記憶の嘘。

無頼 チャイ

第1話

 カチッ、カチッ。立て掛けてある時計の秒針が時を刻む音。元読書部だった部室の名残である古本が音に合わせてカビの匂いを漂わせる。

 高校の部室でありながら、まるで古い館の書庫を思わせるような空間だ。

 頬に当たる机のひんやり感がたまらない。


 数秒の間、幻想の館を満喫する。そしてふと脳が今までのあらすじを想起させた。

 嬉しそうに心理の話しをする女子生徒が、俺に向かって色々とレクチャーする姿。


 あー、そうだった。


「ふぁ~、すいません、寝てました……。で、フォースメモリがなんでしたっけ……ん?」


 机の上で寝ていたらしく、左顔面が痛い。

 眠気を紛らわすためフォーなんちゃらっと言って伸びをすると、右腕に硬い物が触れる。

 何気なくそれを取り、眺めた。


 握った柄は黒く硬い材質で筒状の形。そこから鈍く銀色に輝く物、そして、その鋭利な先端には赤い液体がこびりついていた。


 数回の瞬きのち、それが何か分かり立ち上がる。そして、またも信じられないものが目に飛び込んだ。


「……先輩?」


 ホワイトボードの下に、夕焼け色のスポットライトを浴びる小柄な女子生徒が仰向けに倒れていた。


 すぐに駆け寄り上体を起こすと、薄紅色の唇の端から赤い筋が首へと続いてた。


「もしかして、俺が……俺が先輩を!」


 鏡が割れるような音が心の中で鳴った気がした。

 どうしよう、先輩、先輩!


「先輩……、悪ふざけは止めてください」


「痛っ!?」


 先輩が額を両手で抑えだし、腕の隙間から俺を睨んだ。俺は彼女を支える腕を素早く引っ込め元の席へと戻る。

 今度は後頭部を押さえている。


「イタタ……、翔真君。可憐な先輩に対してデコピンを繰り出し、後頭部を強打させる君は礼儀を知らないのかい?」


「後輩を殺人者にしたてあげようとする先輩への礼儀にはこれで十分ですよ」


 自分じゃなければ警察沙汰になっている、むしろ感謝して欲しいとさえ思った。


 そんな自分の心境など知らぬサークル設立者は血糊を指で擦って口にしていた。


「頭を使った後は甘いものに限るな」


「あなたの血は糖度いくつですか」


「私の血は甘くないさ。こういうこともあろうかと、ハチミツに食紅を混ぜたものを持ち歩いてるのさ」


 どんな時だ、と突っ込むのも馬鹿馬鹿しいので、またフォーなんとかについて尋ねた。

 それが悪かったのか、血糊をチューチュー吸う吸血鬼みたいな先輩の眉がピクリと動く。


「小野 翔真君。フォールスメモリについての私の講義、聞いてなかったな」


「植え付けられた記憶だとか、偽りの記憶だとかは聞きました」


「よし、じゃあそこから説明を――」


 教室にチャイムが鳴り響いた。勢いを断たれた先輩はどこかもどかしい表情を浮かべつつ、今回の活動の終了を宣言した。


「……明日はしっかり教えるからな」


 アハハ。

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