閑話+兄の動揺

 うっかりしていた。


 そう少年は―――少女と見紛うばかりの容姿をしたきよむは、自分の失態を後悔していた。

 親の頼みで、澄は朝から材料を揃えてチーズケーキをつくっていた。

 家事自体は彼の得意分野であり、楽しくはあっても苦にはならない。

 ベイクドにするかスフレにするかレアにするか。

 少し悩んで、ベイクドにした。先月にオーブンを新しくしたばかりなので、せっかくなので多用したい。

 オーブンの温度を確認し、仕事部屋に行く。両親にアシスタント数名に弟がゴロゴロ床に転がっていた。

 その場で寝るな。

 今日は母親の〆切日である。

 このような状況は毎度のことなので、いちいち気にしない。とりあえず個々に毛布をかけていく。

 この人数を布団まで運べる体力が残念ながら澄にはなかったのである。

 最後に、いつの間にか自分の身長を越していた弟に毛布をかけた。

 いまだ義務教育中にも関わらず、こきつかわれている。

 世間一般常識からいって、これはかなりまずいのではと思っているのだが―――

 漫画家の常識と世間一般常識を比べてはいけない。

 いけないったらいけない。

 彼らはたまに人間の限界を軽く超越する。

 睡眠時間だとか。作業行程だとか。

 そこにモラルは存在するのだろうかとか考えてはいけない。

 とりあえず、勉強しよう。と自室に戻ったのが昼前のことである。


 何が起こった。

 何が起こった。

 夕方、冷ましていたケーキを切り揃えていたらキッチンに弟が入ってきてさらりと爆弾落として去っていった。


「女の子がひとり」


 女の子が、ひとり。

 普通の言葉にも聞こえるが、そうではない。

 弟が敢えて言った、これが重要なのである。

 澄の弟は変人である。

 天才だが、変人である。

 友人もそう多くない上に癖のある人間ばかり。その中に女の子はいるにはいるが、女の子扱いをしているかといえば―――ないな。他の男友達と同様のくくりにある。

 しかし弟はあえて女の子、という言葉をつかった。


 これは、もしかして。もしかするのか。どうしよう、心の準備ができていない。どんな娘だろう。生きてるのかな足あるのかな弟以上に変わっているとか目からビーム出るとか口から火を出すとかそれもう人じゃないな落ち着こうか自分。


 ぶつぶつと冷蔵庫に向かって話す息子に気づいた両親が、もうひとりの息子がいるリビングに乗り込むのはこの一時間後のことである。

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