第18話 距離

 仕事探しの為に港町クナートをさ迷い歩いたが、当てもない上、積極的に他人に声を掛けることが出来ないソフィアにとっては職探しは非常に難易度の高いミッションだった。


 それでも、とぼとぼと彼女が歩を進めていると、たまに気さくに声を掛ける者もいた。だが、仕事を探している旨を伝える前に、何故か急に顔色を悪くしそそくさと立ち去ってしまう者ばかりだった。ソフィアは自分の愛想が無いからなのか、それとも少しの会話で役に立たない事が露呈してしまったからなのか、と自己嫌悪に陥ったのだが、実際は異なる理由があった。

 彼女はその事を知る由も無いのだが、彼女の背後で“自称・保護者”が目を光らせており、彼の目から見て危険と判断した人物には容赦なく圧力プレッシャーを与えて追い払っていたのだ。



 何度か足をふらつかせつつも気合と根性で夕刻までねばったのだが結局良い成果は得られず、ソフィアは諦めて帰途に着いた。宿の名前をイメージした、黄色掛かった橙色に塗られた橙黄石シトリアやじり亭のドアの取っ手に手を掛けた時、背後から明るい声が掛かった。


「お疲れ様、ソフィア」

「え」


 思わず振り返ると、そこにはシンが微笑して立っていた。夕陽に照らされた彼の髪は柔らかな橙色の光を帯びており、茜色に染まる街並みに溶け込んでいる。

 あまりのタイミングの良さに思わず柳眉を顰めてソフィアはシンを見上げた。そして口を開くが、その前にシンが笑顔で言葉を続けた。


「つい今さっき、雑貨屋さんの角でソフィアを見つけたんだけど、集中してるみたいだったから。声を掛けないで後からついて来てたんだ」

「……え、……そ、う……なの?」

「うん。気付かなかった? ふふ、やっぱり、よっぽど集中してたんだね」


 ソフィアの感じた疑問を完全に払拭出来る理由を、ゆるぎない微笑を湛えてシンは語る。

 実際は昼間、西区の大橋のたもとで話してからずっと彼はソフィアの後ろについていたのだが、彼女がそれに気付けるはずもなかった。何しろ、冒険者としての実力が雲泥の差なのだ。その上、話術に置いてもシンは得意分野でもある為、ソフィアはいとも簡単に丸め込まれてしまった。


「……何か、用?」


 むす、と不機嫌そうに小さな唇を尖らせたままぶっきらぼうに言う。


「その前に、まず店に入ろうよ。寒かったでしょ」


 にっこりと笑顔で言うと、シンはそのままソフィアが止める間もなく橙黄石シトリアやじり亭のドアを開けた。



「こんばんはー」

「いらっしゃいませぇ……おや? ソフィアさん、お帰りなさい」


 宿の主人が2人に目を留め、次いで目を丸くする。夕方の繁忙時間帯だからか、店内には数人の客と配膳の女性が3名いた。皆、ソフィアの事は知っていたが、彼女が誰かを連れ立っているのを見るのは初めてらしく、興味津々といった態でチラチラと入ってきたシンを見ている。客の中には明らかに値踏みするようにシンを見る者……男性もいたが、それに気づいてもそ知らぬふりで、シンは微笑したままソフィアを促して店内へ入った。入り口のドアを閉めてから、店主に声を掛ける。


「温かい紅茶を2つお願いします」

「あ、はいはい、ただ今ぁ」


 例に漏れず驚いて固まっていた店主がシンの言葉に慌てて頷く。そして彼が紅茶の準備を始めると同時に、店内の空気もゆっくりと通常のものへと戻っていった。

 笑いさざめく声。陽気で調子外れな歌声。肉や魚の焼ける香ばしい香り。それらから少し離れた窓際の4人座りの席にシンはソフィアを連れて行き、先に腰を降ろした。渋々ソフィアもそれに倣って、シンの対角線上にある椅子に腰を降ろす。その様子を見詰めながら、シンはクスッと笑った。


「本当はソフィアの部屋にお邪魔したかったんだけどね」

「やめてよ」

「うん、そう言うかなって思って。それはまた今度にしようかなって」

「いや、今度とか無いから」

「えー」

「えーじゃない」


 相変わらず、からかっているのか本気なのか、イマイチ分からない。そろそろ噛み飽きた苦虫を噛み潰しつつ、ソフィアは顔を顰めてそっぽを向いた。


「それで……何の用?」

「それは僕のセリフ」


 予想外に落ち着いた声音のシンの言葉に、ついソフィアはシンに視線を戻した。笑みが消えた2つの緑碧玉はじっと真っ直ぐに彼女を映しており、吸い込まれるような感覚に陥る。動揺して思わず言葉に詰まり、ソフィアは黙り込んだ。

 丁度良いタイミングで、2人の座る席に湯気の立つ紅茶が運ばれてきた。給仕の女性にシンが何事も無かったかのように微笑んで礼を述べる。どうしてそんなにすぐに表情が変える事が出来るのか、ソフィアは更に混乱した。


「まぁ、それなりに年をとってるからね。……処世術みたいなものかな」


 口に出してなどいないはずなのに、まるでソフィアの心の内を読んだかのような言葉を、シンは穏やかに笑って呟いた。――“処世術”。何となくその言葉が、寂しさを含んでいたように感じて、そっとソフィアは彼を盗み見た。視線に気付いているのかどうかは分からないが、シンはいつもの落ち着いた笑みを浮かべ、紅茶のカップを口元へ運んだ。一口飲むと、「おいしい」と目を細めた。


「ソフィアも飲んでごらん。温まるよ。……ああ、甘い方がいいかな?」

「……いえ、別に。このままでいい」


 甘味を足すと料金が増すかもしれないし、と心の中で付け足しつつ、ソフィアも紅茶のカップに手を伸ばす。そのまま口をつけたが、温かいものは幼少時を含めて記憶に残る範囲では口にした事が殆どない為、口の中を若干火傷した。


「う……」

「熱かった? もしかして、口、火傷した?」

「いぇ……、もん、らいない」

「してるじゃない……」


 やや呆れ顔でシンは給仕に声を掛け、水を持って来てもらう。さすがに大人しく持って来てもらった水で口の中を冷やしつつ、ソフィアは気まずそうに視線を彷徨わせた。


「……熱いもの……もしかして、飲むの初めて?」

「……」

「言ってくれれば良いのに……ああ、でも、どのくらい熱いか分からないか。ごめんね、僕が注意すれば良かった」

「それ」

「え?」

「そういうの……やめて」


 冷えた指先を温めるように紅茶のカップに両手を添えて俯いたまま、ソフィアは低い声でシンの言葉を制した。じんわりとカップから熱が伝わってくるが、反して身体は冷えていく気がした。


「……同郷……だからといって、過度にあたしに構う必要は無いわ。前に言ったけど、あたし、成人してるのよ。孤児院あなたの所の子ども達とは違うの」


 シンに対して言っているつもりだが、半分以上は自分に対する戒めの言葉だったのかもしれない。紅色の水面に視線を落としたまま続ける。


「……それに、あたしは……自覚あるけど、あんまり、……ああ、いえ、あんまりじゃないかもしれない。とにかく、あたし、人を苛立たせたり、不快感を与えるみたいなのよ。だから、あたしと一緒にいるのはあなたにとって良くな」

「なにそれ」

「え?」

「誰かにそう言われたの? 誰?」


 今まで黙って聞いていたシンが低い声で短く尋ねる。


「え……い、いや、知らない人」

「なら、気にしなくていいよ」

「え……は?」

「知らない人に何か言われたからって、気にする必要ないよ」

「いや、良くないでしょ……あなたはあなたの生活があるんだから、それを大事にした方がいい」

「それにはソフィアだって含まれてるもの。前にも言ったよね? 僕、ソフィアの事、大切だって」


 サワッ


 店内が微妙にざわめいた。

 思わずソフィアはぎょっとして、慌ててシンの言葉を止めようと両手をわたわたと動かす。


「ちょ、ちょちょちょっ」

「“お父さん”って呼んでもいいんだよって言ったじゃない」

「……はぁ?」


 なぁんだ……


 店内の空気が一気に脱力するのを肌で感じて、ソフィアもそのまま両手から力が抜けた。この天然がかった半妖精ハーフエルフの青年には、どうしても調子が狂わされる。



「……ばっかじゃないの……はぁぁ」


 盛大にため息をついてソフィアは片手で頭を押さえた。


「とにかく……あなたは、もっとあなたの周りを大切になさいよ」

「んー……してるよ? したくてもさせてくれない人もいるけど」

「何よそれ」


 フン、と鼻を鳴らしてソフィアはそっぽを向いていた為、彼がソフィアをじっと見つめている事には気付けなかった。


「ねぇ、ソフィア」

「何よ」


 内緒話をする様に、小さな声でシンは続けた。


「君は、どうやってこの世界に来たの?」

「?」

ゲートを通ってきたんじゃないよね?」

ゲート……?」


 口の中で反芻する。そういえば、よく覚えていないが昼間の男も似た様な事を言っていた気がする。


「いえ、分からないわ。気がついたら……だったし」

「“気がついたら”……?」

「あ、ええと……住んでいた場所の近くに、滝があって……」

「……――落ちたの?」

「え? ええ、多分……」

「…………」


 シンが突然押し黙った為、思わずソフィアはシンの顔を覗き込む。……そして後悔した。彼は激しい怒りを抑えるような、でも泣き出しそうな、何とも表現し難い顔で唇を噛んで俯いていたのだ。



(どうしてシンがそんな顔するの……?)


 動揺を隠せず、ソフィアは目を逸らす。自分が怒らせる様な事を言ったのか、何に対してシンがそんな表情をしているのか、皆目見当がつかない。



(どうしよう)


 こんな時ほど、自身のコミュニケーション能力が低い事を恨めしく思う事はない。

 アトリであれば優しく包み込み、相手が話しはじめるまでそっと寄り添ってくれるだろう。シアンなら真正面からぶつかり、そして受け止めるだろう。ネアであれば的確な言葉で誘導し、冷静に判断してくれるだろう。そして、シンであれば相手を落ち着ける為の言葉を掛け、場を和ませる事が出来るだろう。

 ……だが、そのシンが、何か様子がおかしいのだ。懸命に頭を捻るが効果的な言葉は出てこない。それでもソフィアは声を振り絞った。若干声が震えていたかもしれない。


「あ……の」

「! あ、ごめん。ちょっと考え事しちゃった」


 ハッとしてシンが顔を上げる。既にいつもの微笑みを浮かべた彼の顔を見て、何故か胸がズキリと痛んだ。


「……別に、どうでもいいけど。……話しって、これで終わり? それなら、あたし部屋に戻るけど」


 胸の痛みに気付かない振りをして、ソフィアは会話を終わらせるべく、だいぶ冷めた紅茶を口に運んだ。


「ああ、ごめん。ちょっとね……ソフィアが落ちてきたのは、“奈落の滝”かなって思って」


 その言葉に、不意にソフィアの脳裏に断片的な記憶が溢れた。




 ――――いいかい、よくお聞き。


 君のいる、この村のずっと北に、「奈落の滝」と呼ばれる場所がある。

 そこは「ここではないどこか」に通ずる道だ。


 ――――よぉく覚えておくんだよ。




 低く涼やかな声。美しく長い金の髪。愛おしげに細められた翡翠の様な輝く新緑色の瞳。長い指先が己の髪を梳く感触。



(――――だれ……?)


 胸が締め付けられるような感覚に狼狽する。確かに知っているはずなのに、思い出す事が出来ない。無意識に胸に片手を当てて、ソフィアは俯いた。息が苦しい。



「ソフィア……?」


 訝しげにシンが問いかけられ、ようやくソフィアは顔を上げた。


「……。……聞いた事が、あるわ。……だから、……ちょっと、驚いただけ」

「そっか」


 それだけじゃないよね、と続く言葉を飲み込んで、シンはじっとソフィアを見詰めた。白く整ったかんばせは色を失っている。思わずシンが次の言葉を発しようと口を開いた時、勢い良く橙黄石シトリアやじり亭の扉が開いた。


「邪魔するぞ!」


 淡い金の長髪を靡かせて入ってきたのは、額に宝石の飾りをつけたつり目がちの瞳の美しい女性だった。よく見ると、長髪の間から長い耳が覗いている。――妖精エルフだ、と店内の誰かがポツリと呟いて嘆息した。


「む、やはりここにいたか! シン!」


 ずかずかと早足でこちらに向かってくる。思わずソフィアは身を竦ませるが、シンが「大丈夫、知り合いだよ」と安心させるように微笑んだ。それから不思議そうに入って来た妖精エルフの女性に尋ねた。


「シェラ、どうしたの?」

「!」



(……呼び捨て……)


 いつかシンは、「女の子にはちゃん付けが基本」と言っていた。ソフィアの名も、呼び捨てするのに抵抗がある様子でもあった。だが、シェラと呼ばれた妖精エルフの女性の事は驚くほど自然に名を呼んでいる。


「お前、昼からどこにおったのじゃ! ミアが心配しておったぞ!」

「え? ミアちゃんには用があるって伝えてたはずなんだけどな」

「馬鹿者。女心が分かっておらん! それでは駄目だろう!」

「? うーん?」

「とにかく、帰ってやれ。食事を作って待っておったぞ」

「え、先に食べててくれればいいのに」

「ああもう、阿呆じゃの!」


 独特な口調のシェラは、目元に片手を当てて天を大仰に呆れ返った。それから顔を元の位置に戻すと、両手を腰に充ててジロッとシンを睨んだ。


「おぬしはもう少し、ミアの気持ちに応えてやらんと。もらうばっかりでは可哀想じゃろ」

「んー、感謝してるし、僕に出来る事はやってるんだけどねぇ」

「はーぁ、これだから朴念仁は……ん?」


 そこで、ようやく彼女は紅茶のカップを手にしたまま固まっているソフィアに気付いた。目を丸くしてシンに問う。



「なんじゃ、この小娘は」

「ソフィアだよ。僕の友人。駆け出し冒険者、になるのかな。一応」

「ほう、冒険者? だと?」


 彼女はソフィアを、値踏みするように頭の先からつま先までまじまじと見る。それからふ、と可笑しそうに笑った。


「浮浪者の様ななりではないか。駆け出しにしても酷いのう」

「なっ……」


 思わず椅子から立ち上がる。ソフィアの着る服は、確かにエルテナ神殿のバザーに出す為にあった古着だが、アトリが彼女のために綻びやサイズを直してくれたものだ。新品ではないにせよ、おとしめられるいわれは無い。反論したいが、思った様な言葉が出てこず、ソフィアは両手でスカートを握り締めた。


「というか、なぜこの寒い中、その様なみすぼらしい布地だけでおるのじゃ? 我慢比べか?」


 さも不思議そうな顔で小首を傾げてから、彼女はソフィアの姿をもう一度見直してくつくつと笑う。シンの知り合いの女性とはいえ、あまりの不躾な言いように、思わずソフィアは棘のある言い方で返した。


「これ1枚しか服が無いからよ。……何か文句ある?」


 すると、弾ける様にシェラは笑った。


「なぁんじゃ、可哀想ぶりっこか! よしよし、どうした? 親に捨てられたか? 売られたか?」

「もー、シェラったら、面白がってわざとそんな言い方してるでしょう」


 呆れたように苦笑してシンが言うと、シェラは唇に人差し指を添えて考え込むような仕草をした。


「どうだかのう? だが、世の中には親に花街に売られる子どももおれば、生まれてすぐに里子に出されてその先で折檻を受ける子もおるんじゃ。それに比べておぬしがどれほど不幸かは知らぬが、あからさまにアピールされると、辟易するもんじゃて。まぁ、そんな気を引かなくても、シンは構ってくれるだろうよ。なぁ?」


 ころころと鈴を転がすような声で笑いながら、シェラがシンに問うと、彼は困ったように微笑んで肩を竦めた。その仕草を目にした途端、ソフィアの中で何か重い扉が音を立てて閉まった気がした。


「……あなたが言いたい事は、あまり良く分からない。ただ、あたしはあたしを不幸だとは思ってない」


 昼間に春告鳥フォルタナの翼亭で会った男性にも述べた言葉を、今一度固い声で繰り返す。


「それに、誰がどれだけ不幸だとか……他人が決めたり、比べられるものだとは思わない。その重さが分かるのは本人だけよ」


 ベルトポーチから小銭を取り出そうとするとシンが「あ、おごるのに」と言ったが、絶対に彼にはおごってもらいたくはなかった。そのまま返事をせず、紅茶代を机に置く。


「失礼するわ」


 シンとシェラ。あえて2人に言ってソフィアは席を離れた。シンが何か言おうとする前に、シェラが明るい声を発する。


「そうだそうだ、ミアがフルーツを買ってきて欲しいと言っておったわ。何でも熱を出した子どもがおっての。食べさせてやりたいそうだ。ミアは優しいのう。ほれほれ、用が済んだなら、さっさと果物を買って帰るぞ!」

「熱? そうか……分かった。食べやすい果物がいいね」


 背後で店員に果物を注文する声を聞きながら、ソフィアは部屋まで戻った。



* * * * * * * * * * * * * * *



 自室のドアを開けると、窓の無い元物置の部屋は真っ暗だった。とはいえ、物を持たないソフィアの部屋はがらんとしており、備え付けのベッドと小さなテーブルくらいしかないので、暗い中で何かに足を引っ掛けて転ぶ、という事はないのが幸いだ。

 そのままベッドにうつ伏せにばたりと倒れ込む。ガンガンと頭が痛み、腹の中から沸き起こる熱い何かが咽喉元で詰まって息苦しい。歯を食いしばったまま静かに顔をベッドに埋める。



(……――くやしい……)


 ふと、心の中にぽつんと言葉が浮かんだ。



(なんにも、知らないくせに……っ この服は、あの人が、昼間仕事でくたくたになるまで動き回った後、ようやく一息つける時間を使って、わざわざ……っ)


 脳裏に浮かぶのは、ふんわりと優しく微笑むアトリの顔。そして、笑い合う妖精エルフの女性と茶色い髪の半妖精ハーフエルフの男性……――あれは、誰だっただろうか。



(……え?)


 がばり、と思わずソフィアは身を起こす。奇妙な違和感に襲われ困惑する。



(待って……え? なに? ……あたし、何か……)



 大事な事を忘れた気がする。



 動揺したまま視線を彷徨わせていると、ふと己の腰につけたままだったベルトポーチに気付く。確か、ネアからのことづけを受取っていたはずだ。

 ポーチを開けて中から羊皮紙を取り出すが、暗い部屋の中では読むことが出来ない。のろのろとベッドから降りて部屋の外に出ると、廊下の窓から差し込む月明かりの元へと向かった。


 そっと羊皮紙を開くと、爽やかな柑橘系の香りがふわりと鼻腔をくすぐった。次いで、羊皮紙に書かれた整った文字列が目に入る。

 そこには、狩人レンジャーを目指すのであれば、森に行くのがお薦めだが今の時期は良くないという事、今は不在だが春告鳥フォルタナの翼亭にたまにジュドという狩人レンジャーとして名を馳せた冒険者の草妖精クドゥクが訪れる為、彼に師事をお願いしてみてはどうか、という事が丁寧に書かれていた。そして文末には、どうしても森に行きたい場合は自分かシアン、シンに一言声を掛ける様に、とも書かれていた。



(……ああ、シン、だったわね)


 そう思ってから、「何が?」と思わず自分に突っ込みを入れる。小さく首を横に振ってから、羊皮紙を畳むとベルトポーチに仕舞った。

 ネアの言葉はありがたいが、やはり早めに仕事はしたい。狩人レンジャーとしての技術を少しでも身につければ、アトリの仕事を始める前までは食いつないでいけるかもしれない。かといって、ネア達に同行をお願いする事は避けたかった。特にネアとシンには、散々迷惑を掛けている手前、己の都合で振り回したくなどない。逆に、依頼として頼むとしても、報酬を支払えるほどの金銭的な余裕は無い。……つまり、行くとしたら、1人で行かなくてはならないのだ。

 部屋に戻りながら、ソフィアは明日森に行く算段を始めた。

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