第14話 謎
村長の家の客間は2階に4室ある。ソフィア、シン、ネアの3人はひとまず依頼を果たす事は出来たが、思い掛けない
客間の一室を宛がわれたソフィアだが、元々大して熟睡する
確か昨日の朝と同じ頃にソフィアの部屋に再度集まるという事になっていたはず。幸い寝起きは良い方なのでさっさとベッドから抜け出ると、取り急ぎ部屋に据え置かれた小さな水瓶から盥に水を注ぎ、顔を洗うと寝巻きにしている元いた世界で着ていた服(アトリが綺麗に洗濯をしてくれた)を脱ぎ、生成りのワンピースに袖を通す。次いで手早く髪を頭の上の方で左右に結い上げた。窓に取り付けられた
ネアとシンが来るまでには恐らくもう少しかかるだろう。2人を待つ間、自分なりに状況を整理しようと考え、ソフィアはベッドに腰掛けた。
(まずは、間違いないと分かっている情報と、そうではない情報に分けてみようかしら)
背負い袋から羊皮紙2枚、羽ペンとインクを取り出す。羊皮紙の1枚には“確定”、もう1枚には“不確定”と題字を書き込む。
(確定している事……これは、まず最初に
昨日、村人達やソフィア自身も襲われたのだ。目撃情報どころの話しではない。体験済だ。
“確定”の羊皮紙に書き込もうとしてから、少し小首を傾げて思案する。
(箇条書きの方が整理しやすいかもしれない……?)
そこで、それぞれの羊皮紙に情報を書き込むことにした。
【確定】
・村には
・村長は
・村長は
・ネアとシンは
【不確定】
・村には
・
・村長は
・村にいる冒険者は我々のみ
・
「……うーん」
もっと書き出そうとするも、思っていた以上に情報が無い。思わず小さく
「
驚いて悲鳴を上げそうになるも何とか
「
「何度もしたんだよ。でも返事が無いから心配になって。――何事も無かったみたいで良かった」
あっけらかんとシンは答えた。絶対に嘘だ、と頬を膨らませるが、反論したところで何だかんだと丸め込まれそうに感じたため、ソフィアは閉口した。
「もう、信じてないでしょ。まぁいいけど。――それより、このまとめ方、いいね。分かりやすい」
クスッと笑いながらシンはソフィアの隣に座る。そのままソフィアが止める間もなく勝手に羊皮紙を1枚手に取り目を通した。それから、ふと笑みを収めて思案顔になると「なるほどね」と小さく呟いてからゆっくりと表情を和らげて口を開いた。
「
「あなたは使っていたじゃない」
「あれはたまたまそうなっただけだよ。それに、そうでも言わないと、ソフィアは報酬を受取ってくれなかったでしょ」
「あなた、やっぱり」
「まぁまぁ」
ソフィアの
「一番気になるのは……そうだね、村長がどういう意図で依頼をしていたのか、だよね。単純に何か誤解があるのかもしれないし、――考えたくないけど、何か裏があるかもしれない」
「……裏?」
「うん。依頼人が全て信用できる人とは限らない」
「そ、村長でしょ、あの人……」
シンの
「村長でも後ろ暗い人はたくさんいるよ。それに、依頼自体を他の事の
「え……えぇ……?」
「汚い事を考える人は山ほどいるからねぇ」
のんびりとした口調で微笑を
「……怖がらせちゃったかな」
「別に怖いとかじゃないけど。……あなたは基本的に他人に好意的な人だと思ってたから、意外ではあったわね」
「ふふ、まぁ……そうだね。そっちの方が
にっこりとシンは笑みを浮かべる。その言葉の意味が理解できず、思わずソフィアは問い返そうとしたが、そのタイミングで部屋のドアがノックされた。応じるとドアから身なりを整えたネアが入ってくる。まだ鎧は身に着けておらず上質な布地で胸元に同色の糸で美しい刺繍が施された薄桃色のワンピース姿だった。
「おはようございます。お2人は相変わらずお早いですのね」
言いながら、文机から椅子を引き、ソフィアとシンの前に持ってくるとそのまま座る。それからシンの手にしている羊皮紙に目を留めると目を丸くした。
「あら、羊皮紙を使ってまとめてらっしゃるのね。わたくしも拝見して良いかしら」
「うん、どうぞ。ソフィアがまとめてくれてたものだけど、分かりやすくていいよ」
「それは僥倖ね」
シンが差し出した羊皮紙を手に取ろうと
(なにかしら? 何だか……いい香り)
ついついネアの方を見てしまい、視線に気付いたネアがこちらへ目を向ける前に慌てて目線を逸らした。ネアの髪から香るそれはソフィアの知識には無いものだった為、オレンジかレモンに似た匂いが薄っすらする様な感じ、としか表現できなかった。聞く機会は無さそうだが、あったとしてもこれでは聞きようが無い。
そんなくだらないことを考えていると、ネアが羊皮紙の一文を指で示しながら顔を上げた。
「ねぇ、ソフィアさん。この不確定事項にある“村にいる冒険者は我々のみ”っていうのはどういう事かしら?」
「え? あ、ええ……え、と……」
唐突に問われて口ごもる。人とコミュニケーションをとる事は少しは慣れたが、情報を組み立てて伝える事は相変わらず不得手なままだ。早く答えなくては、と思えば思うほど焦ってしまい、上手くまとまらない。察したのか、シンがそっとソフィアの背に手を添えて微笑んだ。
「焦らなくて大丈夫だよ。ね? ネアちゃん」
「ええ、もちろん」
ネアもシンの言葉に
「大した理由じゃないんだけど、冒険者の依頼がかぶる事って無いのかしらって思って」
「かぶる……?」
「実は
言葉を選びながらゆっくりと説明すると、シンとネアはやや驚いた様に目を丸くして顔を見合わせた。
「なるほど、ありえますわね」
「ソフィア、それ、良い線行っているかもしれないね」
* * * * * * * * * * * * * * *
階下に降りると村長の妻が朝食の準備を整えているところだった。
「あ、僕手伝うよ!」
シンがにこやかに声を掛けるが「お客様にそのような事はさせられません」と丁重にお断りされた。仕方なく大人しく3人が席に着くと、丁度良いタイミングで村長が入室してきた。
「おはようございます、冒険者の皆様。よく眠れましたか?」
「ええ、とっても。お気遣い頂きありがとうございます」
「いえいえ、とんでもない。少しでもお疲れが癒えたのであれば何よりです」
ネアが笑顔で応対すると、村長も相好を崩した。それを狙い済ましたかのように「ところで」とシンが口火を切る。
「少し気になる事があるんだけど、聞いてもいいかな」
「はい? なんでしょう」
「昨日の
「えっ」
完全に油断をしていたのか、村長は思わず小さく声を漏らした後、おろおろと視線を泳がせた。
「ああ、唐突にごめんなさいませ。村長さんを疑っている訳ではありませんのよ。言い方が悪かったですわね、わたくしから後で彼にはきちんと言っておきますわ」
絶妙なタイミングでネアが助け舟
「本当に最近は
「ええ、わたくし共もそれを疑ったりはしておりませんわ。ねぇ、シンさん、ソフィアさん?」
「うん、それはもちろん」
「え……えっ? あっ え、ええ……」
爽やかに微笑みながら頷くシンに若干引きながら、ソフィアも慌ててこくこくと頷く。ネアとシンは慣れているのか本音を微塵も感じさせる事無く微笑みという仮面を綺麗に被りながら続けた。
「疑ってなどおりませんけど、気にはなっていますわ。昨日倒した
「僕達としては、請けた依頼はきちんとこなしたのを確認してから町に戻りたいんだよね」
「ええ、心配ですものね」
「だから、村長さん、何か知らない?」
にこやかに、いかにも害意はないといった
(……これは怖いわ。あたしなら隠し事できない)
油断したら引き攣りそうになる顔の筋肉を必死で押さえながら、ソフィアはそのやり取りを見守っていた。――村長の方は既に、完全に頬の筋肉が引き攣っていたが。
「いえいえ、違うんです! 確かに前までは
「
「まぁまぁシンさん。村長さんはご存知ないかもしれなくてよ」
「い、いや、知っとります。知っとるのですが……」
「あら、ご存知でしたの? では、どういう事ですの?」
ぴくり、とネアの整った眉が片方上がる。心なしか視線も厳しくなった気がする。
「あ、あの!」
女性の声が緊張した空気を破った。声の方を見やると、村長の妻が食事を載せたトレイを持ったまま、部屋の入り口に立っていた。
「隠そうとした訳ではないんです。実際、ここ最近は本当に
「奥様、わたくし達は村長さんを責めている訳ではありません。冒険者として依頼を請けて参った以上、こちらの村の安全を確認した上で町に戻りたい。ただそれだけですわ」
「
シンもネアに言葉を添える。慌てて村長は言葉を続けた。
「し、しかし、元々は
予想外の言葉を聞いてネアとシンは思わず顔を見合わせた。
「消えた?」
「出なくなったって事かな」
2人の言葉に村長は大きく頷く。
「は、はい、そうです……
そっとソフィアにシンが「対象の
「そしたら、まさか――
「え、」
村長の言葉に引っかかるものを感じて、思わずソフィアは小さく声を上げた。傍らのシンが気付き「どうしたの?」と水を向けた。急に会話を振られてぎょっと身を竦ませたが、既に村長とネアもソフィアの方を注視している。どうにでもなれ、と思い切ってソフィアは口を開いた。
「その、あなた、は……なぜ、
開き直ってはみたものの、発言はたどたどしいものだった。それでもその言葉に、シンとネアは満足そうに笑みを浮かべた。逆に、村長は困惑の表情を浮かべている。
「なぜって……今までそうだったんです」
「今まで……?」
「ええ。――あ、ええとですね、
「なんですって?」
「そうか、それで!」
思わずネアとシンが声を上げる。どういう事か分からずにシンを見上げると、彼は微苦笑してソフィアを見つめ返した。
「今まで
「? そうなの?」
「うん。
「
シンの語尾を捕らえて、ネアが
「じゃあ……ええと、つまり、昨日のって……」
「うん、最近の状況と変わって、また以前のように
「という事は、――最近になって
「そうそう」
「ややこしいですわねぇ」
「じゃあ……
神妙な顔でソフィアは小さく呟くと、よくできました、と言わんばかりにシンは満面の笑みを
「そ、そんなまさか……」
「いえ、調べてみないと分かりませんわ。このまま依頼を続行しますけど、よろしいでしょうか?」
「し、しかし……」
テアレムは小さな村だ。
「もし
「し、しかし、申請が通るか……」
「そこはちゃんと、
「良いアイディアですわね。この村はクナートから出る東街道沿いにあります。つまり、クナートから東方面へ向かう旅人や商隊がよく使うという事ですわ。物流を安全に行うために必要な討伐という名目も立ちますもの」
「ああ、なるほど……」
村長の顔に色が戻ってきた。そして妻と顔を見合わせて一つ頷くと、ネア、シン、ソフィアの顔を順に見つめてから頭を下げた。
「勝手を言って申し訳ありません。ですがお願いです。どうか、このまま調査をお願いします……!」
「もちろんですわ」
「うん、任せておいて!」
――こうして3人は、テアレムでの調査を続行する事となったのだった。
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