第19話

「妹さんはどうだった? だいじょ――――なに、それ?」 


 リビングに戻ってきた俺に対して、麗佳は怪訝な表情を向ける。




 いや、正確には俺の傍らにある、もっそりと動くダンボール箱に疑問を持っていた。




「いや、まあ気にしないでくれ。ここにあるダンボール箱は今、ここにいないものだと思って扱って欲しい」




「すっごい無理な注文じゃない?」




 まぁ、俺の傍らにあるダンボール箱はたえずもそもそと動き続けているほか、中からはくぐもっと息継ぎが聞こえてきており、さらにはたまに奇声が轟いてくる。




 最強のスニ―キングアイテムである段ボール箱(通販サイト利用により妹の部屋にうず高く積まれていたもの)でも妹の気持ち悪いオーラを隠すのは無理があったらしい。




「実はな……」


 俺は麗佳に事のあらましを説明し始める。




 乃雪が言うにはファンとして、憧れの存在である麗佳が家に来たなんて機会は見逃せない。


 しかし、対人恐怖症を拗らせに拗らせている為、一緒にいるのは緊張する。




 その為の苦肉の策がこれだ。一緒に会うのは引きこもり的に無理があるけれど、一緒にいるという空気は共有したい。




 ……なんの意味があるんだろう、これ。






「そうなのね。妹さんが私の事、知ってたのは嬉しいわ。ありがとう、えっと……」




「乃雪(のの)だ」




「じゃあ乃雪ちゃん。いつも応援してくれて、ありがとう」




 ダンボール箱(in乃雪)にそう呼びかける麗佳。




 その瞬間、ダンボール箱が強烈に微振動し始める。




「おおぉっ、おおおおおおおお!!!!」




「え、なに、どうしたの? ね、ねぇ、円城瓦君、妹さんってば、どうしたの?」




 瞬間、俺のスマホには『ヤバい』『感動し過ぎてゲロ吐きそう』『言語野が悦びに満ちている』『語彙が失われる……あ、……うたは……うま……』などのメッセージが次々と届いた。




「大丈夫だ。喜びすぎてゲロ吐きそうらしい」




「それは大丈夫なのかしら!?」




「問題ないから安心してくれ」


 それでも心配そうに見つめる麗佳。




「……お前って実は良いやつなのか?」


 そんな彼女を見ていると、ふと口からそんな言葉が飛び出す。




「え、なによいきなり」




「いや、お前のそれは演技には見えないなって」




「演技って……。そんな訳ないじゃない。どうしたのよ、いきなり」




「いや、芸能人って有名になればなるほど、性格悪い奴しかいないものだとばっかり」




「偏見が過ぎるわ……」


 溜息を吐いたあと、麗佳は言葉を続けた。




「それより、明日からどう動くかを話し合いましょうよ」


 面映ゆい様子で顔を赤くしつつ、麗佳は本題に入ろうとする。




 今日の作戦会議の目的は明日からどう動くか、その方向性を決めていくことだ。




 二人で動けるとは言え、普段の俺には大した戦闘力はない。さらに言えば麗佳もまた、無敵とまでは言えないようである。でなければ、俺に負けるなんて有りえない。


 いや、と言うよりも……、俺は一つの仮説にたどり着いていた。

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