彼らが何かを持って出ていったのなら、今度は持ち出した先を探さねばなりません。

 

 集落のなか、なるべくヒトの目につかない方角へ彼らの痕跡を求めて進みます。

 すると、集落の中ではあまり見られなかったような、同じ方向へ伸びる物を引きずった形跡を見つけることができました。


「うっしゃ」


 思わず小さくガッツポーズをとりました。

 心のなかでは全力のガッツポーズです。狂喜乱舞です。

 そしてこれから出会えるだろう光景を思い浮かべて、頬がゆるむのでした。


 集落の北、少し歩いたところに小さな森があります。

 食材も遊べそうな空間もあまりなくて、ヒトの出入りの形跡のほとんどない森です。

 万が一にも森に来ている猫さんを脅かさないようにと、慎重に慎重を重ねて中へ入りました。


 草木が思いのままに茂った森の歩きにくいこと……

 しかし注意深く見れば、小さな動物の獣道がところどころに見受けられます。

 緊張します。わくわくします。心がおどります。

 一歩踏み出すごとに期待感が高まります。


 森の入口が木々に隠れるほど進んだところに、それはありました。

 いえ、期待していたものとは違ったのですが、これはこれで嬉しい発見です。


 『踊り場』と呼ばれる、キノコが円状に並んで生えている場所を見たことはないでしょうか。

 そこはときどき不思議な場所と繋がっていたりするのだといいます。

 それが、草をかき分けて進んだその目の前に現れたのです。


 そしてその脇には耳が長く毛の短い、小さなハットをかぶったつややかなグレーの猫さんが一匹待ち構えていました。


「あ──」


 猫さんを脅かさないように、わたしはピタリと固まります。

 そして敵意がないことを示そうと、あさってな方向へと顔を向けました。

 本心はかわいい猫さんを見たい気持ちでいっぱいです。


 すると、


「おかしなやつだにゃ」

「えっ……」


 本当に驚きました。

 いえ、こういうこともあるとわかっていたのですが……

 それでも驚きました。

 目の前の猫さんが話すのです。

 その言葉がわかるのです。


「あなたは──?」

「あんたはぼっちさんにゃ?」


 わたし、猫さんにまでその名前で呼ばれるんですね?


「え? ええ……」


 それにしても、わたしのことを知っているんでしょうか。

 このコが集落の猫さんの一匹なのであれば、あるいはもっといろんなことを知られているかもしれませんが。 


「王様が待ってるにゃ」


 その瞬間、きっとわたしは目を輝かせていたに違いありません。

 王様。猫さんの王様。このときがついにきてしまいました。

 これはもう確定的でしょう。


「ケット・シーさん、ですよね」

「そうにゃ。この入り口に入ればすぐにゃ」


 猫さんはそういってキノコの円の真ん中に飛び込むと、その姿がふっと消えていきました。


「わお、すごい」


 胸がときめく展開です。

 好奇心がずっととまりません。

 ここからさきは、モフモフがもふっとしてるに違いないのですから──!


 わたしは小さくピョンと跳ねて、その入口に飛び込んだのでした。

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