踊るマネキン

第1話

刑事をしていると、時々不可解な事件に出くわす事がある。この事件は私が班長になってからしばらくした頃に起きた。今でも日本国民の頭にべったりとこびりついているに違いない。私もその内の一人だ。無理に引き剥がそうとすれば、『それ』は私の脳みその半分くらいを一緒に引き剥がし、酒井結子という人間の形を保てなくしてしまうだろう。

「いやー、班長って本当に美人ですよね、しかも、その若さで捜一の主任ですもんね。いいなーうらやましいなー」かつ丼を口に頬張りながら長野一がそう言うと、隣にいた黄田真が彼の言葉を遮った。

「おい、長野。班長に失礼だろう」

「いいのよ、黄田。もうこういうのには慣れたから」

こういう反応をする上司や部下を何人も見てきたので結子は慣れている。

それに大抵はこの言葉の後に『もう少し性格が女性らしければ』と続くのだ。

結子はノンキャリアであったが、二十八歳の頃に警部補に昇進した。ちょうど本庁に配属が決まったころに、昇進試験も無事に受かっており晴れて捜一で自分の班を持つ事となった。結子はどうしても殺人を扱う捜一にいきたかった、自分こそが配属されるべきだと自負している。『女のくせに』『女なら女らしくしろ』警察官になってから、嫌という程耳にした言葉だが、結子はそれも全て自分のバネにしてきた。

「ところで主任、聞きました?この前、河原で焼死体が見つかった話」

「あー、聞いた。あれでしょ?身元も分からない位に真っ黒こげだったっていうやつ」

「それです。実は交番にいた頃の先輩が担当したんですけど、不思議な遺体らしいんですよ。」

「えぇ?!ちょっと!ご飯の時に勘弁してくださいよ」長野がしかめっつらをしていたが、黄田の言う不思議な遺体がどんなものなのかが気になった。

「長野うるさい。聞きたくないならあっち行ってて。それで?不思議な遺体って?」

長野がかつ丼を持って別席に移動したのを確認して黄田が続ける。

「何でも、体の中身が殆どないらしいんですよ。空っぽに近いって言ってました。歯も全くなくて、身元の特定がまだ出来てないみたいです。」

「空っぽねぇ。犯人が中身は持ち去って違う所で処分したか、もしくは内臓に何か見られたくないものがあった、とか?ただなんとなくやったって訳では無さそうねぇ。」

どうせ燃やすのになぜわざわざ開腹したのだろう、そうまでして何を隠したかったのだろう、と結子が考えを巡らせていると黄田が言葉を続けた。

「それだけじゃないんです。その焼死体、マネキンスタンドで立たされていたんです。ちょっと常軌を逸してますよね」

「それだ。内臓がないのはマネキンスタンドで立てる様に軽くしたかったからよ!」

「おいおい、捜査が始まる前から憶測は良くないぞ、酒井。」

声の方に目をやると、奥の席に熊のような大男が座っていた。

「西川係長、いらしてたんですね。」

「あぁ。この近くで食う所なんて限られてるからな。さっき黄田が話してた事件な、うちで帳場が立つ事になった。今回は酒井班にも出てもらおうと思ってる。いけるか?酒井」

「もちろんです」即答して残った昼食を一気にかきこんで店をでた。

「やりましたね、主任。久しぶりに大きなヤマですよ。」そう言って黄田がほほ笑んだ。

「さっき係長、酒井班にもって言ったわよねぇ。合同捜査だとしたらどこの班かしら。あれ?そういえば長野は?」

「あー、そういえば。電話しておきます。」

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