シープ④

「怒らないでくれ、私はただひつじたちが満足するまでお嬢さんにじっとしていてもらおうと思ってね──」

「どうでしょうね! アナタはとっても優しいヒトですもの。勘違いしたソノヒトが手を出さないなんて言えないじゃない?」


 ああ、この感じは懐かしいです。

 とても自由で、とても悪戯好きで、一緒にいると楽しい子です。


「あの、ピクシーさん。それは大丈夫ですよ、わたしとおじさんとでは年の差も大きすぎますし──」

「どうかしらね! こんな穏やかなヒトに好意を持てないほうがおかしいのじゃない?」


 フォローをいれてみたものの、何を言っても火に油なようでした。

 口は悪いのにしっかりとのろけてしまって、まあ、まあ。


 彼女のツンとした表情はしかしすぐにとけて、おじさんに向き直って笑いだしました。


「ふふふふ、なんてね! アナタの困った顔、本当に好きよ。あはは」

「勘弁してくれよ。私だけなら構わないが、他のヒトまで巻き込んではいけない」


 おじさんが彼女にそう言うと、彼女はすこしシュンとした様子を見せる。


「ごめんなさい。でも楽しそうな2人に妬いたのは本当よ。ほんのすこし嫌だったから、だからほんのすこし困らせてやろうって思ったのよ」


 そう話す彼女を、おじさんは自分の腕に座らせて指先でなでる。

 なんて微笑ましい光景なのでしょう。顔がにやけてしまいます。


「そのコたちも、そろそろお腹いっぱいになるのじゃないかしら」


 彼女がそんなことを話しました。

 わたしはまとわりつくひつじたちを眺めます。

 すると、まるい体はぷくりとふくらんで、フワフワと空に舞い始めました。


「わ、かわいい」

「ふふふ、かわいいでしょう? 私たちのひつじたちよ。最近どんどん増えているのよね」


 ひとつ、ふたつ、と幸せそうな顔をした小さなひつじさんが離れていきます。


「このコたちは、何を食べていたんですか?」


 今度は聞きたいことが聞けたと思います。

 するとおじさんが答えてくれました。


「彼らは君から生えた草を食べていたんだよ」

「いえ、それはそうなのですが」


 わたしから生えた草と言われると、なんか不潔みたいで嫌なのですが。


「あの草はなんなのかなあ、というお話が聞きたいのです」


 今度もはっきりと尋ねることができました。気のせいか、ぼんやりしていた頭が段々と冴えてきたように感じます。


「コノヒトが言ったとおり、あの草はあなたの草よ。いろいろな種からぐむ草が大好きなのよ」


 わたしの草、わたしの種……やっぱりわかりません。

 どう捉えればよいのでしょう──?


 悩むわたしを見て、2人がくすくすと笑いました。

 実はこの2人って似た者同士なのではないでしょうか……


 2人はしばらく笑うと、やがて、おじさんが話してくれました。


「君は、私たちには詳しくはわからないが、眠ろうとする前に何かにとても悩まされていたに違いないだろうね」


 悩み。そうだ、さっきまで何かに怯えていました。

 けれどそれが何だったのか、冴えたと思った頭でも思い出すことができません。


「なやみの種、ふあんの種、色々あるが、そういうものから生えた草を彼らは食べるんだ。そのヒトがぐっすり眠れるようにとね」

「本当に美味しそうに食べるのよね、あのコたちってば。ふふふ」


 彼女はおじさんの腕からひょいと飛んで、フワフワ浮かぶひつじたちの間をスイスイと縫うようにして、嬉しそうに宙を舞いました。


「アナタがいろんな草を教えてくれたから、私たちのひつじはいつだって幸せになれたのだわ」


 そう言っておじさんの周りをクルクルと舞い飛び、彼の頭に寝転がります。




 なるほど、そういうことですか。

 いまいるこの場所の出来事が、少しずつわかってきました。

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