リア充を爆発するだけの簡単なお仕事です
六理
リア充を爆発するだけの簡単なお仕事です
夏の暑さで頭がスパークなされたのか、お嬢様が大変アレなお願いをなされました。
「忍者を探しなさい」
午後のアフタヌーンティーは奥様の道楽で作られた温室で。
陽炎立ち上る灼熱の外とは一線を画した室内、小柄なお嬢様は山のように積み上がった夏休みの宿題に拳を叩き込まれました。
案の定、雪崩れました。お嬢様は視界から消えてしまいます。
「くっ…無機物さえもわたくしをコケにするのね!」
「自業自得だと思われます」
あと紙は有機物でございます。
有機物と無機物の違いは学校で習うはずなのですが。
物質には、加熱したときに燃えたり炭になったりする物質と、燃えない物質があるのです。
有機物は燃えると二酸化炭素を発生し、加熱すれば黒く焦げて炭になる物質になります。例を上げるなら砂糖、プラスチック、紙などです。
無機物は有機物ではない物質ですね。例を上げるならガラス、アルミニウム、水、食塩など。
二酸化炭素が発生したかどうかは、石灰水をお使いになればわかるかと。
二酸化炭素が発生していれば石灰水が白く濁りますので。
「誰がこんなところで化学を語れと言ったのよ」
「間違いを訂正させていただきました」
あと化学と申されましたがこれは中学生が習う理科のレベルでございます。
大学生になったお嬢様がこんなものを間違えるというのはすこしばかり気になるというよりはおそろしいことのように思いました。この家の行く末が。
「家庭教師を増やしたほうがよろしいかと旦那様に」
「言わなくていいわよ! なんでそんな小さいことまでお父様に言うの!」
「雇い主は旦那様でございますので」
まあ、表向きも実情もはお嬢様付きの執事でございますが。
それはそうと、忍者ですか。
「今日はね、ミユキとカオリが来る予定だったのよ」
「存じ上げております」
ミユキ様とカオリ様はお嬢様のご学友でございます。
これぞクロワッサンとでもいうべきなボリュームのある巻き髪なのがミユキ様。
まさに市松人形とでもいうべきな前髪と後ろ髪を肩で揃えているのがカオリ様。
お二人が並べば異国の人形と自国の人形のような方々でございます。
一緒にいるとお嬢様はごく普通なので逆に浮くという現象がおこります。
どこに出しても目立たず気づかれず周囲に溶け込む見た目は平々凡々のお嬢様。
見た目は。
今日はお嬢様と夏休みの宿題を片付ける約束を取り付けていらっしゃいました。が、直前に向こうから用事が入ってしまったとキャンセルなされた所まではこの耳に入っております。
「ふふふ…友情なんて脆いものよ」
雪崩れた紙に埋もれたお嬢様はそれらを乱雑に振り払いながら立ち上がりました。
ご本人は気づいてはいらっしゃらないので放置いたしますが、お嬢様の頭に消しゴムが乗っかったままでございます。
「あんの…ビッチ共! わたくしとの予定がありながら新しくできた男とデートですって!?」
「お言葉が過ぎるかと」
おそらく言葉の意味をわかって言っていませんね。
最近になってどこからか仕入れた単語をこれでもかと使おうとなさいますが、きっとその単語をアルファベットで綴りを書けと言われたら書けないのでしょう。
色んな意味で残念でございます。
ビッチとは罵倒語であることだけはお分かりでしょうか。
他にはスラヴ系において、なになにの男の子どもという意味でございます。
ロシア人など一部のスラヴ系民族では男性の父称の末尾に必ず使われますね。
おそらくお嬢様がさしているのは雌犬の事でしょう。
娼婦、アバズレなどの意味を指す女性蔑視語ですのであまりお使いにならないほうがよいかと思います。
そうです。思っても言わない。口にしない。
心でとどめておくのがマナーというものでございます。
この単語の意味は日本だからこそ通用します。現在の英語ではこのように性的な意味合いを持つことはありませんのであしからず。
「ううう…なに言ってるかほとんどわからないけど、みだりに使うなということだけはわかったわ…」
「ひとつは確実に成長なされましたね」
しかし、何故に忍者が必要なのでしょうか。
「闇討ちするなら忍者でしょう。リア充なんて爆発すればいいんだわ」
「忍者に対していささか認識が甘いと思われます」
しかし、ミユキ様とカオリ様は婚約者がいらっしゃったと記憶しております。
これは要、調査が必要なようです。
「見て! 探してくれないから自分で見つけてきたわ!」
すこし目を離すとこうです。
机上の食器を片付けている間にお嬢様は温室へ黒いなにかを引きずってきました。
この暑い中、黒い長袖に黒いズボン黒の目出し帽に黒の軍手。
全身黒ずくめの人間は抵抗することもなくお嬢様に足を持たれているのを見ると気絶して伸びているようでした。
「どこで捕まえてきたんですか」
「そこ。庭の草をむしってたわ」
それはたぶん、庭師でございます。
憐れ、厳重な日焼け対策がお嬢様から見て忍者に見えたようです。
せめて白で統一していれば間違われなかったでしょうに。
そもそも忍者が昼間からそんな服装でいることはあり得ません。
全身墨染めの黒装束などテレビの見すぎでございます。
黒は逆に夜間に浮いて見えるので紺色や柿色の服を使用することが多いのです。
むしろ状況に合った服装でないと確実に浮いてしまいます。
「お嬢様に説明してもわかられないでしょうね」
先ほどまでの不機嫌はどこへやら、新しい玩具を手にいれたお嬢様は嬉々としてなにかを企んでいるようです。
廊下に出て近くにいたメイドを呼び、庭師を手当てを頼みました。
「そういえばお嬢様」
言うか、言うまいか悩んだのですが。
「頭に消しゴムが乗っかったままですよ」
旦那様へのご報告は三つ。
お嬢様への家庭教師の再追加。
庭師への手厚い配慮と口止め。
ミユキ様とカオリ様の男事情。
一番下は、もしかすると騒動になるかもしれません。もっと慎重に照らし合わせてみましょう。
リアルに爆発はしないかもしれませんが、これが噂になれば人生が爆発するかもしれません。簡単に。
これも仕事のうちですので。
「忍者は本当は地味なんですよ、お嬢様」
リア充を爆発するだけの簡単なお仕事です 六理 @mutushiki_rio
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます