第15話 急転
クナート東の村、テアレムの村長から得た情報で新たな事実が判明した。テアレム近辺には元々は
そんな中で、ネアが
ここで本来なら
村長は新たに一連の謎解明を3人に依頼し、彼らは受諾したのだった。
* * * * * * * * * * * * * * *
「さて、どうしようか」
「そうですわね……やはり、ここはもう、森に乗り込んでしまいましょう」
キッパリと、同じく
「ちょ、ちょっと……先にもっと情報を集めたりしなくていいの?」
「村長さんから十分頂きましたし、正直わたくし、考えているより身体を動かす方が得意ですの!」
「いやいやいや!!」
踏ん反り返って堂々と答えるネアに思わず突っ込んでから、口添えを求めてシンの方を軽く睨む。が、シンも似た様なものだった。
「うんうん、僕もネアちゃんに
「……そんなで良いの?」
更にシンに突っ込みを入れてから、ソフィアは頭痛を堪えるように頭を片手で押さえた。その様子にシンは柔らかく微笑んだ。
「大丈夫だよ。慎重になるのも大事だけど、
暗に
「足手纏いになるつもりは無いからその辺りはきちんと気を配るけど! そういう事を言ってるんじゃな……」
「まぁまぁ、ここで話しをしていても進みませんわ! さ、行きましょう!」
ソフィアの反論に被せるように絶妙なタイミングでネアが言い、高く槍を掲げると他者が止める間もなく颯爽と村長の家から出て行ってしまった。開け放たれた入り口の扉から「おーっほっほっほ!」と高笑いが聞こえてくるが、
「ネアちゃんも暴れ足りないみたいだし?」
クスリと笑ってから、シンもネアの後に続いて外に出て行く。苦い顔でシンとネアを見送ってソフィアは嘆息した。それから不安を振り払うように小さく首を横に振ると、ネアとシンの後を追い始めた。
村長の家を出ると、ネアとシンは昨日ソフィアが襲われた畑の方角へ向かっており、既に大分先を歩いている。かなり早い。慌ててソフィアは彼らの後を追って小走りになった。
2人に追いつく頃には、昨日の戦闘があった地点に到着していた。ネアがボコボコにした
「ソフィア、大丈夫?」
心配そうな声が掛かる。だが素直に「怖い」と口に出せるはずも無く、ソフィアはつっけんどんに「平気よ」と短く返した。それからシンの追求を避けるようにネアに向かって声を掛ける。
「それで、ここで何を調べるの?」
長槍を片手に辺りの地面を調べていたネアは、顔を上げてソフィアを見てから、満足そうに妖艶さを含んで微笑みを浮かべると、地面を整った指先で
「?」
「うふふ、これは
「……え。まさかと思うけど」
「ええ。つまりこれを辿れば、
キラキラと目を輝かせてネアが物騒な事を言い放った。思わずソフィアは目が点のまま一瞬固まり、次いで慌ててシンを見る。
「ちょっと……! 森までは行かないつもりだったんじゃないの?」
「うん、僕はそのつもりだったんだけど。あはは、ネアちゃん、生き生きとしてるね!」
「笑い事じゃないでしょ!?」
「まぁ、今僕達は3人だし、この辺りまで
「だからっ そういう問題じゃないでしょ?!」
「ほらほら、お2人とも! 行きますわよ!」
「えっ ちょっ ま、待ちなさいよ! ネア?!」
ぎょっとしてネアの方を見やるが、時既に遅し。ネアは長槍で
「シン……」
「うーん、まぁ、こうなっちゃうとね。あはは」
「あはは、じゃない!」
噛み付くように抗議するが、シンは笑いながらヒラリと避けてネアの後を追って歩き出した。2人から離れる訳にも行かず、ソフィアも渋々と後を追い始めた。
村長の家での事といい、今の事といい、どうもネアは猪突猛進の
困惑と不安を隠そうと、自然と仏頂面になりながらソフィアは恨めしそうに2人を見やった。随分先を歩くネアは「いつでも掛かって来い」と言わんばかりに喜々として長槍を手にしたままで、軽い足取りで先陣を切っている。そしてその後ろを歩くシンは、これまた思いっきり楽しそうに辺りをキョロキョロと見回しながらにこにことネアに続いている。
恐らく実力があるからこその余裕なのだろうが、それでもソフィアの気は晴れなかった。
(油断大敵って言葉を聞いた事があるし)
何度目かのため息を小さくつく。
ネアとシンは強い。それは間違いない。昨日も目の当たりにはしている。だが、敵が
もしかしたら自分がネガティブ思考なだけなのかもしれない、と思いつつも、ソフィアはネアやシンの様に気楽に構える事は出来なかった。
重い足取りで2人の後を追っていたソフィアだったが、何とはなしに右方向にチラリと目をやった。そこで不意に足を止める。
「……?」
何かは分からないが違和感があり、眉を
「あら、あそこをご覧になって!」
ネアが声をあげながら一方向を指し示した。え、と思わずネアの指し示す方角を見た途端、先ほどの違和感からソフィアの意識は逸れてしまった。
ネアの指先を追っていくと崩れかかった土壁に囲まれた
「あ、野菜屑や動物の死骸があるね」
「ええ、それとあちらの壁には剣や盾も。ただ、錆びてますからこの剣で戦うには斬るというより鈍器の代用といった方法を取るしかなさそうですわね」
「ちょ、ちょっと……」
「そうだね。んー、ここまで錆びてると価値も無いかな。鍛冶屋に持って行けば溶かして
「持ち帰るのも手間ですわ。後でテアレムの村長さんに報告しましょう」
「そうだね」
「ちょっと!」
「あら、どうしましたの?」
「ソフィア、何かあった?」
妙にシンクロしたきょとんとした顔で、シンとネアが
「ちょっと……もしかしてここって……」
「うん。多分、
事も無げにシンが微笑んで答える。続けてネアがころころと笑いながら言った。
「大丈夫ですわよ。この辺りに
「け、気配?」
「うん。ここに来るまでも、周囲を警戒してみたけど特に目立った気配は無かったよ。
そこで、唐突にここに来るまでの道での2人の行動がソフィアの脳裏に
(だったら最初からそう言ってもらった方が、不安にならなかったわよ! 全く!)
思わず心の中で盛大に突っ込みながら、ソフィアは口をへの字に曲げて顔を
「あまり脅かすのも良くないかなって思ってね」
「おほほ、ソフィアさんを子ども扱いした訳ではなくってよ。年長者としての
「ソフィア、もうちょっと待っててね。ネアちゃん、この
「分かりましたわ」
むすっとしたままソフィアも
(すごい……これが
シンは暗いところでもある程度目が利くのか、次々と暗がりの中から武器や防具、盗品と思われる
シンの言った通り、「ちょっと」の間に
「
「そうですわね。どこか他に出ているのか、またはわたくし達がテアレムで仲間を倒した事に勘付いて根城を移動したか……ですわね」
「うん。それと、思ったよりも
「え、
驚いて思わず尋ねると、シンは笑って頷いた。
「興味……っていうか、
「知能としては、
「そうだね、それは確かに」
そのまま、シンとネアは情報交換を始めた。初めて聞く情報ばかりで、思わずソフィアは大人しく2人の会話に耳を
――が、次の瞬間、唐突に背筋に電撃の様に戦慄が走った。だが、形容しがたいその感覚に言葉が出ない。
「――!!」
ソフィアが息を飲んだと同時に、3人が来た方角とは逆の方角、
「ソフィア! 怪我は!?」
肩越しに振り返って低く声を飛ばす。慌てて「無い」と返答すると、僅かに強張っていたシンの表情が和らいだ。
「不意打ちとは卑怯なり! 隠れてないで出ていらしたら?! いくらでもお相手しますわよ!」
「出てこないならこちらから行くよ。――――“智慧神ティラーダよ、その叡智を冒涜せしめんとする愚かなる者どもへ 我が手に宿り
言うが否や、
その光が木々の間に吸い込まれた直後、「うぎゃ!」と鈍い悲鳴が上がった。今のは……――明らかに“人間の声”だった。思わずソフィアは目を
「シンさん」
「5人だね」
「ええ」
身構えたまま短くネアとシンは言葉を交わす。次の瞬間、細い電撃が木々の間から放たれた。
「ネアちゃん!」
「雷撃の呪文ですわね! 忌々しい事!」
電撃はネアに
「いい根性ですわね。――後悔させてあげますわよ」
自分に言われたわけではないのに、思わずソフィアまで顔色を失ってしまった。
「ソフィア! 一旦、
シンが振り向きざまにソフィアに素早く指示する。混戦が予想され、更にあちら側にはどうやら魔法使いもいる様子。ソフィアを庇いながら戦う事も考えたが、巻き込む
言われるがままにソフィアは
金属のぶつかる激しい音や悲鳴、怒号が飛び交う。時折、薄暗い林にチカチカと光も
(何で人間が……? 他の冒険者がいたって事? でも何であたし達に不意打ちなんか……――)
青を通り越して白い顔色のまま、ソフィアはへたり込みそうになる足に力を込めて堪えた。だがその時、唐突に首の後ろに鋭い衝撃があった。あ、と小さく声を上げたが、その声を自覚する前にソフィアは意識を失った。くずおれるソフィアを
と、そこに丁度良く戦闘を終えたネアとシンが林から出てきた。――そこで2人の目に飛び込んできたのはぐったりとしたソフィアを担ぎ上げようとしている不審な男。
「何をしてますの!?」
ネアが驚愕して鋭く叫び、次いで、シンが激高した声を上げた。
「
普段の温厚さが微塵も感じられない怒気を帯びた形相で、シンは
「待て!!」
完全に冷静さを欠いているのか、シンは脇目も振らずに後を追う。だが、男が木々の間へソフィアを連れ込んだ後を追った瞬間、異常な眠気がシンを襲った。
「!!?」
しまった、と思った時には既に遅かった。魔法使いの
強烈な睡魔に膝を折る。地面に両手をついて懸命に瞼をこじ開けようとするが、吐き気がするほど眠い。ソフィア、と声に出そうとするも上手く行かない。抵抗するようにシンは歯を食いしばった。霞んだ視界の中でソフィアの銀の髪が小さくなって行くのが見えた気がした。
「シンさん!!」
追いついたネアが駆け寄ってくる。ハッとしてシンはネアの手から片手剣を奪うと、
「ッ……!!」
強烈な痛みが全身を巡って、シンの意識は覚醒した。
「無茶をしますわ!!」
ネアが慌ててシンの手から剣を奪い返して顔を顰める。だがシンは「大した傷じゃないよ」と告げると、ネアに一瞥もくれずにすぐに駆け出した。一拍も置かずにネアも続く。
前を向いて走りながら、並んで走るネアにシンは詫びた。
「ごめん、お小言は後で聞くから!」
「ええ、まずはこちらを優先、ですわ!」
ネアとしても、目の前で年少者を拉致されるなどネア自身が許容出来るものではなかった。
だが、ふとネアはその美しく整えた柳眉を
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